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第七章 探知魔導

「なんだそれ?」   

「探知する魔道具」

「は?」

 彼は不可思議なものを見たような目をしてそんな疑問の声を上げた。

 まあ仕方ないかもしれない。

 一般の人が魔導師専用の魔道具なんてあまり目にすることがないから。

 特にこんな軍事用の魔道具なんて一般人が目にすることは普通はないだろう。

 説明が必要かなと思い、一見すると手鏡にしか見えないそれを私は彼に向けて差し出した。

「おい待てよ、なんだ、その……爆発とかしたりしないだろうな?」

「爆発って――。ふふっ、ごめんなさいっ」

「なんだよッわけわかんねえ」

 地下に降りる前にラルクとのことを散々笑われたせいか、わたしはやり返すというわけではないけどどこか面白くなってしまい、さっきのドラゴンたちの群れを見た時の恐怖からようやく解放されて心の底から笑ってしまっていた。

「ごめん、なんだかとっても面白くて。ごめんなさい――あのたくさんのドラゴン、とっても怖かったから」

「そりゃ、そうだよ。俺だって怖かったんだ。あんたがそうなっても誰も笑わないよ」

「そう言ってくれるとありがたいけど、これでも二級魔導師だから……」

 多くの人は魔導師といえば何でも叶えてくれる何でも奇跡を起こすことができるようなそんな存在だと勘違いしている。

 ずっとずっと昔の魔法使い達ならそれは可能だったかもしれないけど。

 今の魔導師のわたしたちは、魔法という力の法則を魔術という言葉や文字によって魔道具にみちびき入れることで、ほんの少しの奇跡のような真似事をする。

 ただそれだけ。

 だからわたしたちが、あれはできないこれはできない、そんなことを言えばみんなが不機嫌な顔をしてあっという間に魔導士に対する評価が下がってしまう。

 王都にいた時、学院の先生達からそのことを嫌というほど聞かされていたから、慎重にならざるを得なかった。

「魔導師、ね。そんなに気にすることもないと思うんだがなあ」

「え?」

「いやだってほら、ドラゴンだろ? 伝説とか神話にあるような勇者とか聖女とか、神に選ばれた英雄とか。あんなもんじゃなきゃ太刀打ちできないんじゃないのか?」

「それは多分そうだけど……」

「だろう? そう考えたらさー、なんでもかんでも出来なきゃおかしいって言うのは、俺としてはどうかと思うね」

 イデアの考え方はとても新鮮でとても優しく、とても暖かく感じられるものだった。

 わたしはふと意地悪を思いついて彼に質問する。

「ねえそれって、あなた個人の考え? それとも地下に住む人達全員の常識みたいなそういうもの?」

「どうだろう。俺一人の考えだと伝えた方が、後々揉めなくていいかもしれないな」

「どうしてそう思うの。みんなの考えだったらそう思うって言えばいいじゃない」

「それは言えないな」

「なぜ――?」

 本当に意地悪な質問だったと思う。

 彼個人の意見だとしたらそれは地上に住む人達の常識とは大きくかけ離れた意見になる。

 地下に住む人達全員の常識だとしたら、イデアの考え方はこの場所ではおかしくなくて、でも地上に戻った時はそこに合わせた考え方をするのだろう。

 わたしはそう思っていた。

「どっかの誰かがみんなそう言ってるなんて、俺の中では誰も言ってないのと同じことだ。だから俺はこう思うと言ったら、それは俺だけの意見なのさ。他人は関係ない」

「そう……」

「もちろん」

「え?」

「――地下のみんなも関係ない」

「それは……うん」

「だから俺を試すような真似をするな。ついでに誰かを巻き込むようなそんなマネもするなって、どっかの誰かなら言うんじゃないかな今の質問に対しては」

 イデアは釘を刺すようにそう言うと、改めてわたしの手のひらに乗っている魔導具に興味を示す。

 今の会話なんてなかったかのようなその素振りは、ラルクには到底できない。大人の男性のものだった。

「あなた個人の意見だってことにしておきます。それとありがとう」

「それでよろしく。あと何でありがとうなんだ」

「魔導師は――みんなが思うほど強くないし……世間の評価を誰よりも気にするから」

「あんたたちも大変だな。それでその――探知するなんかだったっけ。どうやって使うんだ」

 謝罪も感謝もさらりと流されて改めてイデアは、小型の魔導具に興味を示した。手のひらの上で、キラリキラリと、ときたま輝くそれは、ふたを持たない木枠の中に収まるコンパクトなもの。

 鏡部分の外側には丁寧な意匠が彫刻されていて、これまで何人もが使ってきたように黒く深い艶やかな鈍さが、年代物だと物語っていた。

「お爺様から譲られたものなの。一般に降りてくることはあまりないかな。あ、この場合の一般っていうのは普通の魔導師って意味だけど」

「ほーお」

「ほんとはね、随分昔の大戦時に活躍した探知魔導の生き残りみたいなものかな」

「つまりなんだ。希少価値のある軍事用の商品ってことか」

「ううん。今はもっと性能がいいものが軍には出回っているから。これはそんなにいいものじゃないわ」

「……なるほど。で、どう使うんだ」

 怪訝な顔をする彼の手にそれを押し付けて、覗き込んでみて、と伝える。

 大丈夫なのか? そんな不安そうな顔もしながら、おずおずと彼は鏡の部分を覗き込んでいた。

「何が見える?」

「何って……赤い大きな光の……点?」

「いくつくらいありそう?」

「待てよ、今数える……五、たまに六になるな。これがどうなる?」

「二本の指の先を鏡に押し当てて、同時に広げたり狭めたりしてみて」

「はあ? そんなもの変わるわけが――なんだこりゃ」

「面白いでしょう? 今は幾つに増えた?」

「十四、十五……いや、十八、か」

「じゃあの場所にいるのは、二十以上は確実にいるってことになるわね」

 その返事を聞いて彼はぱちくりとまばたきをする。

 あの場所。つまりさっきいたドラゴン達の棲み処というか、占拠された場所というか。

 あそこにいる最低限の頭数が二十以上はいることになる。

「何で先に教えてくれなかったんだ!?」

 イデアは責めるように叫んだ。

 それはその通りだ。

 最初にわかっていればあんな危険なんて犯さずに済んだのだから。

 でも、ごめんなさいとわたしは首を振る。


「探知したい場所にあらかじめ発信機を置いてこないとだめなの。発信器というか、小型のもっと小さな、特定の場所だけにしか反応しない魔導具を、置かないとだめなの」

「……なら仕方ないか。世の中何もかも便利にはいかないんだな」

「そうね。その手間もあるからこの型はあまり使われなくなったの」

「それにしても片方を置いておけば状況を知ることができるのは、本当に魔法みたいだな」

「魔法じゃないけど、魔導具だから」

 しげしげと手のひらにあるそれを眺めながらため息を漏らすイデアに、そっと訂正をする。

 実は――現行品は、望めば手に入るのだ。

 二級以上の魔導師なら、軍事行動に同行することも有事の際はありうるし、こんな辺境の管理していれば軍隊が使うような威力の強い魔導具だって必要になることもある。

 ただ、わたしが使い慣れているこの子が好きだったというだけの話で――次回は、最新型の子を発注しようと心に決める。

「しかしまぁ……困ったもんだな。どうするあのドラゴンたち」

「どうしよっか」

 いきなりどうすると問われても苦笑するしかできない。ここ最近でドラゴンが人里のど真ん中に繁殖したなんて話は聞いたことがない。

 いやいや、過去にだってそんな事例は聞いた覚えがない。

 対処法すら思いつかないのにどうすると言われても何も思いつかないのが現状だった。

「どうしようかってどうにかするしかないだろう。いや待て、なあこの魔導具……相方はどこにある? 俺があんた――アルフリーダを抱えて逃げ出したわけだが……設置する時間なんてあったのか?」

「それはなかったというか、最初から用意していたというか。でも数時間したら役に立たなくなると思う」

 それを聞いてイデアはまさか、とそんな顔をした。

 わたしはその通りだと頷いてみせる。

「あの魔法剣の中に仕込んだっていうのか? 準備がいいなー、あんた」

「仕込んだわけじゃなくて。あの剣に使われていた魔石を少しだけ変化させただけ」

「あの瞬間にそんなことができるんだ。さすがに二級魔導師……大したもんだ」

「これくらいは誰でもできるのよ。でも食べられてしまったし、お腹の中で消化されたらどうしようもないわ」

「うまそうに食べる音が聞こえた気がする。恨みを晴らせたんじゃないのか」

「え……」

「恨みだよ。浮気された恨み。相手が大事にしていたものぶっ壊してやったんだ。少しは気が晴れただろ」

「それはまあ―……はい」

「ならあの魔法剣も、少しは役に立ったってことになるな。炎でぶった切ってやるなんて言ってたけど……全く役に立たなかったな」

「間違いないわね。もっと威力が強いと思ってた!」

 やはり国王陛下は偉大で、まだまだ騎士としては未熟なラルクに、素晴らしい魔導具は与えなかったらしい。

 自分は素晴らしいんだ。

 あの魔法剣を貰い、そう自慢していた婚約者が間抜けに見えて可哀想にも思えて。

 改めて、今回の浮気騒動は知りたくなかったけど起きてくれてよかったと、わたしに思わせたのだった。

「……それじゃあ、これからどうするか考えるか。二級魔導師としてはどうする気なんだ?」

「二級ってつけるところが、なんとなく意地の悪さを感じるわねー」

「気のせいだ、気のせい。俺は元々意地が悪いのさ」

「ドラゴンを目の前にして敢え無く逃亡したんじゃ、威厳も何もあったもんじゃないわよ」

「そうだな。だから、二級、なんて付けてるんだ」

「本当に意地悪……」

「褒め言葉と受け取っておく」

 気心の知れた友人のように、わたしとイデアはそう言い合い、そして笑いあった。

 屈託のない笑顔。

 そんなものを見たのはこの半年の間で何回あっただろう。

 彼氏はいつも自分のことばかり。

 わたしに気を使っているふりをして自分が不利にならないように、賢く立ち回っていたあの人。

 頭の中が一周してある程度、恋愛に対する熱が冷めてくると――あまりいい話ではないけど相手の悪い所も見えてしまう。

 しばらく恋愛はしたくなくて、半年前のように友人達と笑いあえる日々がもう一度帰ってきたらと、望んでいた。

 

「それにしても本当、奇跡よね」

「何が?」

「ドラゴンなんて脅威を目の前にして、あなたはわたしを抱きかかえて、こんな上の階層まで一気に逃げてくれて――重くなかった?」

「……おいおいおいおい、女性にそんなこと言えないだろう」

「そう。紳士なのね」

「普通だよ、普通。あんたの彼氏だってそんなこと言わなかったろ?」

「……」

 一瞬の沈黙。

 言われないどころか、彼はたかが二階の寝室にわたしを運ぶだけで、息切れをしていた。

 あの時は自分の重さが――同年代の女性達よりも頭一つ大きいこの体格が彼を苦しめたのだと……思っていた。

「おいっ」

「――はいっ!?」

「何かあったのか」

「へ?」

「アルフリーダ、探知魔導になにか反応があったのか」

「あ……、ううん。いえ、ないわ……」

「ないのか。黙り込んだからてっきり何か反応があったものかと思ったんだよ」

「残念だけど――探知魔導で分かることは頭数くらいだから。あとはその端末に全部現れる」

「そういうこと、か。なるほど――」

 わたしの沈黙がイデアではわからない魔導によるものではないことを知り、彼はふん? と顔を傾けた。


 四ヶ月ほどまえ。

 ラルクと知り合って間もない頃だ。

 恋人同士となり、互いに甘い時間を過ごすことができた最初の頃。

 その時の記憶を掘り起こしてうなだれていたなんて、恥ずかしくて言えるはずがない。

 わたしのそんな素振りを察したのか、イデアはさっさと話題を切り替えてくれた。

「とりあえず、あれだな。アルフリーダのおじいさんがこの街の管理をしていた時に、同じようなことがあったかもしれん。その

資料をまず探すべきか。それとも俺はよく知らないが、市役所にでも行けば過去の資料なんかはあるのかね?」

「どうかな……。市役所っていうか、教会がその役割を果たしてるからそっちが先、かな。でもドラゴンの報告なんてしたら……」

 はあ、と大きなため息を一つ。

 わたしの二つ名が泣きますね、とそんな嫌味を言われるような気がした。

 誰にって?

 教会の司祭様に。

 歴史ある青の月の女神フォンティーヌを奉る、フォンティーヌ教会はなんというか。

 こちらも歴史ある魔導師とはいろいろな意味で仲が悪い。

 確執に次ぐ確執とうずたかく積み重なっている。

 魔法使いが現存した時代には、教会に所属していた、紋章眼の宣教師と呼ばれる魔法使いたちと大掛かりな魔法合戦をしたこともあるのだとか。

 それでもわたしたち魔導師と、フォンティーヌ教会がひとつの街の中で仲良くやっていけるのは、人間という存在の弱さと言うか脆弱さがどうしても力ある者たちを必要としてしまうからだ。

 今回の地下のドラゴンのように。

 あんな大災害の存在なんて、今の時代のわたしたちには立ち向かう術すらないのだから。

「報告をしたらどうなるんだ?」

「色々と言われてしまうわ、それだけ。昔から教会と魔導師は仲が悪いのよ」

「へえ、そんなもんか。一般人が知らない世界だ」

「だからね、報告したら氷の魔女の二つ名が泣きますねって言われそう」

「いい名前じゃないか。氷を扱うのは得意なのか……覚えておくよ」

「ドラゴンにすら対抗できない、単なる景気付けみたいなものだから。あんまり当てにしないで」

「まあ、俺に抱えられて上がってくるような、氷の魔女だからな」

「本当に意地悪ね。まるでラルクみたい……あっ」

「ふうん」

 感情が高ぶってしまい、ついつい本音がするりと口の端から抜け出てしまう。

 それを聞いたイデアと来たら、なんだかニヤニヤとして、口の端を少しだけ持ち上げて笑うのだ。

 重たいって言われたんだな、さもそう言わんかのように。

「何よお? そんなに笑うんだったら、返してちょうだいその端末。地下の人達が不安になったら困るだろうから、しばらく預けておこうと思ったけど」

「はあ? 嫌だよ、こんな便利なもん。あるのとないのとじゃ、大違いだ。あの巨体でこんな狭い道や階段をドラゴンどもが上がって来るとは考えにくいけどな。

それでも危険の察知はできる。だから返せないね」

「あー、ひっどい! それじゃあまるで泥棒じゃない!」

「差し出したのは自分だろ? 俺がくれと言ったわけじゃない」

「それはそうだけど……」

「ついでにあんたぐらいの女性を抱えて、あの程度の距離を上り下りできない男なんて男じゃないね。騎士って名乗るんだったら、俺だって騎士になれるじゃないか。そうだろ?」

「慰めてるのか馬鹿にしてんのかどっちなのーっ!?」

「慰めてなんかないよ、馬鹿にする気もないね。ただ、男運がないとだけは思うけどな」

「やっぱり最悪だわ、あなたって嫌なやつ。でも――助けてくれてありがとう……」

「そういう素直なところがいいと思うぜ。じゃあ、とりあえず対策を宜しくな?」

「はいはい」

 対策、かあ。

 結構足取り重たかったけど――というのも、教会への報告とどうせ今日か明日にはやって来るだろうラルクとメリダの相手をすることを考えると、気が滅入りそうだった。

 地上へと戻る出口で、イデアは一言付け加えて去っていった。

「別に報告しなくてもいいだろ?」

「……はあ? なに言ってるのよ、調べられないじゃないの」

「うまい言い訳考えて、ドラゴンじゃなくてもあの最下層にいたやつらをさ。何か適当にでっち上げてもいいんじゃないか。自分の名前を汚すようなことを自分からする必要はないんだよ。だろ?」

「それはっ」

「そういう生き方も大事だってことだよ、な?」

「考えてみる……」

 人生の大先輩?

 それとも単なる厄介人?

 どちらかわからないけれど、彼は気楽にそう言って後ろを振り向くと手を振りながら地下に戻っていった。


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