拳と拳
「ロベル、助け必要?」
「要りません」
トリア姉貴の提案をすぐに断り、一人で一匹のバケモノを選んで前進した。
僕が見ているところ、村の片隅で巨大な魔物が手当たり次第に暴れていた。全身を見るのは初めてだが、奴の腕だけは四年前に見たのと似ている。名前がミッドレースアルファだっけ。
……お嬢様。
お嬢様の性格を考えると、見るまでもなく一番危険な場所に突進しているのだろう。明らかだ。そっちには敵がどれだけいるかはわからないが、あんなバケモノを一匹だけでなく、何匹もいっぺんに相手にしているかもしれない。
今にも追いかけたいが、ここを放置することもできない。放置して行くにしても、お嬢様なら喜ぶどころか何してるのって一発殴るだろう。
できるだけ早く始末してみようか――その一念で地面を蹴って瞬く間に敵に近づいた。
突進する僕をミッドレースアルファが気づくのと、僕が瞬く間に魔力を高めて拳に集中したのはほぼ同時だった。
――極拳流〈一点極進〉
奴の足に一撃。足を完全に破壊することはできなかったが、骨を折った。そしてひょろひょろしながら咆哮した奴が僕を探そうとする瞬間、僕の特性である『虚像満開』で無数の虚像の僕を作って四方に撒いた。
「クルァッ?」
慌てた奴が腕をむちゃくちゃに振り回した。僕はそれを無視して手のひらに魔力を集めた。
――極拳流〈壊山掌〉
もう一度同じところを攻撃して片足を完全に粉砕した。グオオオオオとお腹の中に響く大きな悲鳴が上がり、バランスを崩した奴が地面に倒れた。しかし、そんな中でも奴は魔力を爆発させて四方を攻撃した。
「ふっ!!」
奴の魔力爆発を僕の魔力で中和して突進した。しかし奴も僕の魔力の気配を感じたように足で空気を蹴り上げた。それを避けた瞬間、反対側の足が同じように上がってきた。先ほど壊した足だった。
――白光技〈守護盾〉
攻撃自体は魔力盾を展開して防いだが、力を殺せずに僕が飛ばされた。しかも奴の足は外見だけでなく中まで完全に治ったようだ。
体を起こす奴から魔力が沸き立ったが、その魔力が外に出て属性を発揮する気配はない。
向こうでジェリア様の相手は、気配を見ると火炎系のようだが。むしろ僕の相手であるこいつは沸き立つ魔力が全て体の中で固まるような感じだった。気のせいか筋肉が脈動するような気もする。
考えているうちに奴が僕の背より直径の大きい魔弾を相次いで放った。特性のない純粋な魔力弾だった。波
――極拳流〈連極波〉
連続した拳圧で魔弾を相殺し、空気を蹴った。同時に『虚像満開』で数多くの幻想を展開する一方、自分自身の姿を隠した。しかし奴はまるですべての幻想をなくすかのように四方に魔弾を乱射した。
しかし僕が指パッチンをした瞬間、すべての幻想が溶けて魔力に戻った。
――白光技〈拘束の結界〉
四方に広がった魔力を操縦して魔力の糸に変えた。糸を一斉に奴に伸ばすと、その糸を中心に力場が発生し奴の体を拘束した。
結界とは本来、魔力の糸を媒介として力場を発生させて対象を拘束したり、空間を断絶させたりする技術。それを応用して補助をしたり、特性魔力を加えて新しい機能を付与したりもする。
でも魔力効率は基本形の拘束と防御こそ一番高いんだよ!!
「ク……オ!?」
ギイッ、ギイギイッと奴の体がきしむしながら拘束を振り払おうとしたが、結界の拘束は堅固だ。だが、そんな中でも奴が吐き出す魔力に明確な属性は見えず、筋肉だけが激しくうごめきながら少しずつ結界を押し出していた。
四年前、テリアお嬢様が討伐した奴の特性は『崩壊』だったそうで、今ジェリア様が相手にしている奴はおそらく火炎系。しかしこいつは身体強化系なのか。やはりいろいろな魔物を合成したバケモノだからか、特性も一貫性がないようだ。
拘束結界を胸の方だけなくして穴を開け、そちらに飛び込んで手を上げた。魔力は僕の手を中心にドリルのように回転した。
――極拳流〈穿孔突〉
ドリルのような一撃で一気に心臓を掘り出すつもりだったが、あいつの体が硬すぎて心臓まで届かなかった。にもかかわらず、すりおろされた肉と血が激しくあふれた。
「ガオオオオ!!」
その時効力が弱まった結界が奴の力で壊れた。血のにじんだ目が僕を睨みつけ、筋肉が一層膨らみ魔力を散らした。
ブンッ!! と風を切る音が鳴った。いち早く幻想を展開して無駄にさせたのに、風圧だけで飛ばされそうだ。ただでさえ巨大で強力な肉体に身体強化系の特性が重なるなんて恐ろしいね。
でもこっちも遊びとして修練したわけじゃないからな!!
――白光技〈いばらの森〉
巨大な魔力槍の弾幕で奴を攻撃した。しかし、さらに硬くなった奴の肉体の前では全て壊れるだけで、本当の自分を見つけられなかったにもかかわらず、四方に拳と足を突く度に風圧が僕にまで届いた。
しかし、僕は魔力でそのすべてを相殺した。そして奴の肩の上に飛び乗った。後〈穿孔突〉でこめかみを狙った。
奴のこめかみから血が流れ――。
「クラァアアアアア!」
「わっ!?」
奴は体を大きく振りながらまるで虫を殴るように手のひらを振った。手そのものは避けたが肩から落ちてしまった。そして地面に着地する前に奴が体を回して拳を浴びせた。
僕は素早く空中に作った魔力の足場を踏んで後退した。初めての攻勢は避けたが、身体強化系の特性が装飾ではないと言うように瞬く間に目標を修正し、ものすごい連撃が浴びせられた。魔力を含んだ拳圧が何度も僕に降り注いだ。
――これは防げない。
ドドドドドドドドドド!!
正面から防いだり相殺することは不可能。だから今可能な魔力をできる限り込んだ〈連極波〉でただ受け流すことだけを狙う。周辺の氷と地面がめちゃくちゃに破裂する中で、僕が立っている場所だけが辛うじて原型を維持した。
「クオ?」
嵐のような連撃を小さな存在が耐え抜いたのが不思議なのか、奴は困惑するように止まった。しかしそれもつかの間だけ、すぐに拳に莫大な魔力を集中して振り上げた。
だがその短い時間のおかげで、僕も魔力を十分に集めた。
ゴゴゴと四方が震えた。大量の魔力が集中した余波で空間がきしみ、二つの魔力がぶつかった地点でスパークが飛んだ。
奴が咆哮しながら駆けつける姿勢を取った瞬間、僕も魔力を右手に集中したまま地面を蹴った。
――極拳流〈頂点正拳突き〉
まるで動く壁のように迫る巨大な拳に、今度は正面から立ち向かう。
集中した魔力すべてを正拳の威力に転換してぶつかった。激突の余波で周辺の氷が砕かれ、拳に重い衝撃が襲った。しかし僕は一歩も退かずに拳を突き出した。
「グ……オ……!?」
「かはああああああ!」
大きな音と共に、力比べで負けた奴の拳が文字通り粉になった。血さえも衝撃で霧のように散り、奴の悲鳴が周辺を揺るがした。それでも奴はさらに魔力を高め、残った手を上げた。
しかし僕はすでにフルスロットルで魔力を燃やして次の準備をしていた。
――極拳流奥義〈極点粉砕〉
莫大な魔力が凝縮された拳が奴の拳と激突した瞬間、集束された魔力が解放され強大な衝撃波が起こった。周辺一帯の氷と地面が全て破裂し、奴の腕が肩の近くまで粉になった。
両腕を失った苦痛と怒りが悲鳴となって沸き起こった。その悲鳴にさえ魔力が宿り、空間を揺るがした。しかし僕が吐き出す魔力を押し出すほどではない。
「グオ……!?」
奴の目から怒り以外の感情を初めて感じた。あの躊躇する感じは恐怖か。両腕を吹き飛ばしても足りないのか、と言っているようだ。
もちろん足りないよ、タワケ。
「ク……カォォオオオ!!」
奴が咆哮しながら魔力砲を吐き出すのと、僕が両手を突き出しながら魔力を放出したのはほぼ同時だった。
――極拳流奥義〈双天砕〉
両手に装填した〈壊山掌〉を共鳴、増幅させて莫大な破壊力を得る奥義。強烈な破壊の怒涛が魔力砲ごとに奴の体を完全にすりおろした。
そして閃光が消えた時に残ったのはめちゃくちゃに削られた地面と、中心から少し外れたおかげで原形が残った足だけだった。
「くっ……はあぁ」
……勝ったのか。
大きな怪我なく勝ったものの、準奥義級の技である〈頂点正拳突き〉だけでなく、本物の奥義まで二度も使ってしまった。おかげで魔力と体力もかなり消耗してしまった。
正直、お嬢様を追いかけるために余力を少し残したかったが……相手も強かったし、速度のためには仕方なかった。
まぁ、余力が全くないわけでもないし、とりあえずケイン王子殿下の方と合流するようにしようか。
そう思いながら振り返った瞬間、横の氷壁越しに巨大な火柱が噴き出すのが見えた。この見慣れた魔力の気配は……トリア姉貴だ。
……姉貴、一体何をしているんだよ。