最強令嬢と朝ごはんを食べました
本日は晴天なり。
おはようございます、桜野都です。
「牢屋に戻ってなくて良かったわ。お陰ですごくよく眠れたもの」
朝日が射し込む日本家屋で、眩いばかりの金髪碧眼の美少女が紅茶を飲んでいた。なんというか視覚的な違和感が凄い。
でも良かった。私のお嬢様いなくなってなかった。私も異世界に行ってなかった。
「行ったら行ったでリリー様の華麗なる逆襲にご協力したんですけどね〜。でもよく眠れたなら良かったです」
昨日から突然に爺や属性が芽生えた私は、朝もはよからリリー様のためにご飯を作っていた。とは言ってもはりきりすぎは良くないので、サラダに目玉焼きにウインナー、カリカリのトーストにお好きなジャムを塗ってくださいと言った感じだ。スープは信頼できる老舗メーカーのコーンスープ。君は美味しいから自信を持ってリリー様に飛び込むとよい。
目の前で当然のように給仕する私をリリー様はごく自然に受け入れながら、まずはスープを一口飲んで「美味しい」と呟いた。
その後は昨日同様、リリー様は黙々と食事を開始された。多めに焼いたトーストとウインナーは瞬く間に消えていく。しかしけして品は落とさないのがリリー様だ。さすが私のお嬢様である。
ちなみにリリー様はフォークとナイフで器用に食べているが、私は手掴みだ。リリー様は自分には厳しいが他はどうでもいいと思ってる節があるので特に気にならないのだろう。
それにしても美味しそうに食べるなあとほんわかしながら私はトーストをザクッとかじった。このパン屋さんの食パンはバターが効いていて何もつけなくても美味しいのだ。リリー様ほどの大食漢ではないが私も食い道楽である。可愛いは正義、美味しいも正義だ。
「ふう、美味しかったわ。昨日から本当にありがとう」
「いいえ。もし苦手な食べ物とか味付けがあったら言ってくださいね。嫌いなものを無理に食べる必要はないですし」
「分かったわ。ありがとう。ところでさっきの話なんだけど…」
「さっき?」
「もし戻ってたらわたくしの華麗なる逆襲に協力するとかなんとか」
言われて「ああ」と思い出した。言ったなそういえば。
「リリー様に背いた者たちを片っ端から一掃していく話ですね」
「わたくし別に、逆襲なんてしないわよ。国外逃亡はするけれど」
「え!?そうなんですか!?」
驚く私にリリー様は「当然でしょう」とため息をついた。
「鳴くだけの家畜に何を言ったとして、したとして、理解できるとは思えないの。今まで家畜だからと大目に見て面倒見てきてあげたけれどもううんざり。ねえ、ミヤコ。貴女何故だかわたくしにとっても詳しいけれど、あの家畜たち、わたくしがいなくなってやっていけると思う?」
「ああ…」
リリー様の奮闘記を読んだばかりの私はその言葉に納得した。
あの世界には魔物が存在しており、割と定期的にタチの悪いのが国に向かって侵攻してきていた。古来からある結界が近年の信仰不足により緩んだとかなんかそんな事をリリー様が言っていた気がする。
しかし国はその辺りを正確に把握できていない。なぜなら魔物が国に到達する前にリリー様がストレス発散で壊滅させていたからだ。
リリー様は聡く我慢強いお方であるが、最悪の環境下でストレスはかなり溜まっていた。だから憂さ晴らしを兼ねて強い魔物たちを倒しに行っていたのだ。殺した魔物を跡形もなく消し炭にしていたのは記憶に新しい。そんな激しくて容赦ないところも好きだ。
魔物達がやってくると分かった時のリリー様はいつも輝いていた。「家畜とはいえバカの相手は疲れるの。お陰でストレスが溜まって溜まって……ねえ、わたくしと遊んでくださいな」と満面の笑みで魔物たちを蹂躙している姿は公爵令嬢というよりも完全に魔王だった。
レベルが高い魔物ほど知能も高い。そんな彼らが涙目で屠られていく姿に弱肉強食の理を見た気がした。だがそのせいでレベルの高い魔物の侵攻の回数は減ってしまい、リリー様は不服そうだった。
「しばらくは魔物対策であっぷあっぷですねきっと」
なにせ魔王レベルの令嬢がいなくなったのだ。上位の魔物達はすぐに気付くだろう。これ幸いと攻めてくるかもしれない。
「そうなのよ。わたくしのストレス発散も、ストレス要因が無ければ必要ありませんし。本当はね、牢屋に入れられてすぐに逃亡はできたのよ。あんな壁なんて指一本で破壊できるもの。でも家畜の皆様がどうやってわたくしを裁判にかけるのか興味があったの。逃げるのはその後でもいいと思って保留にしたのよ」
「それなのに私の家に来てしまったと」
「ええ。でもね、なんでしょう。わたくし、貴女とこうしてお話しして、美味しいご飯を食べて、安心して眠れて、なんだかバカバカしくなってしまったの。公爵家に生まれたのだからその責任は負わなければと思って生きてきたたけど、ちょっと疲れてしまったわ」
「は〜なるほど」
そうなんだよな〜。リリー様、割とぶっ飛んでるんだけどすごく自然にノブレス・オブリージュの精神なんだよなあ。ぶっ飛んでるけど。
「リリー様、実際頑張りすぎでしたしね」
「そうなのかしら。…ねえところで、貴女どうしてわたくしにそんなに詳しいの?」
今更ではあるが尤もな質問に私はピシリと固まった。本を読んでたら現実になりましたなんて、ネバーでエンディングなストーリーにもほどがある。
しかし今起きてる現実から目を逸らすのはよくない。脳みそが人並みの私よりも、リリー様の尊くて性能抜群の脳みその方が正しい結論に導けるだろう。そう考えた私は素直に話すことにした。
「私の趣味の一つに古本を買うっていうのがありまして。昨日怪しげなおばあさんから本を買ったんですけど、その本にリリー様の成長される様子が書かれてたんです。で、なんやかんやでリリー様が投獄されるとこまで読んでたら無性に腹が立っちゃって、煎餅を食べるためにちょっと席を外して戻ってきたらリリー様がいたわけです」
こうして言葉にしてみるといよいよ意味が分からないなと思いつつ打ち明けると、リリー様は「ふうん?」と思案するように唇に指を当てた。
なんて麗しい。リリー様は考える姿も一枚の絵画のように絵になるのか。写真を撮りたい。
いや、写真を撮るなら私の部屋着を着せている場合ではない。一番リリー様に違和感が無いものをとは思ったが、リリー様にふさわしい服だとは微塵も思えない。年齢もこれはなんとしてもリリー様のリリー様によるリリー様のための服を買いに行かなければ。なんとしてもだ。
「その本、見せて頂けるかしら」
「へえっ!? へい! ここに!」
しょうもないことを考えていたせいで変な返事をしつつ、昨日のゴタゴタで本の山の中に放り込んでいた「最強令嬢リリー・ルーチェのうんざりする日々」を手に取った。
「あれっ」
私は思わず声を上げた。本のタイトルが「最強令嬢リリー・ルーチェがいない王国」に変わっていたからだ。
「タイトルが変わってる…?」
「ミヤコ、貸して」
「あ、はい」
言われるがままにリリー様に本を渡すと、リリー様はパラパラと本を読み進めた。リリー様は速読もできるのだ。
すごくないですが、私のお嬢様。爺やは鼻が高いです。
しばらく待っているとリリー様はパタンと本を閉じてこちらを見やった。
「タイトルが変わったの?」
「あ、はい。昨日買った時は『リリー・ルーチェのうんざりする日々』でした」
「そう…」
リリー様は再び唇に指を当ててから本の表紙をさらりと撫でた。
「これは、こちらのものね」
「え」
「この本はわたくしのいた世界で作られた本だわ」