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〝リア〟と〝リア〟

「それで、何をお聞きになるのですか? ジェリア様」


 トリア、だったか。


 彼女は少し距離を置くような感じでボクに接した。


 正直、この前名前で喧嘩した時のように接してくれる方がいいんだが。戦いたいということではなく、感情を分かち合いたいという面で。


 まぁ、あの時は私的な席でもあったからな。見たところ公の場から使用人としての一線を越える人ではないようだ。


 格式にうるさい貴族なら今の態度さえも気に入らないと思うが……多分それはボクが相手だから適当に調節したんだろう。


「あんた、テリアに仕えてからどのくらいになったか?」


「……? なぜそんなことをお聞きになるのですか?」


「ただ純粋に気になるだけだぞ。どうせ今すぐは忙しくもないし暇だからな」


 言葉はそう言っても周りの警戒は怠らない。今は執行部長としてパトロール中だからな。


 パトロールなのに部外者を連れて行くのがおかしいのか、周りの生徒たちがボクをちらりと見たりもした。トリアがメイド服を着ているが、ボクの使用人はもともと別人で、そもそもボクがパトロールをする時に使用人を連れて通ったことはなかったからだ。


「私はもともとハウスキーパーでしたので少し曖昧ですね。それでもテリアお嬢様やアルカお嬢様の面倒を見たことが多いのですが」


「アルカ?」


「テリアお嬢様のお妹様です。テリアお嬢様が美しくて活発な御方なら、アルカお嬢様は愛らしい癒し系と言えるでしょう」


 あ、笑った。一応美人だからなかなか絵になるな。


 しかし話を聞いていたボクは別の意味で笑いが出た。


「活発、か。かなりいい言葉で表現してくれたと思うが?」


「何がおっしゃりたいのですか?」


「あえて言う必要があるのか?」


「……まぁ、たまにはちょっと手に負えないことをなさいたりしますよね」


 疲れたようにため息をついてはいるが、あまり嫌な様子は感じられなかった。むしろその顔には小さいが暖かい笑みが浮かんでいた。


 やはりいい関係だな。そう思った瞬間思わず声を流してしまった。


「うらやましいな」


「はい?」


「あ、悪い。気にするな」


「……. それで、それをお聞きになるために私を呼んでほしいとおっしゃったのですか?」


「いや、まさかそんなことのために人のメイドをこんなに連れて行くと思ったか?」


 ただ気になることを聞いただけなのに、何か遠回りするような感じになってしまった。一人で苦笑いするのも気恥ずかしいので、そろそろちゃんと話してみようか。


「だから、ふむ……オステノヴァ公爵閣下はテリアをどれくらい信じているのか?」


「……? 当然、ご主人様はお嬢様を全面的に信じて愛しています。家族を大切にする御方ですからね」


「そういう意味じゃなくて実務的な話だ。いくら愛する娘でも、たった十一の子供を信じるには限界があると思うぞ」


「……. 急にそんなことをどうしてお聞きになるのですか?」


「閣下がテリアに仕事を任せたっていうのがおかしくてな。正直、オステノヴァ公爵家なら、あえて閣下の娘であるテリアにそんなことを任せなくても、いくらでも人材を動員できると思うぞ」


「いくらなんでもどこにでも顔を出すことはできません」


「公的にはそうだろうが、オステノヴァ公爵家が公的な制約などに足を引っ張られる家ではないはずだが?」


「……」


 トリアは口をつぐんだ。


 ストレートすぎだったか? こんなことが嫌いな人ではないと思ってやってみたのだが、勘だけを信じすぎて押し付けたような感じもする。


 やがてトリアは淡々とした様子で口を開いた。


「間違っていませんが、フィリスノヴァ公爵家も手強い家ではないですか?」


「そうだな。気に入らないものは打ち砕いて、気に入ったものは力で奪うのがクソ親父の手段だからな」


 不快感をかみしめて吐き出す感じでそう言うと、トリアは意外な目でボクを振り返った。その表情にボクはむしろ苦笑いしてしまった。


「何をそう見る? そんなにおかしかったか?」


「まぁ……公爵家の有力な後継者が公爵本人をそんなに悪口を言うというのはよくあることではないですからね。それにそれをそんなに堂々と言う場合はなおさらないですよ」


「今さら隠す意味がないぞ。アカデミーではすでに有名な話だからな。ボクが言わなくても一ヶ月以内に分かるだろう」


 そんなクズが好きなわけがない。領地にも、家族にも良い点などない人間だから。


〝戦え。お前らの中で一番強い子がフィリスノヴァの次を担う〟


 子供たちに毎年そんなことを言う人間がまともな人間であるはずがない。


「ボクは兄上が三人、姉上が四人もいるのに愛されるどころか、いつも緊張して生きなければならなかった。唯一仲良しなのは一人だけの弟だけだ」


 まぁ、貴族には特に珍しいことではない。ただ父親が堂々とその戦いをさらに煽ったというのが違っただけだ。


 それでも兄上でも姉上でも能力はないのに欲張りなバカたちだが。ボクが五女なのに有力な後継者と呼ばれるのには理由がある。


 あまり面白くない話だと思ったが、トリアは意外と真剣に聞いていた。興味……といっても、個人的なものではなくフィリスノヴァの内部事情についてだろう。


「それにしてももう一つ聞いてもいいか? 本物の本論がまだだぞ」


「私がお答えできることなら、できるだけして差し上げます。ジェリア様もお話してくださったので」


「義理があるな」


「ジェリア様こそ私に聞く名分のために、ご自分のことを切り出したでしょう?」


「はは、バレたか? なら気軽に聞いてみよう。テリアの正体は何だ?」


 トリアの眉が少し動いた。質問の意図を計るのか。


 ボクが考えても曖昧な問いだと思って付け加えようとしたが、その前にトリアが先に口を開いた。


「オステノヴァの公女です」


「それを知らなくて聞いたと思ったか? そんなのを聞いたんじゃないぞ」


「申し訳ありません。返事をどうすればいいか分からなくて」


 まぁ、もう少し待ってくれればよかったのに。


 ……無理なのは知っているから口には出さなかった。


「一応その歳であんなに強い人自体が珍しいぞ。それにアカデミーに入学するやいなやボクに喧嘩をしかけたりもしたし、その一方で来るやいなや邪毒陣を捜し出して修練騎士団を動かしている。情報は公爵閣下から受け取ったとしても、推進力と行動力が尋常ではないな」


「そういう御方ではありますよね。それがおかしいということですか?」


「それもあるが、それ以前にあいつは最初から何か自分だけの目的を持ってアカデミーに入ってきたような気がする」


「……」


 トリアは再び口をつぐんだ。


 その表情だけを見ては、何か思い当たることがあるのか、それともただの妄想だと思うのか分からなかった。それでも少なくともボクの言葉に何かを考えているような気がした。


 やがてトリアはどこか納得のいく顔で頷いた。


「多分そうかもしれませんね。前から相談なしに一人で何かやらかす方ではありました。でも……ある時点からやらかすことの性格が変わったようです。しかし今考えてみると、それらがいつか一つにつながりそうな気もしますね」


 途中で少しごまかした感じがしたが、その部分は聞き流した。どうせ会ったばかりのボクが聞く意味がない。


「それが何なのかは知らずに?」


「はい、私もそこまでは」


「そう言いながらよく従っているな」


 トリアはふっと何か偉そうな笑みを浮かべた。


「知らなくてもお嬢様を信じられるくらいの時間がありましたからね。数日しか経っていないジェリア様とは比べ物になりません」


「はっ、そうかよ」


 信頼、か。事実ならいい話だ。……本当ならな。


 テリアが実は別の意図を隠したのかもしれないし、トリアがそのようなテリアと仲間かもしれない。あるいはテリアは良いことをしようとしているのに、トリアが邪魔するかもしれないし。


 しかし正直、そのような疑いに真剣に重きを置きたくない。根拠? ただの勘だ。


 それでも仕事がずれた時の保険くらいはかけておいた方がいいだろう。


 そう考えているうちにトリアはボクたちが行き過ぎた建物に目を向けた。


「あそこか?」


「そうみたいですね」


 トリアは懐から小さな魔道具を取り出した。それを起動すると魔力の光がボクと彼女を包み、ボクたちを模した虚像がその場に現れた。逆にボクたちの姿は見えなくなった。


 このように虚像を残して、ボクたちは密かに指定された地点に行って邪毒陣を除去すること。それが今ボクを含む執行部員たちがすることだ。


 ……といっても、今ボクは半分案内役にすぎないがな。ダミー配置も、邪毒陣除去もすべてトリアが担当している。


「これで三つ目か。あんたの探知能力、とても楽だな」


「いい道具を持っているおかげです」


 ボクたちは邪毒陣を浄化用の魔道具で浄化した後、虚像がいる所に早く帰ってきた。そして魔道具を解除してまた歩き始めた。


 今度はトリアが先に声をかけた。


「普段からこんなに広くパトロールしているんですか?」


「ルートは同じだ。一人で歩き回る時はもっと速いがな」


 話しながら普段のパトロールルートと邪毒陣の配置図を頭の中で比較してみる。


 テリアが与えた邪毒陣配置図を初めて見た時はかなり驚いた。そりゃその邪毒陣、数で言えば数百個に達したから。一つ一つは弱いとしてもその量なら、そしてテリアとガイムス先輩が言った通りの機能なら起動させることはいけない。


 それくらいの数を除去すれば当然設置した奴の方でも気づくだろう。内部者なのか外部者なのかは分からないが、敷地内にあんなに大量の邪毒陣を設置するくらいなら、なんとか内部の状況を知る手段もあるだろう。


 テリアともそれについて話し合った。だがテリアは「それなりに対策はあるわ。私に任せてね」とだけ断言した。


 ……まさかテリアは犯人が誰か知っているのではないだろうか。


 そんな考えをしていると、突然隣でトリアがクッと小さく笑った。


「何だ?」


「いいえ、ジェリア様もなかなか面白い御方のようで」


「ボクが? なぜだ?」


「表では気兼ねないふりをしながら、いざ心に隠したものが多いという点で」


「ふむ? どういうことか分からないが」


 しらを切ってみたが、トリアは小さく笑ってボクを見つめるだけだった。結局ボクが先にため息をついた。


「はぁ。まぁ間違ったことではないな。しかしあんたがそれを言う立場ではないと思うが?」


「あら、何をおっしゃっているのか分かりませんが?」


「今もボクから何か情報を引き出すことないかと思っているのだろう?」


「あら、バレましたね」


 図々しいな。最初から隠すつもりもなかったくせに。


 だがまぁ、そういうところは個人的に気に入っている。


「他の貴族たちにもこうなのか?」


「まさか。誰にでもこんなことをして問題が生じたら大変ですからね」


「ところでボクにはかなりよどみないが?」


「私がこういう方向で人を見る目は確かなんですよ」


「すごいな。ははは」


「ありがとうございます。うふふ」


 ……このメイドには、なかなか好感が持てるな。けっこう仲良くなれると思う。


 どうやら興味深い奴はテリアだけではないようだな――そんなことを考えながら、ボクは少し浮かれていた。

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