後編 異世界転生者 キシ・カイセイ
カイセイ視点ですが、最後に少しだけホニー視点になります。
俺の名前は岸快晴。日本から来た転生者で年齢は一応36歳だ。ここは国境の山脈にある林の中。俺は今、パーティメンバーの、ミミーとアイシュー、それから無理矢理ついてきたホニーと一緒に、クローニン侯爵の目の前に立っている。
俺は侯爵に話があってここまで来たのだが、その内容については…… ここでは、端折ることにしよう。
まあそれはさておき、ホニーのヤツがなぜだかやたらと張り切っている。嫌な予感がするのだが…… あまり変なことをしないよう、祈るばかりだ。
おっ、早速クローニン侯爵が口を開くようだ。
「お初にお目にかかります、猊下。私はナカノ国クローニン領の領主、ジンセイ=ズット・クローニンと申します。先ずは我らが猊下に対し奉り、畏れ多くも弓を引くような愚か者ではないということ、どうかご理解いただきたく存じます」
あれ? なんでこんな低姿勢なんだ? 恐る恐る、俺は侯爵に尋ねる。
「いや、なんと言うか、とてもご丁寧なご挨拶…… 痛み入ります? でいいのかな? ちょっとやめて下さいよ! 誰かと人違いしてませんか?」
「いえ。そこに直ります我が配下の者より、猊下のお話はうかがっております。今、猊下は大空より、我々の元へ舞い降りて来られました。余人と間違えるなどあり得ません!」
「それは、俺がちょっと強めの風魔法を使えるだけのことですから。俺のことは『カイセイさん』とでも呼んでいただければ十分なのですが?」
「それでは釣り合いが…… もし私が猊下のことを『カイセイさん』とお呼びするのであれば、私のことは『この薄汚ねえブタ野郎』とでも呼んでいただかないと、釣り合いがとれません」
「アンタ実はドMだったりするのかよ…… あっ、いえ、なんでもありません。でもなあ……」
「あー、もう! アンタ達見てるとイライラするわ! 」
わかりやすいほどイラついた様子でホニーが叫ぶ。
「何よコレ、宴席で上座を譲り合ってる副部長と部長代理みたいだわ。どっちが偉いのかよくわかんないのヨ! みんな好きなところに座ればいいし、みんな呼びたいように呼べばいいのヨ!」
「オマエの例え話の方がよくわかんないよ…… それから、この世界にも上座とかあるのか? ひょっとして、それ日本の話をしてるのかよ? じゃあ、答えてやるよ。俺も副部長か部長代理か、どっちが偉いのか知らねえよ!」
「もう、カイセイさん、何言ってるの? 話の内容が全然見えてこないんだけど」
アイシューがあきれ顔でつぶやく。いや、なんとなくホニーの物言いにイラッとしただけだ。気にしないで欲しい。
そんなどうでもいい話をしていたとき、侯爵のお供の男性が、おもむろに懐から笛を取り出した。日本にあるホイッスルみたいなやつだ。それを目ざとく見つけたホニーが、一目散にその男性目掛けて駆け寄った。
「チョット! アンタその笛どうするつもり?!」
おっ、やるじゃないかホニー。ひょっとしたら、その笛が魔道具だったりして。いきなり魔法で攻撃されるかも知れないからな。
「い、いえ、我々は少人数で本陣から離れて来ましたので…… この笛を使って、侯爵様の無事を本陣に知らせようと思いまして…… も、もちろん、猊下のお許しなく使用するつもりはありませんでした! 一度手に持って確認しようとしただけです! ど、どうかお許しを!」
「いえいえ、そんなにかしこまらないで下さい! 信用してますから、って、おい、ホニー! オマエ、何やってんだ?!」
何を思ったか、ホニーのヤツがお付きの人から笛をフンダくり、吹き口をゴシゴシと自分の服で拭いている。何やってんだコイツ?
——ピイーーーー!!!
信じられねえ…… ホニーのヤツ、自分で吹きやがった。ん、待てよ? ホニー、ひょっとしてオマエ…… その笛が本当に危険なものかどうか確かめようとして、自分で吹いて確認してくれたのか? オマエってヤツは、そんな危険を冒してまで…… って、あれ、違うのか? ホニーが俺の前までやって来て、ぐいっと笛を俺に押し付けた。
「お、おいホニー。いったいこれは何のマネだ?」
ホニーはニヤリと笑い、口を開く。
「アタシ、知ってるんだからね。日本人の男子はみんな、女の子が使った笛をコッソリ舐めるんでしょ? しょうがないわねえ、まったく。今日は特別にアタシが吹いた笛をあげるわ。特別なんだからね。ああ、それからみんなの前で舐めるのはやめてよね。流石にそれは恥ずかしいって言うか——」
「テェッメェーーーー!!! 全日本男児に謝れよ!!! お、おいっ、ミミー、アイシュー、そんな目で俺を見るなよ! ちょっと、侯爵も侯爵家の皆さんも!」
「もう、そんなに照れなくてもいいじゃない。日本の伝統文化なんでしょ? アタシにはよく理解できないけど」
「勝手に日本の伝統文化をピンク色に改竄するんじゃネエよ!!! 俺にはオマエの頭の中の方が理解できないよ! それに、残念だったな、ホニー。俺たちが舐めるのは縦笛だよ。そんなちっこい笛じゃネエんだよ!!!」
「…………やっぱり舐めるのね」
「あっ、違うんだアイシュー! 俺は舐めたことないけど、今言ってるのは、一般的に舐めるヤツの話で…… って何言ってんだ、俺?」
「やっぱり舐めるのヨネェ〜」
「おい、ホニー…… テメー、微妙に言い方を変て、アイシューの真似すんなよ。思わず『うん』って言いそうになったじゃねえか」
この後、俺の懸命な釈明の甲斐あって、なんとか俺の無実は証明された…… と思う。いや、そうであって欲しい。
「ハァ…… なんだか疲れたよ。あっ、そう言えばずっと立ちっぱなしでしたね。すみません、気が利かなくて」
俺はそう言うと、いつものように無詠唱で風魔法を使い、周辺の木を切り倒して切り株を作った。腰を掛けてもらおうと思ったのだが…… あれっ、マズかったのか?
俺は最大の敬意を払い、侯爵サマのためにイスを用意したつもりだったんだが…… 侯爵サマ御一行の顔色がみるみる青く染まってしまった…… ん? なんだこの反応? 俺が使ったのは単なる初級魔法だぞ? ひょっとして、勝手に木を切っちゃダメだったのか? この辺りは神が住む聖域だったりするのか?
「あっ、スイマセン、なんか勝手に切っちゃって。あの、切り倒した木はちゃんと加工してお返ししますんで! あっ、木彫りの人形なんかにしてもいいかな、なんて。あの………… 他の場所ではこんなことしてませんからね!? 本当ですよ!!! 俺、どっちかっていうと環境問題に興味あるタイプなんですから! シーオーツーめっちゃ減らしたいですもんね!?」
「オニーサン、何言ってるのか全くわからないゾ?」
ミミーがつぶやく。
「……ああ、まったくだ。俺も後半は何言ってるのかわからなくなってきたよ」
「カイセイさん、ひょっとして木を勝手に切ったことを謝ってるつもりなの?」
アイシューが尋ねる。
「そりゃそうだろう! ナカノ国の皆さんの表情が一変したじゃないか」
「ハア? チョット、アンタ何言ってんの? あちらサンの顔色が変わったのは、アンタの魔法を見たからでしょ?」
ん? 何言ってんだ、ホニー?
「オマエこそ何おかしなこと言ってんだよ? 俺が使ったのは初級風魔法だぞ? 侯爵のお付きの人の中にも魔導士さんがいるみたいだから、それぐらいの魔法で驚くワケ——
「『無詠唱』 だからだゾ!」
「『無詠唱』 だからでしょ!」
「無修正は お宝でしょ!!!」
「ホニー!!! オマエどんだけ日本文化に詳しいんだよ! 言っとくけど、俺は持ってネエからな!!! 」
本当に持ってないからな?
「それに、微妙に言い方変えんなって、さっき言っただろ! しかも上手いことオチつけてんじゃネエよ、っておいホニー、なんでオマエちょっと嬉しそうなんだよ?」
「ムムっ? オレっち『むしゅうせい』って、なんのことかわからないゾ?」
「ああ、それはね、ミミー。日本のエッチな——」
「おい、やめろよホニー!!! ミミーに教えんじゃネエよ! 教育上、良くないだろうが!」
「…………教育上良くないことなのね」
「おい、アイシュー…… もうカンベンしてくれよ……」
「教育上良くないことなのヨネェ〜」
「ホニー! テメー、ホントいい加減にしろよな!!!」
ハァ、そうか。侯爵達は俺が無修正、いや違った、無詠唱で魔法を使ったから驚いてたのか…… なんだか、今となっては、もうどうでもいい気がするよ……
俺はその後、アイシューから向けられる冷たい視線になんとか耐えながらクローニン侯爵との話し合いを続け、無事当初の目的を果たすことが出来たのだった。
♢♢♢♢♢♢
さて、侯爵との一件が片付いてから数日後、俺はアイシューから、ありがたくない『称号』をいただくことになった。
朝、目が覚めてアイシューと挨拶を交わす。
「あら、おはよう。『コレクター』カイセイ!」
『コレクター』って…… 俺、持ってないって言ったじゃないか。それに、それ称号じゃなくて悪口って言うんだよ…… でも『リコーダー』って呼ばれるより、まだマシか……
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
アタシはホニー。カイセイのパーティに属スル者よ。まったく、クローニン侯爵領から帰って来た後、本当に大変だったんだから。
アタシ、カイセイにめちゃくちゃ怒られたの。でも、そこはやっぱり心優しい日本人ね。なんだかんだ言いながら、結局はアタシのパーティ入りを認めてくれたのよね。
だから、アタシは今、アイツの側にいるの。今日はアタシのお気に入りの日本人必須アイテム『がんたい』ってヤツをカイセイに見せて自慢してやろうと思ってるんだけど…… んっ、なに? なんだかカイセイのヤツ、言いたいことがあるようだわ。いいわよ、聞いてあげるから、言ってみなさいよ。
「なあ、ホニー…… オマエ、なんでそんなにいっぱい眼帯なんか持ってるんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。左眼が疼いてからじゃ遅いでしょ」
「は?」
「師匠が言ってたわ。日本文化を学ぶと、そのうち左眼が疼き出すのよ。そして——
可惜夜の月が天空に瞬き、
靉靆たる漆黒の焔が我を包みし瞬間
古より謳われし晦冥の “ふぇーいひかいと”
我の左眼に宿る
どう、カッコイイでしょ!」
「なんで最後だけドイツ語っぽいワードが入ってんだ? 和の雰囲気が台無しじゃネエか…… それ考えたヤツ、たぶん最後だけどうしてもカッコイイ中二ワードが思いつかなくて断念したんだろうな」
「な、なんのことよ?」
「それから、『いにしえ』の人は、絶対『ふぇーいひかいと』なんて言わなかったと思うぞ?」
「チョ、チョット! それ、どう言うこと? アタシにもわかるように説明しなさいよ!」
「俺、日本人だけどオマエが言ってること、サッパリわかんないや。なあ、ホニー。オマエ、絶対日本人の師匠ってヤツにおちょくられてたんだと思うぞ?」
「チョット! 師匠の悪口言わないでよ!」
なんなの!カイセイのヤツ。アレで本当にレア種族なのかしら。
まあいいわ。アタシはこれからも日本文化を学んで、師匠のように高みを目指すんだから!
アタシはホニー。ヒトスジー伯爵家ノ第二子ニシテ、中級火魔法ヲ使イシ者。そして…… 日本文化をコヨナク愛スル者よ!
この物語(後編)は、下記連載作品↓↓↓にて投稿予定のワンシーンから、ギャグ要素を抜粋し修正したものです。併せて連載作品の方もご一読いただければ、とても嬉しいです。ほぼコメディで埋め尽くされた作品です。宜しくお願いします。(連載作品にて、本日よりホニーが登場します 2021/02/11 記)
結婚経験ナシのおっさんが、いきなり聖女と令嬢と獣耳娘の保護者になったら (連載中)
https://ncode.syosetu.com/n7649gs/