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信者の話

 本格的に現場実習が始まった。


 私はロベルと共にアルギスさんの指示を受けた。指示とはいえ、主にすることは聞き込み調査だったけど。


「こうやって直接歩き回ってみるとわかりますね。『隠された島の主人』の影響力、思ったよりすごいです」


 ロベルの言う通りだ。


 私たちは聞き込み調査という形で市民に近づき、情報を求めていた。その過程で安息領や『隠された島の主人』に対する考えなどを尋ねていたけれど……役に立つかどうかはともかく、いろいろな話を聞くことができた。特に『隠された島の主人』について。


 例えば……。


「あの御方は本当に優しい方です。私はあの御方に従う人々に何度も求められました」


「何を考えているのか分かんねぇ。どうせ邪毒神じゃねぇか? 歓心の後に裏切るかもしんぞ」


「あまり興味はありませんが、最近布教する人が多いようですよ。面倒くさくてたまらない。あいつらも安息領じゃないですか?」


 ……肯定的なものもあれば否定的なものもあった。それはともかく、思ったより多くの人が『隠された島の主人』とその追従者たちのことを知っていた。ということは、それだけ活動が活発だということだろう。


 そして私たちは今一番よく分かるような人に会いに行っている。


「ここですの?」


 アルギスさんに案内されて到着したのは平凡な住宅だった。特別なことなく、小さな平屋。それこそ平凡な民の家そのものだった。


 でもここに住む人は平凡ではない。アルギスさんが言った、『隠された島の主人』の追従者……騎士団よりも先に安息領のアジトを襲撃したというメンバーだった。


「そう。その事件の時、現行犯で一度逮捕して尋問をしたぜ。でも相手が相手だから処罰は罰金刑だけだったな。戦闘行為が激しくなる前に騎士団が到着したし」


「啓示のことを言った人がここに住んでいるあの人ってことでしたわね?」


「そう。多分何でも得られると思うぜ」


 アルギスさんが代表としてドアをノックした。ドアはすぐに開き、若い男が顔を出した。


 家と同じく特別なことない男だった。良く言えば無難で、悪く言えば存在感がないというか。でも袖や襟の内側にちらっと見える傷跡や筋肉を見ると、かなり戦いに親しむ人らしい。


 一方、その男はアルギスさんを見て小さくため息をついた。


「騎士様がまたどうしたんですか?」


「調査をしています。特に逮捕しに来たわけではないのでご安心ください」


「はぁ……別に構わないのですが。お入りになりますか?」


「あえてそうする必要はなさそうですね。立って話すのがご不便でしたら席が必要ですが」


「ここでやりましょう。それで、今度は何を聞きに来られたんですか?」


 アルギスさんは一歩退いた。その代わり、ロベルが前に出た。


「貴方は『隠された島の主人』に仕えるんですよね? どうしてそんなことをするのですか?」


「その御方は人間のことを心から思う御方です」


「邪毒神が人間のことを、ですか……そんな話は聞いたことがありません」


 ロベルの言葉はこの世界の常識とも同じだ。


 人間のことを心から思う邪毒神なんて、今までそんな存在はなかった。そもそも邪毒自体がこの世の生命体には害悪だから。紫光技や黒騎士のように邪毒を利用する技術と存在はあるけれど、それは統制に失敗したら命を失いかねない危険を甘受する綱渡りに過ぎない。……私は『浄潔世界』のおかげでその危険を無視するだけ。


 そんな邪毒の代表格である邪毒神が人間のことを思うなんて、矛盾に過ぎない。


 しかし男は眉をひそめ、反問した。


「では、どんなことを聞いてみましたか?」


「邪毒神はこの世界のすべての生き物に……」


「そんな普遍的な話ではなく。『隠された島の主人』様のことについてです」


「……特に聞いたことがありません」


「そうでしょう? その御方のことだけではないでしょう。邪毒神は神とは言いますが、頭数はとても多いです。そして、そのほとんどはこの世界に干渉できません。啓示を下す邪毒神でさえ、割合としては極めて少ないです。ところで、どうしてすべての邪毒神が同じだと断言できるのですか?」


「……」


 妥当な根拠などないけれど、逆に論理的な反論も不可能な言葉だった。そもそもその言葉自体が適切に成立した論理ではなかったから。


 しかしそれよりも、あんな風に考えること自体を初めて見た。


「私も以前は他人と同じ考えでした。しかし、『隠された島の主人』の使徒たちに救われた後、私も彼らと一緒に働くようになりました。これまで一度もその御方が人間に有害なことをしようとするのは見たことがありません」


「使徒? 彼らはどんな存在ですか?」


「それは言えません。言えるとしても、そもそも私もよく知らない方たちですけれども」


「……なるほど」


 その他にもいくつかの質問をしたけど、答えの雰囲気は大体似ていた。


 話が終わった後、移動中にロベルが私に話しかけてきた。


「お嬢様、いかがでしたか?」


「……さぁね。貴方はどう思う?」


「証明できない話が多すぎます。そもそも論理ではないので反論もできません。ただ……その話の真偽とは別に、『隠された島の主人』に心酔したことだけは感じられました。そしてちょっと危ないかもしれません」


「真偽とは別にあの思想が広がるかもしれないから?」


「はい。適当に外見だけを飾っただけで信じる人もいますし、それほどではなくてもあの人のように直接影響を受けることもあるでしょう。あの思想が広がった時、どうなるか確信できません」


 私も同じ考えだ。


 ……それに『隠された島の主人』がゲームとは変わったこと自体も不安だ。でもこれについてどう調べるべきか……を考えてみた時、まだいい考えが浮かばない。


 まぁ、実習を始めたばかりだから。ゆっくり調べてみようか。

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