退場
【相変わらずの眼差しだね】
「……どういう意味なんですの?」
【まだ自分だけがすべてを知って統制できると信じるバカの眼差しのことね】
……言葉に、詰まった。
そんなに傲慢に思ったことはない。けれど、結果的にそれと似た信念を持っていることまでは否定できなかった。
前世の記憶、ゲームの記憶を持つ私。その記憶を利用すれば、予定されている悲劇を避けることができると私は信じていた。力をつけてきたのもそのためだった。
けれど……今度のことは恥ずかしい極まりない大失敗だった。結果的にはよく解決されたけど、それは邪毒神というイレギュラーが割り込んだ結果に過ぎなかった。
最も大きな問題は、ピエリの本体がどっちかを誤判したこと。さらに遡ってみると、ボロスを抑留したのも安易だった。殺すつもりはないとしても、いっそその時手足を全部吹き飛ばして魔力を確実に封印していたら。そうだったら、アルカたちも一緒にピエリを相手することができただろう。
……いや、そうだったらピエリも最初から〈完全分身〉をもっとたくさん作っただろう。むしろピエリが本気を出してしまったら、アルカたちまでみんな一緒に彼に殺されたはずだ。やっぱり本体を正しく把握すべきだっ……。
そこまで考えていた私は唇をかんだ。このように後悔して悩む時点で、すでに私の判断と分析は失敗だったという傍証に過ぎないから。そう考えると、この邪毒神の言う通りに私は傲慢だったのかもしれない。
【少しは自覚したようだね】
「それで? 何が言いたいんですの?」
【決まってるでしょ? 一人で抱きしめて悩むなってことよ。王子には一部だけでも話をしたじゃない? 他の人とももっと情報を共有して一緒に悩めばいいじゃない。一人だけの犠牲を通じた救いなんて誰も望まない。いや、救いすらないよ。犠牲になったって自分だけ満足して偉そうな自己満足にすぎない】
正論だ。
正論だけど……私は思わず笑ってしまった。
「……意外ですわね」
【何が? 邪毒神がこんなことを言って?】
「いいえ。私がそれを知らずにこんなことをすると思っているのかなと思いまして」
私一人で突進して、一人で傷ついて、一人で苦しんで。私がそうすればするほど、みんなが心を痛めるということはすでに知っている。偽善かもしれないし、ただの自己満足かもしれない。けれど、他の誰かが怪我をして大切なものを失うのを見るよりは、むしろ私の傷を見て痛がる姿を見た方が百倍はマシだ。
……と、前は思っていたけれど。
【表情を見ると少しは気がついたようだね】
「仕方ないでしょう。今回、こうやって失敗しちゃったから」
それに先日ロベルと話したこともあるし。
【……ただ少しミスしたことで失敗だと断言するのもよくないんだけど】
「命が危険になるミスは〝少し〟とは言えません」
邪毒神は鼻を小さく鳴らし、私のあごに当てた指を下に下げた。首を、胸を……ゆっくりとなで下ろすように下がった指が私の心臓の上に止まった。
【あまり苦労させないで。あいつもいろいろ言いたいことが多いはずよ】
誰を指したのかはすぐわかった。けれど、私が答える前に先に答える声があった。
【勝手に言わないで。この子に協力するのは私が望むことだから】
イシリンだった。鋭い声がまるで歯をむき出しにして威嚇する竜を思い出させた。
邪毒神は笑い声を流した。これまでのあざ笑うような感じとは違った。まるで……誰かを、あるいは何かを懐かしむような感じだった。
【まぁ、貴方がいいなら構わないけど。……やっぱり邪毒神も記憶を維持できないのかな……】
「は? それは……」
何か尋常でないことを聞いたようだけど、それについて聞く時間はなかった。邪毒神の片鱗が次第に粉になって散り始めたのだ。
【おっと、もう時間だね】
「ちょっと待って! 貴方はいったい何者ですの!? 『バルセイ』について知っているんです? 貴方が信奉者を増やす目的は……」
【質問が多すぎ。答える時間も意味もないし】
すでに邪毒神の姿は半分以上なくなっている。
私は手を伸ばして邪毒神を捕まえようとした。それでも捕まえられるはずがないのに。邪毒神はそんな私を情けながるようにため息をついた。
【私は『隠された島の主人』だよ。それだけが真実であり、真理であるだけ】
その言葉だけを残し、邪毒神の片鱗はすっかり散ってしまった。伸ばした手に邪毒の粉が一握り握られたけど、私の力がそれを浄化する前に邪毒が溶けるように消えた。
……行っちゃったわね。
【気にしないで。まともに教えるつもりもないのに自分勝手に騒いで消えるのを見ると、まともな奴じゃないはずよ】
[誰なのか知らないの? あっちは貴方のことを知ってるみたいだったけど]
【……さぁね。少なくとも記憶にはないわ】
そう言うイシリン自身も何か釈然としない様子だった。ひょっとしたら気になる部分でもあるのかしら。でも何かはっきりと思い出せる様子ではなかった。
私は周りを見回した。まさに惨状としか表現できない光景だった。賑やかだった王都の一区画が廃墟となってしまい、死んだ魔物や人間の死体があちこちに散らばっていた。特に安息領雑兵たちはピエリのせいでほとんど全滅してしまった。『隠された島の主人』の信奉者たちは回復を受けたけど気絶していた。
ピエリの分身に直接制圧されたロベルとジェリア、そしてアルカたちはひとまず生きていた。怪我は深いようだったけど、身体が欠損したり命が危険なほどではなかった。
よく耐えたこともあるだろうけど、おそらくピエリが殺す気がなかったおかげだろう。あいつが本当に殺すつもりで飛びかかってきたなら、信奉者たちが『隠された島の主人』を召喚する前に私たちは全滅したはずだから。
……結局、ピエリは何を狙ったのかしら。
最初は私を殺そうとして襲い掛かってきたけど、その後の展開を見るとそれも結局本気じゃなかったようだし。ボロスを救うことだけが目的だったと思うには、あえてそのためにアカデミーの地位をあきらめたのがおかしい。あえて顔を出さなくても方法はあったはずだから。
今悩んでも答えは出ないと思うし、とりあえず周りを収拾することからしようか。
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