最強令嬢に決断を迫りました
「この本には高度な魔法がかけられてるわね。……ねえ、あまり深く聞かなかったけれど、この世界はわたくしのいる世界とは違うのよね?」
それなんてファンタジーいやこの状況は充分ファンタジーと、ポカンと間抜けに口を開けていた私にリリー様は淡々と問いかけた。
「あ、はい。そうだと思います。魔法とかの概念はあっても存在はファンタジー…ええと、あくまで空想上のものなので。魔物みたいな生き物もいないですし」
「そうなの?異質なものの存在を感じないわけではないけど。でも確かに向こうにいるような魔物はいないみたいね」
リリー様はファンタジー脳で鍛えられたわけでもないのに受け入れがやたらと早い。
頭がいい人間はそういうものなのだろうか。凡人には分からぬ。ていうか異質なものの存在感じてるんだ。いるんだ。
「わたくしの世界にも別世界からの落ち人はいたし召喚魔法もあったから、この世界に落人がきていても不思議ではないわ。とにかくこの本はこちらの世界のものよ。特殊な魔法がかけられているせいで媒体としての役割を果たしてしまっているのね」
「媒体?」
「ええ。こちらとあちらを繋ぐもの。どうしてわたくしが本の主人公になったのかは分からないけど、貴女がわたくしに同調したことで縁が繋がってしまったのよ。……いえ、もしかするとわたくしと貴女に元々何かしらの縁があったのかもしれないわ。だってほんの少しの時間でわたくしは貴女をすごく気に入ったんだもの」
「私とリリー様にご縁が!?美味しすぎる……というかリリー様が私を気に入ってるだなんて幸せすぎる… え…前世で善行を積みすぎたか…?それともこれで運を使い果たしたか……」
私は興奮で頭を抱えた。
だってリリー様やぞ。最強令嬢で麗しのリリー様が私を!この爺やを!すごく気に入ったと!そう言ったのだ!!!!
この先宝くじが当たらなくても構わない。これからも自力で稼いで見せます。
ブツブツと呟く私をリリー様は呆れた目で見つめた。
「魔法の存在が空想上なのだから、わたくしの存在をどうするか普通はもっと悩むのではなくて?でも貴女のそういう頭の悪そうなところも気に入ってるわ」
リリー様の特性の一つとして辛辣さが挙げられるが、美少女なのでこれはご褒美にカテゴライズされるだろう。
「この世界ではそういうお話が書かれた書物が溢れてるので耐性があるんですよ。あとリリー様は可愛いくて最強なのでなんとかなると思います。だって可愛いから」
「貴女のような変な生き物は初めてだけれど、不思議と嗜める気になれないのよね。とにかく、タイトルが変わったのはわたくしがこちらに来たことが原因ね。恐らく今はわたくしが向こうの世界を繋ぐ媒体に変化したのよ。だから今はわたくしがいない向こうの世界の話が続いていたわ」
「えっマジですか。どうなってるんですか」
「わたくしが牢屋から消えたのに気付いた家畜の皆さんが血眼になってわたくしを探している最中ね。探したところで見つかるわけもないのに」
うふふ、とリリー様が意地の悪い笑みを浮かべた。
すごい。美人だから悪役令嬢っぽさがすごい。踏まれたい系下僕が爆誕してしまいそう。
そう、今ここに、ね。
「“あの罪人を見つけたものには報償金を出す”そうよ。でもわたくしを見つける前に魔物たちがわたくしの不在に気付きそうねえ」
「うわ〜、それ気付かれたら王都壊滅しちゃわないですか?いつまで持つんだろう」
「さあ。ある程度のレベルの魔物を狩れる人材はいるけれど、わたくしが遊んでいたもの達のレベルだと1週間も持たないかもしれないわねえ。でもこの間思いきりやってしまったから、ひと月くらいは持つんじゃないかしら?」
呑気な口調でリリー様は他人事のように首を傾げた。
「なるほど。ちなみにもしかしてリリー様は帰ろうと思えば帰れちゃったりするんですか?」
本一冊見ただけでなんでも分かるお人だし、何しろチートだ。可能性は大いにある。
問われたリリー様は艶やかな笑みを浮かべた。
「否定はしないわ」
「やはり!!」
私のリリー様はどこまでも万能であった。知ってた。尊い。
「え、じゃあしばらくうちに滞在してゆっくりしませんか?美味しいご飯をたくさん食べて、楽しいこといっぱいしましょうよ!」
私は思わず身を乗り出した。
ある日唐突に金髪の超絶美少女が日本の住宅街に現れたとて、ホームステイでやって来た知り合いの美少女ですとでも言っておけばなんとでもなるだろう。
いざとなったらリリー様には空高く飛んで光の粒となってもらい、実は天使でした奇跡って凄いですねとでも言えば誤魔化せるはずだ。何しろ天使みたいに綺麗だから。いけるよね?いけるいける。
「まだまだ食べて欲しい美味しいものはありますし、この世界にしかない遊びもたくさんありますよ!」
「まあ!」
リリー様は私の提案に一瞬瞳を輝かせたが、「でも…」と眉を顰めた。
「流石に会ったばかりのあなたに負担をかけすぎではなくて?ここにいるわたくしは何も持っていないのに」
「リリー様…」
リリー様は高位のお貴族様ではあるが、幼い頃から自分で自分の事をしてきた方だ。お金が湧いて出てくるものではない事をよく分かっているからこそ、躊躇いが先に出てきたのだろう。
爺やは誇らしいと同時に苦い気持ちになりますぞ。
「リリー様。リリー様はまだ子供で、大人の私が守るべきなんです。……とかなんとか綺麗事を言っても別にいいのですが、正直に申し上げますと私の心はすっかり爺やになってしまったのです」
いや、思ってはいるよ。子供を守らない大人は爆散しろとかぜんぜん思ってはいる。
でも私は別に清廉潔白な性格でもなんでもないし、自分の欲望に忠実な身勝手な人間だ。だから偉そうな事を言ってもなんだかなってなる。
「私が私のために、リリー様に最高の休暇を過ごして頂きたいんです!美味しいものを食べてる時のリリー様を写真に収めたい!遊園地ではしゃぐリリー様を動画に収めたい!!これは純然たる私欲です!」
私は拳を握りながらリリー様に詰め寄った。
「私はリリー様をお世話して記録したい、リリー様はゆっくり休暇を楽しめる、こんなに双方に利益があるのに何を躊躇うのですか!!!」
私は必死だった。リリー様に可愛い洋服を着てもらいたい。美味しいケーキ屋さんのケーキをホールで食べさせたい。
あらゆるリリー様を堪能できる可能性があるなら、押せ押せドンドンである。
「さあ!リリー様!!ご決断を!!!!」
私が両手を開いて答えを迫ると圧倒されて口をつぐんでいたリリー様の頬がほんのりと赤く染まった。
「ミヤコは、ほんとうにバカね」
リリー様が浮かべた不器用な笑みに私は息を止めた。
大人びたリリー様が初めて見せた年相応の表情に、ジリジリと胸を焼かれてしまいそうだ。
「そこまで言うなら、わたくしを満足させてみなさい」
空と氷と海の煌めきを詰め込んだみたいな、透き通る美しい青い瞳が勝気に揺れる。
「もちろんですとも!この爺やにお任せください!」
「だからその爺やってなんなのよ。本当におバカね」
やっぱり呆れたような目を向けられて、私の心はキュンとときめいたのだった。




