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第五章 騎士の誇りと折れた魔法剣

「なら、はい。どうぞ、アルフリーダ」

「ありがとう。ところで、レイ。もう一つの方はどうなったの?」

 もう一つ。

 親友にして婚約者を寝取った幼馴染のエリダのことだ。

 彼女はまだ生きているのか……これは物騒で憎しみを込め過ぎた考えだけど……やはりどうなったか、という点は気になるところだった。

「まあ、そうですね。ラルクが騎士団の営舎に戻れていた、という点を考えたらエリダ様も同様に、お元気だとは思いますね」

「……そう」

「そんな心底残念そうな声を上げないでください」

 苦笑してレイは恨みは理解できますが、と破顔する。

 わたしの心を少しでも理解してくれる友人がいてくれて、いまは心がおかしくなりそうな狂気を少しだけど、止められそうだった。

「一日、二日中にはあちらから連絡が来るのではないでしょうか。残念ながら、騎士団からそのまま戻されてしまいましたから。もう一度、出て来ましょうか?」

「……いいわ」

「でも気になるんでしょう、アルフリーダ」

 だって。

 そう言いかけて、つい黙ってしまう。

 レイを行かせたことは不安の一つだった。

 家の前に騎士団の紋章を掲げた馬車が止まった時、彼女が罰せられたとか何か危害を加えられたかもしれないと思い、背筋が凍り付いた。

 レイはいまや、わたしの大事な家族なのだ。

 そう、理解するのに時間はかからなくて――これからもう一度、宜しくなんて口が裂けても命じたくなかった。

「いいの。もうどうでもいいから、行かなくていいわ」

「なら……結界はどうするの?」

「解くしかない、かな。土曜日だけど、調査にはいかなくちゃいけないし。ありがたいことに、昨夜はどなた様からもお誘いが無かったから」

「それはラルク様主催の知人様方を交えた、結婚式を行う報告を主にしたうちうちのパーティが、あろうことか我が家で行われたから、だからでしょう?」

「……そう、ね」

「たまには休みも良いのではないでしょうか。一日くらい」

「いいのか、な? 迷惑にならない?」

「本日、事務所は閉館。そんな旨の貼り紙をして置きますよ。あの二人の使者が来たとしたも私達が逃げ出したと思われるかもしれません。適当に行きましょ」

 いいのかな。

 公共のために働くのが二級魔導師の役割なのに。

 わたしの顔がそれほど情けないものだったのか、レイは寄って来るとぎゅっとその胸に顔を包み込んでくれた。

 幼いこの身体よりも大人のそれが、わたしを優しく癒してくれる。

「本当にいいの? みんな、困らない?」

「良いのですよ。この地方の古い慣習で、新しい貴族や有力者が引っ越して来たら、地元の名士や貴族がまずやって来て。それから、後に続々と地元の方々が挨拶に来られる――なんて。そんなものがあるから、平日はアルフリーダ。貴方、仕事どころじゃないでしょ?」

「そう、ね……。週末、彼が来ないときはずっと地下に潜っていたから……休みなんて無かった」

「なら、休むべきだわ。アルフリーダ、貴方は働きすぎたの。たまには、心を休めて欲しいわ」

「うん……」


 半年前。

 この地に来たわたしが彼との婚約を決めた時。

 地場の名士たちはこぞって会見を求めて来た。おかげで平日に迎えるべき本来の仕事の顧客はほとんど会うことができない始末。

 夜や早朝、休日を使ってその両方をこなしつつ、無口だけど甘えたがりの彼の相手をするのはいろいろと大変だった。

 まあ、因習にはいい面もあって。

 婚約どころか結婚前の女性は、その身を慎まなければならない。

 そんな考えがこの地方にはあったから、ラルクに身体を求められたことはない。

 それがある意味、わたしを救ってくれていた。

「ところで、あの魔法剣。どうするの?」

「ああ、あれ? 地下に棲みついた野生動物もそうだし、スライムとか魔獣もどこかにはいるだろうし……焼き尽くせないかなって」

「……」

 わたしの顔を解放したレイはその問いに対する答えを聞くと、微妙な笑顔を浮かべた。

 まるでその炎は、嫉妬の炎のようで怖い。

 そんな感じにも見えなくはない。

「ダメ?」

「私なら、炎を越える氷の魔導で凍らして、やってきたラルクの目の前で叩き折ってやります」

 どうやら、わたしより苛烈なのはやはり、我が家の侍女のようだった。

 さすがにそれをやったら、国王陛下に対する侮辱にもなりかねない。

「それは厳しくないかなー。陛下から拝領したものだし……」

「ラルク様が、ね? 自分の剣じゃないと否定したのですから、持ち返された時点で既に我が家の拾得物。好きにしろと言われましたし」

「騎士団長とそんな話までしたのね?」

「まあ――後から理不尽な怒りを落とされて責任を追及されても面倒ですから。あちらも話の裏側をほぼほぼ把握されたようですから、これも意図的な許可だと思いますよ」

「だけど、叩き折るなんてやり過ぎじゃないかしら」

 レイはうーん、とわたしの意気地がない返事をどうやる気に差せようかと悩んでいた。

 侍女としてはそれくらいするのは当然の権利だと考えているようだ。

 彼女の過去に付き合った男性たちはさぞや、大変だったろうと思わせる一面だった。

「なら、その魔法剣にかかっている魔術が果て尽きるまで使いこなしてはどうですか?」

「……は? そりゃ、そうなると魔道具は砕けるし剣も折れるけど」

「では、そうしましょう。地下に棲みついた魔物とやらを退治してらっしゃい。息抜きに――ウサ晴らしに」

 こうして、否応なしにわたしは足元に広がる地下に旅する、小さな冒険を始めることになったのだった。


 伝説にもあるように魔法使いの正装は、上から黒いとんがり帽子、真っ黒なローブを羽織り、内側には真っ黒のシャツと真っ黒なパンツ。

 魔女だったら真っ黒な真っ黒なワンピースを身にまとう。

 たぶんそれが世間の常識で、人々が思い描く魔女の正装で、本当はあまりにもありえない現実と果てしなく乖離した空想上の装束。

 だから、わたしが魔法学院を卒業し二級魔道士の資格を取得した時、正装と呼ばれるその姿を見て「あらまあ」とどこか残念そうな声をレイがあげたのは普通といえば普通の反応だった。

「色気と言うか威厳と言うかそういったものが全くない衣装ですね、それ」

「魔法使いに色気とかそんなものは求められても困るわよ」

「だって――、おとぎ話に出てくる意外な魔法使いや、性格が悪い魔女はどんがり帽子に身長ほどもある杖を抱き、ほうきにまたがって空を飛ぶような。それが正しい魔法使いの姿じゃありませんか」

 それなのに、とレイはとても残念そうにため息をつく。

 卒業時の姿はというと、文化の洗練された大陸の東の果てからやってきた、スーツと呼ばれるシャツとパンツと上着で構成される礼装だ。

 最もこれには幾種類があって、ワンピースのようなものもあれば、一枚の布を体にきちんと巻きつけて正装とするこの国の古い文化に根差した民族衣装も存在する。

「だけどねー。憧れるのは分かるけど、今どきそんな真っ黒なローブを羽織ってとんがり帽子をかぶってるような魔法使いなってどこにも存在しないわよ」

「そういうものなんですかね。私の生まれた国はまだまたそういった伝説上の魔法使いみたい格好をする人たちがたくさんいたはずなんですけど」

「たくさんいた、……はず?」

 なんとなくその語尾が気になって問い返す。

 レイは、故郷を出てからもう十年以上経っていますからと、寂しそうな微笑んだのだった。

 何か悪い質問をしてしまったのかもしれない。

 ちょっとだけ申し訳なさを感じてしまい、今回はレイの期待を裏切らないように古い魔法使いの格好をしてみることにしたのだ。

「……とは言ってもね。いろんなもので薄汚れた地下に降りるとなったら、そうそう綺麗な格好はできないのよねー」

「着古した膝上までの真っ黒なワンピースに、こちらも使い古した乗馬用パンツですか。まあ確かにどちらも真っ黒で、魔法使いといえば言えなくもない格好ですね」

「魔導師だけどね」

「そうでした。でも帽子はどうするんですか、アルフリーダー」

「さすがにとんがり帽子は無理かな。つばも広すぎるし、重さだってある。狭かったり広かったりする空間では視界だって塞がれてしまうから。せめてこれで勘弁してちょうだい」

「……ハンチング用のキャップ。それどう見ても真っ黒には見えませんけどね」

「だって真っ暗な空間の中で黒ずくめだったら、誰もが怪しむじゃない。頭の上くらい白くしてなかったら、どんな魔獣がいるかもしれないって思われていきなり撃たれるかもしれない。それはごめんだわ」

「なるほど」

 レイは納得したように頷いた。

 ついでに腰に巻いたちょっと大ぶりのベルトには、ラルクから奪い取った炎の魔法剣が収められている。

 これを使って闇を薙ぎ払いながら魔獣を退治する。

 伝説の勇者になった気分だ。

 わたしの胸は、幼い子供のようにわくわくしてドキドキが止まらない。

 本日の冒険の成果が期待できそうだった。



 さて。

 わくわくしたとはいうものの、実際に鉱石ランプが煌々と輝き足元を照らす地下水道。

 古い時代の魔法使い達が作り出したこの永久機関は、どれほどの時が経過しても明かりを絶やすことはない。

 だからといってその場所に住み着いている人たちや、そう!

 人が住み着いているのだ!

 俗に言う浮浪者とか浮浪者とか浮浪者とか。

 犯罪者とか行き場をなくしたさまよえる旅人とか、税金が払えなくなり家や土地を奪われて、ここに逃げ込むしか方法のなかった農民達とか。

 そんな彼らにも法律というものがあって、この地下世界でも代表がいて権力者がいてそれに従わなければ待っているのは追放か死だ。

 奪うのは地上の民から。

 でも、水の管理者には手を出すな。

 それが彼らの不文律だった。

「まあそういう理由だから私も安全に地下深くまで潜ることができるんだけど――」

「よう、管理者さん! なんだよその格好は?」

「魔法使いの真似事……」

「今ってそんなお祭りの季節だったっけ?」

 などとこの地下に通うようになり、顔役と呼ばれる男性から紹介された案内人の一言に、わたしの顔はちょっと険しくなってしまう険しく。

 いくら半年間の付き合いで親しくなったとはいえ、やっぱりこの格好は奇妙に見えるのだ。

 イデアという名前の三十代後半の彼は聞いてはいけないことを聞いてしまったという顔をして、一言「すまない」と謝罪してくれた。

「ちょっと事情があるのよ。事情が」

「事情ね。まぁここにいる奴はみんないろんな事情を抱えてるけどな」

「それはそうだけど……仮装大会のお祭りの時期はまだまだ先だわ」

「間違いない。年末に近い真冬の夜でもボルダスの町は賑やかになるからなー」

 懐かしい思い出があるのだろう。

 イデアは遠いどこかを見るような目をしてそう言った。

「年末までまだまだ時間あるから、仮装大会のことはまた考えるわ」

「それがいい。つまるとこその恰好は何か意味があるって言うことかい?」

 わたしはうーん、と短くうなって、

「女には女の秘密があるのよ」 

 と、言ってのけた。まさか侍女の要望を聞いてこんな格好をしたなんて、ちょっと恥ずかしくて言えなくて。

 女と秘密という特別な言葉で誤魔化すことにした。

 そうしたらイデアはさも面白そうにくっくっくと小刻みに笑ったのだった。

「女、女の秘密、ね。そういうことにしておこう気分転換も大事だ、婚約者と何かがあったとしても、な?」

「はあっ!?」

「いやいや何でもないよ。男の秘密さ」

「どこから耳にしたのよ! まだ誰も知らないと思っていたのにッ!」

「だってここは地下水路だぜ?」

「だから何よッ!」

 そう言うと彼はこの地下水路に外部からつながっている水の入り口を指さして言うのだった。

「あそこのさ、知ってるだろ。ワニとかグレイオルとか。そんな肉食の連中が入り口にわんさとたむろしてるのにさ」

「グレイオル? あの一メートルほどもある、水牛でも喰いつくすような悪食の鋭い歯を持った淡水魚のこと?」

「そうそうそれだよそれ。その連中のど真ん中にさ、深夜に水の圧力に押し負けて流されてくる馬鹿がいるんだから笑えるだろ?」

「……あ」

「そう、魔導師さん。あんたの婚約者だったよ、女を連れて裸のまま流されてきたんだ、ここまでね。男の方は体のどこかに魔法っていうのかい、それを使えるようなものを仕込んでいたみたいで、食べられずに済んだらしいけど。女の方も彼に守られて九死に一生を得たって言うか、俺たちに助けを求めたって言うか。本当、傑作だったぜ」

「……そのまま野垂れ死ねば、良かったのに……」

「おいおいひどい言い方だなぁ。ってこたあ、河に叩き込んだのは魔導師さんあんただったんだな」

「黙秘権を行使するわ」

「わかったそういうことにしておこう。俺たちは何も知らない、地上には関わらない。特にあんたに関してはここの客人だ。噂は流さないし名誉は守るよ」

「是非そう願いたいわ」

 陰鬱だ。

 心をドキドキワクワクさせてやってきたらとんでもない現実にぶち当たってしまった。

 ラルクの馬鹿。

 そう心の中で叫んで、秘密を守るという彼の言葉を信じながら、わたしはさらに地下に降りる入り口へと足を向けたのだった。

「それで今日はどこまで降りるんだい?」

「一番最下層まで行って最近ちらほらと噂を聞く、毒の煙を吐く魔物に会ってみたいんだけど」

「はあ? そんな恐ろしい奴のところに今から行くのか」

「もちろん。この格好はそのための装備でもあるんだから」

「装備ねえ……」

 イデアはじろじろと上から下までわたしを見返して、なるほど。

 それならありかもしれん、と勝手に納得していた。

 もしかしたら古代の偉大なる魔法使いの力を使えるのかもしれない、何て想像をしたのかもしれない。

 実際のところ魔物を退治するための装備なんてほとんど用意してはいないのだ。

 あるとすれば間抜けでバカな婚約者が押し付けていった魔法剣と、お爺様から受け継いだ数種類の魔法が埋め込まれた護符――これは、古代文明の遺跡から発掘された珍しいものだ。

 普段、わたしが使う氷の魔術や炎の魔術、防御の結界なんて比較にもならないほどの巨大な魔力がその中に埋め込まれている、秘蔵の一品。

 使い方を一つ間違えたら地下水路の一部が吹っ飛んでしまうかもしれないけれど……。

 そこはなるべく穏便に済ませるようにしたいものだと考えている。

「それって、俺たちの住んでるところまで被害が出たりしないよな?」

「え?」

「いやもしそうだったら先にみんなを避難させないといけないだろ」

「そ、そうね。多分、大丈夫だと思う」

「……信じていいのか」

 階段を降りながら滑りやすい足元に注意を払いつつ、わたしは所々に張った蜘蛛の巣を杖の先で避けながらそう答えた。

 イデアは何か怪しい。

 そんな勘ぐるような顔をしてじっとわたしのことを見つめてくる。

 信じてくれている誰かを裏切るなんてことはしたくもないし味わいたくもない。

 何よりもされたくない。

「大丈夫。本当に大丈夫だから……とても強い魔法が込められていの、この護符には。でも、それを補って有り余るほどの結界を張ることができるから。大丈夫……彼みたいに裏切ったりしない」

「彼?」

「あっ、なんでもない……」

 間抜けにも昨夜のことがまだ尾を引いていて、考えたことがそのまま口に出てしまった。

 やっぱり昨夜何かあったんだな。

 案内人はそう言うと、

「ならあんたの事を信じてるよ。最下層の魔物っていうか、多分あれはドラゴンとか結構上位の魔獣だと思うんだけど……大丈夫か?」

「嘘っ!? そんなに恐ろしい奴が、最下層に住み着いたの? どこから入ったのよ」

「さあ? なんせこの街の始まりの頃からここはあるからさ。もう六世紀近くになると思うんだが、それくらい古いともしかしたら召喚とか転移とかの、ほらあの鉱石ランプみたいにずっと使える魔法陣が生きているのかもしれない」

「そんな話聞いてないわよ」

「俺だって知らないよ。この地下水路に関してはあんたのおじいさんがずっと管理していたはずだから何か聞いてないのか」

 そう問いかけられて、祖父から注意すべきことを詳細に書かれた本の中にそんな記述があったかもしれないと思い返す。

 あの本は結構読み込んだと思うんだけど、どうにも思い出せない。

 一度地上に戻って詳しく調べるべきか。それともこのまま地下まで降りて、簡単な実態調査するべきか。

「一度降りてから考えることにするわ。いきなりその魔獣が集まり出すなんてことないでしょ?」

「俺たちの仲間も何人か降りてから戻ってきてるから余計なことをしなければ大丈夫なんじゃないかな」

「じゃあそういうことで行きましょう?」

 いざとなったらまずはこの炎の魔法剣を叩きつけてから、防御結界の中にそいつを封じ込める形で結界を発動させれば地上にも他の場所にも影響は出ないはず。

 わたしはそう当たりをつけて、イデアに案内の継続を依頼したのだった。


 

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