第56話 食事処『けもめん』再始動
数日後、私の傷が癒えたタイミングで食事処『けもめん』は再開した。
入口のプレートを「営業中」にして、私たちは準備を整える。
人員は揃っているということで、パティは広場へ行ってしまった。
間もなく、扉が開き客が入って来た。
「いらっしゃいませ!」
「おっ、やってる!」
ほっとしたように言い、客はテーブルへとついた。
その後も、何人か続けて入店してくる。
私はこれまでに倣い、お好み焼きの準備を始めた。
けれど彼らが口にしたのは、意外なオーダーだった。
「アリス、この塩牛丼頼むわ」
「こっちは天ぷらだ」
「鶏肉のけもめん風、二つ!」
「えっ?」
私は思わず聞き返す。
「お好み焼きじゃなくていいんですか?」
その言葉に、客たちは苦笑いしながら頭を掻く。
「いやー、ここしばらくこの店閉まってただろ?」
「はぁ」
「てっきり、俺らが安いオコノミヤキばっか注文し続けたから、経営が立ち行かなくなったのかと思ってよ」
「そうそう。で、もし店が再開したら、中でちゃんと食事しようぜってことになって」
「この味を失うのは惜しいからな」
(そんな風に思ってくれてたのか)
胸の奥がじわっと温かくなる。
「ありがとうございます、ディーン、セス、注文取ってきて」
「へーい」
「えぇ、お任せを」
二人がテーブルに向かうと、一人の客が「おっ」という顔をする。
「新人さんかい? あっちが犬型魔獣で、あんたが蜥蜴型魔獣の兄ちゃんか」
「えぇ、そうです」
「ん? なんか色っぺぇな。もしかして姉ちゃんか?」
「ふふ、さぁ、どちらでしょう?」
セスの謎めいた微笑みに客たちは好意的な笑いを返す。
「そうそう、蜥蜴型魔獣と言えば、聞いたか?」
「あぁ、どっかのチンピラ興行主が、見世物にしてた蜥蜴型魔獣を逃がしちまったんだってな」
聞こえてきた話にギクリとなり、指を切りそうになる。
一方テーブルの側で会話を聞いているセスは、涼しい表情だ。
「蜥蜴型魔獣逃がしたのはまずいだろ。で、被害は?」
「それが不思議なことに、テントが燃えたきりで人的被害は出てないんだと。あ、興行主は怪我したか」
「住民を危険に晒したって理由で捕まったと聞いたぞ。で、肝心の蜥蜴型魔獣は、今どこに?」
「知らん、山にでも逃げ込んだかねぇ。なぁ、蜥蜴型魔獣の兄ちゃん」
「なんでしょう?」
「ひょっとして、アンタが逃げた蜥蜴型魔獣だったりしねぇかい?」
ヒュッと息を飲む私とは裏腹に、セスは嫣然と笑って見せる。
「そうかもしれませんね」
その言葉に客たちはどっと沸く。
「おいおい、蜥蜴型魔獣がこんな細っこい兄ちゃんなら、スィーウェ級の俺らでも討伐可能だろうが!」
(ぅおーい! あなた方、魔獣人のパワー知らないから笑ってますけど! その細くて艶めかしいお兄さん怒らせたら、多分皆さんまとめてひとたまりもないですよー)
セスは彼らの軽口を気にすることなく、優雅に注文を受け取るとオーダーシートを私の前に差し出した。
(セスが温和で良かったね。ディーンなら、大暴れしちゃうところだよ)
ちなみに、先程客が口にしていたスィーウェ級というのは、ハンターレベルでいう下から二番目の級だ。
今、私たちもそこに含まれてるらしい。
耳慣れない言葉なので、他の級の名前は全然憶えられてないけど。
「うわ、席いっぱいだ!」
新しく入って来た客の前に、レオポルドが進み出る。
「満席だ。少し待ってもらうことになるが」
「あ、いや、オコノミヤキ欲しいんだ。いいかな?」
「構わない。何人前だ」
「5人前」
私の隣では、コリンが調理補助をしている。
「コリン、それ終わったら、キャベツ刻んでくれる?」
「任せてなの!」
食事処『けもめん』は、何とか軌道に乗ってくれたようだ。




