ジェリア・フュリアス・フィリスノヴァ ☆
王立人材育成総合アカデミー、通称中央アカデミー。
バルメリア王国の王都、タラス・メリアに存在し、あらゆる分野の学問を網羅する超巨大学校だ。
特異にも前世で言えば中等部から大学までを網羅する所でもある。ただし名目上は別に区分されず学年が一から十まで存在し、代わりに中間編入が多い。
今日、私とロベルはアカデミーの入学式に出席するためにここに来た。私たちは二人とも騎士科の清潔な制服を着ていた。
ロベル以外の随行員はトリアだけ。もともと邸宅のハウスキーパーの彼女だけど、私の入学が決まるとその地位を返上し、メイドの資格でついてくることになった。
そんな決定を下した理由は分からないけど、メイドの中ではトリアが一番好きな私としてはありがたい。
「よく似合うね。かっこいいわ、ロベル」
「ありがとうございます。お嬢様も本当にお似合いです」
「お嬢様もロベルもとても素敵です。知らない人が見ればよく似合うカップルだと言っても信じられますね」
「なっ……! トリア姉貴、そんな話は……」
「あはは。そんなはずないじゃない、トリア。そんなことはロベルにも失礼だよ」
そう言うと、突然ロベルもトリアも口をつぐんだ。何よ、なんであんな反応?
【……】
……本当にどうしてみんな私にだけこうするんだろう。
まぁ、それはさておいて。
実際、ゲームではロベルが来年、私は再来年に入学したけれど、あえてそれに従う必要はない。むしろ攻略対象者全員との円滑な接触のためには、今年一年生として入学するのが一番良い。
そう思いながらアカデミーのゲートを越えた。
……すごく大きい!!
やっぱり国最大の学校らしい。ゲームの設定としては前世のほとんどの大学敷地を三つくらいは合わせたレベルだった。
古いけどよく管理された建物と新しく建てられた建物がまるで都市のようにいっぱいだった。今日が入学式だからか、通り過ぎる人も休日の繁華街ほど多い。
「なるほどアカデミーですね。私は実物を見るのも初めてですが、見るだけでも正直ちょっと圧倒されそうです」
「心配しないで、トリア。貴方も私のメイドの資格で毎日ここに閉じこもっているから、すぐ慣れるはずよ」
「そういえば寮を選びましたね。あえてそうされる必要がありましたか? むしろ近くに別荘でも一つ用意した方がいいと思いますが」
「ったく、姉貴。まだお嬢様をそんなに知らないんですか?」
なぜかロベルが偉そうな顔をした。
「ありきたりじゃないですか。移動時間がもったいないってこうされるんですよ」
「それは……一理あるね?」
「そこの二人、いったい私を何だと思っているの?」
「「修練に夢中になるバカですよ」」
「そこまでじゃないでしょ!?」
思わず絶叫したけれど、二人とも私から顔を背けてしまった。ひどいんじゃない?
……落語はこの辺にして、私はあたりを見回した。
人があまりにも多くて特定の誰かを探すのが簡単ではないね。でもゲームの設定通りなら、きっと朝はいつもこの辺にいるはずなのに……。
「そこのあんた、新入生ですよね? 誰を探しているんですか?」
振り返った私は少し驚いた。声をかけた人がついさっきまで私が探していた人だったのだ。
顔はまだ幼い面が残っているけれど、女にしては高い背丈で騎士科の制服をきっちり着た女生徒だった。藍色の髪と瞳が奥ゆかしい美しさを抱き、端正に整えた身なりと小さくてシャープな眼鏡は知的なインテリのような雰囲気を漂わせた。
でも騎士科の制服特有の長いコートの上からも分かるほど、しっかりとした体と背中に背負った大きな重剣は、彼女が取ってきたのは本だけではないことを如実に示している。
『バルセイ』の攻略対象者の一人、ジェリア・フュリアス・フィリスノヴァだ。
……実は『バルセイ』は攻略対象者五人の二人が同性の女性だった。
もちろんただの友人としての友情ルートであるだけで、GLルートではない。しかし、攻略対象者が同性だということ自体が独特で、かなり話題になったりもした。
ジェリアはその中でも姉でありライバルポジションだった。私よりは三歳、主人公のアルカより五歳年上だ。
そして今日の私の目的は彼女との交流を開くことだ。
「その銀髪、アルケン……いや、そっちは今年新入生がいない。それなら……あんたが今度入学するというオステノヴァ公爵家の長女の方ですよね?」
「……」
「? どうしたんですか?」
私が返事をしないと、ジェリアは怪しがるように眉をひそめた。私はそんな彼女に前もって準備しておいた言葉を投げた。
「フィリスノヴァ公爵家の版図を変える有望株だと聞きましたが……」
「何ですか、そんな噂を気にしていたんですか? いいですよ、どうせそういうのはゴシップが好きな奴らが勝手に呼ぶ……」
「期待以下ですわね」
「……ナに?」
あっという間にジェリアの表情が変わった。それだけでなく、暖かかった気温が急激に下がり、息から湯気が出始めた。
周辺を通っていた生徒たちがどうしたのかと思ってこちらを見たけれど、ジェリアであることを確認した瞬間、怯える表情で距離を広げた。
ロベルとトリアは一瞬にして臨戦態勢を取ったけれど、私は彼らを制止して前に出た。口元に不遜な笑みを浮かべて。
「偉大な四大公爵家の中で最も猛烈で勇敢な剣、フィリスノヴァの最も有力な後継者だと聞きましたから期待しましたが……魔力量大きいだけで、それを身につけるコツは中途半端ですね。それでフィリスノヴァ公爵家が誇る狂竜剣流がまともに使えるのか疑問に思いますわよ」
「お、お嬢様? 急に何を……」
戸惑う外野はしばらく無視し、ゴゴゴゴと効果音が聞こえそうな雰囲気のジェリアをさらに不遜にあざ笑った。すると彼女は全然嬉しそうな笑みを浮かべた。しかも形式的な敬語さえ崩れてしまい、やや男らしい言い方になった。
「さすが研究者などのオステノヴァのガキらしいな。ペラペラしゃべるのが遊び場に浮かれたガキみたいだぞ。そういえば制服が騎士科なんだが、まさか研究室のガウンと勘違いして着間違えたんじゃないのか?」
「あら、そう見えますの? やっぱり自慢することが体しかないフィリスノヴァのくせに眼鏡をかけた分はするんですよね。その眼鏡あまり役に立たないようですが、私がもっと高いもので一つくれましょうか?」
「あれ? ボクの記憶ではこれ君の父上様が開発した製品なんだが? 高名な賢者一族の後継者は自分の家で作ったものも区別できないようだな?」
「あら、ごめんなさい。でも、私たちの家で開発した物にも級があるんですわよ。父上のモットーが〝国民皆が享受できる恩恵を開発〟することですから。少々お待ちいただけますの? 私たちの心強い友人であるフィリスノヴァの令嬢が、盲目も鳥を狩れるようにしてくれる眼鏡が欲しいとお伝えしますわ」
さあ、どう出るかしら。
私が考えても脈絡がなくとんでもない挑発だけど、ジェリアはこのような挑発をただ我慢する人ではないのにね。
「そんなに偉そうに言うのを見ると、理論だけでなく実戦にもかなり自信があるらしいよな?」
予想通り。
私は心の中でVサインを描きながら準備しておいた返事を投げた。
「そんなことは言葉で証明できるものではないでしょう。それは貴方がよく知っていますよね?」
「いい。その堂々さ、気に入ったぞ。とても気に入った。さて、芸もそれに相応しいのか一度見せてもらおうか」
ジェリアは後ろからソワソワしていた男子生徒を呼んだ。
「ティロン、行って第三練習場を貸し切ろ。今すぐ」
「え? 今すぐですか? 急にそれはちょっと……」
「大丈夫だ、この時間なら執行部の奴らが施設点検などしているからな。ボクの名前で点検を取り消させろ。今すぐ使う」
すると彼女は腕から紙とペンを取り出し、何かをさっと書いて私に差し出した。もらってみたら略図だった。意外と上手だね。
「あら、ご親切ですわね」
「アカデミーは新入生が施設を探すには大きすぎるからな。悪いが、ボクはあと五分くらいここにいなければならない。練習場は略図使って直接行け。よく分からなければ、このバッジをつけた奴を捕まえて聞けばいいぞ」
ジェリアは胸元の青い星のバッジを見せ、元の場所に戻った。
会話が終わるやいなやトリアとロベルが私に飛びかかった。
「お嬢様、どういうつもりでフィリスノヴァの令嬢を挑発されたんですか!?」
「お嬢様、やばいですよ!? フィリスノヴァの有力後継者ならあのジェリアじゃないですか! トリア姉貴よりもゴリラのような女に何の度胸で文句を仰ったのですか!?」
「ロベル、今こっそり何を……」
「ちょっと落ち着いて。ジェリアさんは実は強い人が大好きよ。それで会ったついでにアピールしておこうかと思って」
「だからって、いきなり文句を仰るのはダメなんですよ!」
二人はその後もあれこれ不平を言ったけれど、私が苦笑いしながら大まかにごまかすと結局諦めた。
アピールしておこうというのは本気だ。『バルセイ』の攻略対象者は全員、これからの悲劇に対処する重要なピースだから。でも全員を必ず味方にできるという保障はない。その中でもジェリアは好感を持ちやすい相手。ここでジェリアと縁を結んでおくことは必ず必要なプロセスだ。
そして、私は力を隠すつもりは全くない。いや、『浄潔世界』だけは隠すつもりだけど、それ以外ではない。むしろ、これからやるべきことを考えると全力で目につくべきだ。
もちろん四大公爵家の令嬢ということだけでも目立つには十分だけど、それ以上に騎士として目立つには現アカデミーのエースである彼女を相手に私の力を証明するのが一番効果的だから。
……そしてこれはただの個人的な欲だけど、一度ジェリアと手合わせしてみたい気持ちもある。
前世に『バルセイ』をプレイしながら一番憧れたキャラがジェリアだった。勝手に動くことさえできない私とは正反対に肉弾戦に一番上手なキャラだったから。そんな彼女と戦ってみること自体が私には望まなかった状況だ。
しかもこの三年間、私はイシリンと『浄潔世界』の力に加え、優秀な師匠まで得て猛烈に強くなった。その力がどの程度なのかを一度試してみたい。
一度楽しく取り組んでみようか。




