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第3話 オレンジ頭とデカ鼠

(う……)

 涼やかな水の音と、顔に当たる微細な雫で目を覚ます。

(ここは……)

 目に映ったのは、深緑の世界に浮かび上がる青白い水流。

(滝?)

 苔むした岩場で身を起こすと、これまでの記憶が蘇ってきた。

(私……、呉天谷(ごてんだに)キャンプ場で吊り橋から落とされて……)

 渓流に叩き付けられたはずだ。子どもの膝ほどの深さしかない、岩だらけの場所に。

(痛いところや怪我は、特にないな)

 私は滝にもう一度目をやる。

(川の中を流されて、あの滝からここに落ちた? それにしては……)

 服は殆ど濡れていない。横たわっていたのが岩場というのも謎だ。

「あっ、スマホ!」

 私は腰に手をやる。財布やスマホを入れたウェストポーチは、そこになかった。

「『けもめん』のデータぁ!!」

 真っ先に頭に浮かんだのはそれだったが、時間差で常識的な問題に思い至る。

(嘘でしょう? 財布にはクレカも入ってたのに! それにスマホなしでこんなところに落ちてしまって、どうやって助けを求めればいいの?)

 BBQのメンバーが救助要請を出してくれるだろうか。

(……難しいかも)

 そもそも私は、彼女らとそれほど仲が良くない。ここへ呼ばれたのは、男性幹事の神室(かむろ)さんが私を呼ぶよう言ったからだ。女性幹事の岡名(おかな)さんはそれを面白く思っていない。そして私を落としたのが神室さんとなれば……。

(岡名さんは神室さんを庇おうとするかも。手を洗いに行った私を二人で探したけど、見つからなかったことにしようとか何とか言って)

 ゾッと背筋が冷える。

(そして岡名さんは秘密の共有を盾に、自分と付き合うよう神室さんに迫る可能性も……)

 つまり、救助は期待できないということだ。

 私はあらためて辺りを見回す。

 黒いほどに深い緑色の森の中。轟く滝は相当な高さを誇っており、壁面をよじ登るのは無理そうだ。

 私はポケットに手を入れる。

(あ……)

 マンションの鍵につけておいた、推しのラバーストラップが指先に触れた。

「レオポルドぉお!」

 私は取り出し、愛しい黒豹獣人のキャラを見つめる。艶やかな漆黒の体に鋭い翠の瞳。スッと背筋の伸びた立ち姿。彼の精悍な顔立ちを見ているうち、胸の奥に熱がよみがえった。

(ここにいても仕方ない。えぇと、こんな時って川沿いに歩いて行けばいいんだっけ?)

 そんなことを思いつつ、いずこへか進もうと立ち上がった時だった。

「……か……て……!」


 耳に届いたのは、微かな人の声らしきもの。

「え?」

 私は辺りを見回す。葉が風になぶられるような音が徐々に近づく。

 やがてそこに足音が加わり地響きまでもが伝わってきた。

「助けて! 誰か!」

 それが女性の声と認識できたのと同時に、草むらからオレンジ色の髪をした人物が飛び出す。

「うわ!」

「あ、アンタ!」

(関西なまり? いや、荷物でっか……!)

 だがそれ以上彼女を観察してはいられなかった。時を置かず、灰色の追跡者たちが飛び出してきたからだ。しかも、群れなして。

「何、これ!?」

 大型のネズミのような生き物が牙をむいて威嚇している。

「ヌートリア!?」

 ただし、黒い目が三つある。

「何言うてんねん! こんなんユズオムて見たらわかるやろ!」

「ゆず?」

(あと)や、後!」

 言いながら彼女は荷物から棍棒を引っ張り出す。

「ここやったら樹の枝に引っ掛かることもないやろ!」

 すかさず飛び掛かってきた一匹の頭部を勢いよく殴りつける。

 刹那、殴られた個体は塵となって消え失せた。

「な!? 消え……!」

「アンタもその辺の棒で何とかしぃ! 名前は?」

「え? 不破(ふわ)……、有寿(ありす)

「よっしゃ、アリスな。ウチはパティ。背中は任せたで!」

「わ、わかった!」

 私は目についたそれなりの太さの枝を拾い上げる。そして飛び掛かってきた一匹の胴を薙ぎ払った。

 だが、私が払い落した個体は全くダメージを受けた様子がなく、ぴんぴんしている。

「なんで? 消えるはずじゃ……」

 すぐさまその生き物は反撃してきた。鋭利な爪が腕をかすめ、血がじわりと滲む。

「痛っ!」

「アホ! 額の石砕かんでどうすんねん!」

(額の石?)

 言われて気付く。額の中央にある三つめの目に見えたものがそれのようだ。

「えやっ!」

 言われた通り、枝を巨大ネズミの額に振り下ろす。何かが砕けた気配と同時に、ネズミは塵となって消えた。

 私たち背中合わせになり、次々と襲い来る巨大ネズミを叩き落とし、チャンスがあれば額の石を割る。

「これ、いつまで続ければいいの!?」

「知らん! こいつらがウチらに飽きたらや!」

「飽きるっていつ!?」

「こいつらに聞け!」

 互いに息を荒げ怒鳴りあいながら、私は思った。

(ここ、絶対に私の知ってる世界じゃない!)

 額に石のある巨大ネズミ、しかもそれを砕けば塵になって消える?

 私のこれまでの常識ではとても考えられない。

(じゃあ、まさかのアレ!? 異世界なんちゃら?)


 その時だった。巨大ネズミたちが耳をピクリと動かし、動きを止めた。

(え?)

 ネズミたちは辺りを落ち着かなく見回しながら、鼻をヒクヒク動かしている。そのうち、じりじりと後退し始めた。何かに怯えるように。

「ひ!?」

 パティの息を飲む声が背後から聞こえた。

「何?」

「嘘やん。無理やん、こんなん……」

「だから、何?」

「アホ! 大声出しなや……!」

 ウルルルル……

 頭上から降ってきたのは獣の唸り声。

 見上げた先に、巨大ネズミとは段違いの大きさの黒い獣がいた。


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