予想外
小さい。
とんでもないことに、私の第一印象はそれだった。
一人の人間のシルエットだけど、身長は今の私よりも低いくらい。とはいえ今の私はもう成人女性の平均身長を超えているから、あの人影は多分ちょうど平均値程度かしら。けれど、それ以外の特徴はほとんど分からなかった。
その人影がまるで闇が凝縮されたように真っ黒な存在だったから。
まさにシルエットとしか表現できない存在。そのシルエットの形からわかるのはおそらくコートを着た女性のようだということくらい。体はもちろん、顔さえも目鼻口さえ存在しない暗黒そのものだった。
そして第一印象直後の感情は驚愕だった。
誰なのかはしらないけれど何なのかはわかる。あれは邪毒神の片鱗だから。
『隠された島の主人』の信奉者たちが挙行したのは邪毒神の片鱗を降臨させる儀式だった。もちろん邪毒神の真体に比べるとごく一部の破片に過ぎないけど……唯一真体が降臨した邪毒神であるイシリンは、ただじっと存在するだけで三つの国をも滅ぼした。邪毒神の力のごく一部でも降臨すれば大惨事が起こるのは当然のことだ。
実際、ゲームではあの儀式で邪毒神の片鱗が召喚された衝撃だけでこの都市、王都タラス・メリアが消滅してしまった。もちろんピエリが設置した魔道具でも同じ被害を出すことができるので、どっちでも必ず防がなければならないことは変わらない。
でも……驚くほど何も起こらなかった。
本来、邪毒神の片鱗が降臨すれば邪毒が氾濫し、普通の邪毒災害とは格の違う災いが起きる。ところが降臨儀式が終わったにもかかわらず邪毒があふれも、時空間に亀裂が生じもしなかった。あまりにも静かだった。
……いや、感覚を集中してみるとかすかに邪毒の波動が感じられた。でもそれだけ。邪毒の波動はまるで何かに押さえつけられたかのように減って消滅してしまった。
まるで浄化能力で浄化したかのように。
「……何だ?」
呆然たる呟き。私じゃなくピエリのだった。
邪毒神の片鱗が降臨したにもかかわらず、何も起こらなかったということ。あの儀式の余波をテロに利用しようとしたピエリとしてもこれは予想外だろう。
その時、黒い人影が振り向いた。まるでピエリの声を聞いたかのように。
【……愚かな顔だね】
邪毒神の声。けれど、普通なら声にさえ邪毒が込められて人を狂わせたり命を奪ってしまうはずなのに、あの声はあまりにもきれいだった。まるで壊れたテレビから流れ出るノイズのように雑音が入って聞き取るのは少し大変だったけれども。
「貴方は誰……ですの?」
私が尋ねると、邪毒神は私に首を向けた。黒だけの顔が微笑んだ……ような感じがした。
【そんな無意味な質問で無駄にする時間はないはずよ】
邪毒神は〝質問で〟まではその場にそのまま立っていたけれど、〝無駄にする〟って言った瞬間にはすでにピエリの魔道具の方にいた。
「!?」
「なっ……!」
まれにも当惑するピエリだったけれど、次の瞬間には驚愕で目を丸くした。邪毒神の手がいつの間にかピエリの魔道具を握っていたのだ。その手から瞬間的にあふれ出た邪毒が魔道具を過負荷させた。魔道具はそのまま腐食して砕けた。
破片をはたいた邪毒神が冷たく言った。
【よくも私が注目する国で無駄なことをしたね。度胸は褒めてあげる】
その次はあっという間だった。
邪毒神が指パッチンをした。すると輝かない漆黒の炎がピエリの九体の分身を襲った。分身たちは何かする前に灰になって散った。本体のピエリも何か衝撃を受けたようによろめいた。彼の口から血が流れ出た。
【やっぱり生きている人間を直接殺すのはこの身では無理だね。それでもかなり大きなダメージを受けたはずだけど……続ける?】
「……貴方が誰で、何を望んでいるかはわかりませんが……情報を得ることができそうにないですね」
【よく知ってるね】
「どうせ魔道具が破壊された時点で作戦は失敗。……今度は引き下がることにしましょう」
そしてピエリは倒れたボロスを収拾し、すぐにここから遠ざかった。
「ちょ、ちょっと待って!」
【一人であいつを相手にするつもり? 今のあいつでも一対一では余裕で殺されるよ? 死にたいのでなければやめなさい】
……悔しいけれどその通りだ。
それよりこの邪毒神は一体何なのかしら。ピエリの分身を一度に灰にしてしまうほどの力が降臨したのに、邪毒災害が少しも起こらないなんて。こんなケースはゲームでも、そしてこの世界の歴史書でも見たことがない。
一方、邪毒神は私の疑問など知ったことじゃないって言うように、自分を召還した信奉者たちのところに移動した。彼らは邪毒神降臨の儀式に全力を尽くして死にかけていた。それでも邪毒神の人影を見て幸せそうに笑った。
「高貴な志を……執行することになって……本当に光栄……」
【結構よ。家に帰ってご飯食べて寝りなさい】
邪毒神らしくない軽い口調と一緒に魔力が流れ出た。死にかけていた信奉者たちの体があっという間に回復した。邪毒の気が少しも感じられない魔力だった。私は目が裂けるように丸くしたけど、信者たちは神の恵みを受けて嬉しそうに恍惚とした顔をするだけだった。
次に邪毒神が向かったところは……私の前だった。
【どれどれ】
邪毒神の指が私のあごに触れた。
『浄潔世界』が少しも反応しなかった。浄化できなかったのじゃなく、浄化すべき邪毒が本当に少しもなかったためだった。身体からが邪毒の結晶である邪毒神の片鱗に触れたのに邪毒がないなんて、これが一体何のバカげたことなのか私もわからない。
行動も現状も理解不能な相手だったけれど、ただ一つわかることがあった。少なくとも私に危害を加えるつもりはないということ。
まるであざ笑うような小さな笑い声が邪毒神から聞こえてきた。
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