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第59話 突然のカミングアウト

 食事処『けもめん』が軌道に乗って、しばくしてからのこと。

 その事件は起こった。

「ねぇ~え~、ディ~ン~!」

 私と同世代であろう女ハンターは、誰の目にも明らかなほど酔っぱらっていた。

 女は上機嫌で、ディーンに絡み続けている。

「んだよ、さっきから意味もなく何度も呼びつけやがって」

「ここ! アタシのお膝座ろ? 首の所、モフモフしてあげるぅ~」

「しねぇ。仕事中だ」


 冷たく背を向けたディーンを追うように、女は椅子からふらふらと立ち上がる。

 パーティーの仲間が制止するが、女はへらへら笑ったまま首を横に振る。

「ディーンってさぁ。いい体してるよねぇ~」

(げっ!?)

「背中のラインとかさぁ~、腰の引き締まり方とかさぁ~、ちっちゃいお尻ととかさぁ~、少年らしさも残してて、最高なのよぉ~」

(うわぁ、セクハラの人だ!)

 ディーンは忌々し気に舌打ちをする。

「……キモ。失せろ、ブス」

 あぁ、お客様にその態度は、って本来なら注意をすべき立場なんだろうけど。

 あんな言われ方したら気持ち悪いよね。

 私だって舌打ちしたくなるよ。

 だけどごめん、あのお客さんのテンションも理解できちゃうんだ。

 この世界で初めて出会った、私と同じ性癖の人かもしれないから。


「ディーン」

 私は小声で名を呼び、『キレちゃだめだよ』と身振り手振りでサインを送る。

 なにせ魔獣人の身体能力は、人間とは比べ物にならない。

「うぜぇ!」なんて強く腕を振り払ったら、その勢いで首が飛ぶ可能性だってあるのだ。

 これからも住む予定の建物内で、スプラッタは嫌だ。

 そう言う問題じゃないけど。

「わぁってるよ」

 忌々し気に牙をむき出すディーンに、多少の懸念を抱きつつも胸をなでおろす。

(あ、そう言えば)

 レオポルドに抱きしめられた時のことを思い出す。

(あれって、人とは桁違いのパワーを持つ魔獣人が、苦しくない程度に手加減して、やさしく抱きしめてくれてるってことだよね。うわ、それってちょっとときめく!)

 そんな雑念に、でへぇと口元を緩めていた時だった。

「ディ~ン、えへへぇ、捕まえたぁ~」


 仲間たちが制止するのも聞かず、よっぱらいの女ハンターがディーンに抱きつく。

 不快さに牙をむき出し唸るディーンを見ても、女はゲタゲタ笑っている。

「嫌がってる、嫌がってるぅ~、かぁわいぃ~!」

(あぁ、(たち)の悪いタイプだ!)

 さっさとディーンを下がらせればよかった。後悔した私の目の前で、女はディーンの首元に手を添える。

「ねぇえ、本当のお顔見せてぇ? こんなヘンテコな仮面外してさぁ~。どんなお顔してるのかなぁ?」

 言ったかと思うと、女は躊躇なくディーンの首の毛を掴み、上へ引き上げ始めた。

(ちょっ!?)

 顔を見せて!?

 私と同じ性癖じゃなかった!

「ちょいちょいちょい! お客さん、それはアカンて!」

「おい、ノンナ、やめろ!!」

「脱げ~、あははは~、脱げ~」

 ノンナと呼ばれた女ハンターは、ディーンの首の皮をがっちりと掴み、ぐいぐいと持ち上げ続ける。

「……っ! ふざけんのも大概にしろっ!!」


 ついにキレたディーンが、ノンナを振り払った。

 手加減をしてくれたのか、首が飛ぶことはなかったが。

 しかし酔っ払い女は勢いよく、仲間たちの元へと吹っ飛んでいく。

「へぁ?」

 ぶっ飛ばされた女性客は尻に仲間たちを敷いたまま、何が起こったか分からず、ぽかんとディーンを見上げていた。

 怒りの収まらないディーンは、ずかずかと女の元へ近づいていく。

「ディーン、暴力はだめ!」

「オレはなぁ」

 ディーンがダンッと床を踏み鳴らした。

「仮面なんてつけてねぇよ! これがオレの顔だ!! 分かったか、このバカ女!!」

(あ……)

 ディーンの啖呵に、店内は水を打ったように静まり返る。

 やがて、「え……」「仮面、じゃない?」「素顔?」と、動揺がさざめきのように広がった。


(ディーン!! やっちゃった!!)

 血の気の引いた頭の中に、いろんな思いが駆け巡る。

 彼らのことはもっとじっくり時間をかけ、この地に浸透させてからカミングアウトつもりだった。

 だけど浸透するっていつになるんだろう? 何ケ月後? 何年後?

 ラプロフロス人だって、ここに馴染むまで何世代かかったのではなかったか。

 皆に何と言えばいい?

 私はどうすべきなんだろう。

 皆の敵と似た姿を持った彼らの存在を、どう説明すればいいのだろう?


 その時、セスが真珠色の鱗をきらめかせながら前に進み出た。


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