第19話 裏通りの換金所
パティはフーッと、息を吐く。
「まぁ、えぇ。ウチらは今、もっと重要な問題に直面しとる」
「もっと重要な問題?」
「せや」
パティはキッと目を上げる。
「今日の儲けは12000カヘ! にもかかわらず、食い扶持が一人増えた! どういうことか分かるな?」
「……えっと、出費が増える?」
「それや! 借金膨らむ一方やで? どないする気や!」
いや、待って? 私ら今、結構重要な話してたよ?
魔石にキスをすることで、魔獣を魔獣人に変えられるかも、って話してたよ?
これ、かなりすごい話じゃないの?
(まぁ、パティにとっては目の前の出納の方が問題なんだろうな)
私は、イツガル草原で回収してきた、兎型魔獣の石を差し出す。
「これ拾ってきたから、換金すればいくらかのお金になるよね」
「おぉ、やるやん! 出たんは兎型魔獣やったっけ? それなら鼠型魔獣やら猫型魔獣より、ええ金になる!」
そう言いながら袋の口を広げたパティの手が止まった。
「……なんやこれ」
パティが石の一つを摘まみ上げる。彼女の指先には傷一つない完全に丸い形の赤い魔石が輝いていた。
「あ、それね。コリンの足元に大量に落ちてたの」
「割れてへんし、欠けもない……。どうやってこんなん手に入れたん?」
「どうやって……」
私は、コリンがこの姿を得た時、他の兎型魔獣が光と化し、彼の中へ吸収されたことを話した。
「で、その後、コリンの足元を見たら、これがいっぱい落ちてたの」
「……」
「パティ?」
「……ありえへん」
「何が?」
「魔獣は石を砕かなノーダメージやねんで?」
それはよく知ってる。彼女と出会ったあの日、鼠型魔獣の胴を薙ぎ払っても、攻撃の効いている様子は全くなかった。
「石を砕かんと、魔獣は消えへん。魔獣が消えな、魔石は回収でけへん。やのに、ここに砕かれてない完璧な形の魔石が存在しとる」
「珍しいこと?」
「不可能や、本来なら……」
パティは眉間にしわを寄せ、考え込む。
「えーっと。兎型魔獣が光になってコリンに吸収されたから、核が完全な形のまま抜け落ちたってこと?」
「そうなるん、かな……」
パティはそのまましばらく何やらぶつぶつ言っていたが、やがて纏いつく何かを振り払うように頭を横に振った。
「考えても分からん話は後や! 換金所が開いてるうちに、この魔石を金に換えるで!」
パティに連れられ足を運んだ換金所は、いつもとは違う場所にあった。
表通りに面していない、細い道をくぐり抜けた先にある、薄暗いエリア。
全力で『裏』という空気を醸し出していた。
「ねぇ。どうしていつもと違う店なの?」
「……こっちのほうがえぇと思たからや」
レオポルドとコリンを表で待たせ埃っぽい店内に入ると、不機嫌そうな顔つきの髭面男が座っていた。
「……」
片目には大きな傷跡があり、塞がっている。もう片方の目が、眼球二つ分の光を宿しているように見えた。
「てめぇか。何を持ってきた」
地鳴りのように低い声が、不愛想に問いかけてくる。
「これや」
パティは袋から傷一つない赤い石を取り出し、男の前に置いた。
「いくらで買ぉてくれる?」
「……」
男の片目が大きく見開かれる。取り上げると灯りで透かし、神妙な手つきで幾度も角度を変えルーペ越しにそれを眺めた。
「間違いなく兎型魔獣の石だな。どうやってこれを手に入れた」
「商売上の秘密や」
パティが不敵に笑う。
「ウチが聞きたいんは、それをいくらで買い取ってくれるか、それだけや。気に入らんのやったらえぇで。他の店に持ってくまでやからな」
「……何言ってやがる。表にこんなもの持って行った日にゃ、あっという間に大騒ぎだ」
「で、どないするん?」
「……1つ2万だな」
「悪ぅない」
1つで2万!?
鼠型魔獣の石の破片なんて、てのひらいっぱいかき集めて2000だったのに!?
「それで、いくつ売りたい?」
「なんぼ出せる?」
「そうだな、50までならこの場で買い取れる」
えっ? えっ? 1つ2万で50個まで即金? それって100万カヘ!?
パティは魔石を一つ一つ丁寧にテーブルに並べる。
「17個ある」
「……」
こわもての中年男が、紙幣を重ねてテーブルに置く。
パティは手を伸ばすと、金額を確認した。
「34万カヘ、確かに受け取ったで」
「……また、持って来い」




