1-1 生き残りの少年
ユウゴとツヅルが出会った日。
ユウゴと出会って八年。
一人だけ生き残って八年。
ツヅルの生活は例外的に騎士団を中心に回っている。
その全ての原因は八歳の時に特例的に行った洗礼の儀だった。
ツヅルが住んでいたシタン村が洗礼式前日に魔物の襲撃に遭ったこともあり、ツヅルは八歳でも未洗礼という状態になってしまっていた。
ツヅルが救出されたその晩、街中は人間や魔物の死体が多く転がっていることで瘴気が溜まりやすい状態となってしまっていたこともあり、騎士達は村の外れの小高い丘にある比較的損害が少ない教会で一夜を過ごすこととなった。石造りの壁や窓からの光を浴びるように設置された神像は所々欠け、大きな入り口のドアや洗礼式の為に準備されていた椅子や祭壇は破壊されていたが、普段は無人だったことが幸いして人の死体などは無く、比較的綺麗な状態で保たれていた。騎士達は手際よく室内を片付けると、見張り組と休憩組に別れた。
「確か神官上がりの騎士もいたよな?」
ユウゴが保護したツヅルから名前や年齢、魔物が襲ってきたときのことを途切れ途切れ泣かれながらも聞き出すことにもなんとか成功し、当時まだ第七騎士団の団長ではなくただの小隊長だったアラムは自分の小隊の騎士に問いかける。その声に応えるように一人の青年騎士が右手を軽く上げながら前に出てアラムと向かい合って何かを話しはじめる。
ユウゴは床に胡坐をかいた状態でツヅルを足の上に座らせ、少年の体を包む毛布ごと抱き込みながらその様子を見ている。ツヅルは毛布とユウゴの温かさからウトウトと頭を軽く揺らしながらまどろみに身を任せようとしていた。その様子を見て少し安心したユウゴは、ツヅルの小さな頭を撫でて顔と顔を寄せて頬を当てる。一瞬ぴくっと反応するが、そのまま寝息を立ててユウゴに全身の体重を預けるように深く深く沈んでいく。
「アラム隊長」
当時まだ一般の騎士でしかなかったリゼが二人の様子を確認してアラムに小さな声で伝え、アラムはそれに合わせて二人の方に視線を送る。
「本当に兄弟みたいだな。……全く、任務中だっていうのに」
ツヅルの子ども特有の高めの体温に誘われるようにユウゴも気が付けば目を閉じて軽い寝息を立てていた。
「あの不愛想で融通の利かないユウゴがまぁ、任務中にこんな顔で寝るなんて思っても無かったぞ」
アラムは親のような穏やかさで笑いながら、優しい笑みを浮かべながら寝ているユウゴの方を指差してリゼに言う。
「起こしますか?隊長」
「いや、いい。生存者の保護も俺達の任務だ。アイツはあのちっこいのをちゃんと保護してるしな。俺達は俺達の仕事をするぞ。とりあえず今は第八小隊が見張りをしている内に皆をしっかり休ませておけ」
リゼはその言葉に頷いて、伝令のように他の騎士達に伝える。
「隊長、第八小隊から、村の中心部に小規模の瘴気汚染が発生したとのことです」
「あの結界石の広場か?」
「はい。おそらく魔物の血と、あとは……」
「住民の死体か」
教会の外から入ってきた副隊長がアラムに報告を上げ、彼の問いかけに軽く頷く。それを見たアラムはくすんだ茶色の髪の毛をボリボリとかいて思考を巡らせる。
小規模の瘴気汚染程度なら今日明日で魔物が集まることも無いだろう。
だが、放っておいていいものでもない。できるだけ早めに浄化をしないと瘴気汚染は拡大していき魔物の生息地となってしまう。そうなってしまえばこの村を再建することは難しくなるし、近隣の町にも被害が出てしまう。
しかし、魔物が活性化する夜間に馬を出して本隊に応援要請をするのも危険だ。
「第八のフィンはなんか言っていたか?」
アラムは愚痴をこぼすように副隊長に質問する。
「エウレス隊長は『明日朝一番でどっちかの隊が近くの町まで戻って魔法伝話で団長に報告して神殿に浄化要請してもらって、傭兵組合にも周辺の魔物討伐依頼を出す。今夜はとりあえず警戒しながらも放置。考えるだけ面倒だからゆっくり休んで明日に備えようぜって伝えてくれ』と言っていました」
同僚の言葉に脱力しながらも現状そうするしかないと考え、アラムは寝ている二人を横目に息を一度吐いて、体の中の空気を新しいものと交換し、そして言う。
「じゃあそれで決定で。悪いがフィンに伝えておいてくれ。明日の見張りは俺達第四がやる。第八は朝一で町へ向かってくれって」
「わかりました」
真面目な部下で助かると思いながら、短く返事をして教会内から出ていく青年の背中を見送る。
「お前ら、聞こえた通りだ。村で瘴気汚染が確認された。とりあえず明日は朝一の用事を済ませた後、村の状況確認と監視を行う。いいな?」
アラムの一声で、静かに寝ている二人以外が背筋を伸ばし返事をした。
第八小隊は夜明けとともに浄化要請を出す為に教会を後にした。
第四小隊もシタン村を監視する為の準備を進めるが、神官を経験したことのある騎士が教会の物置に数着置かれていた神官用の儀式服を着て、欠けた神像の周りに簡易的な祭壇を準備している。
ツヅルは床に作られた簡易的な寝床でまだ眠り続け、その周辺が忙しく動いていることにも気付けていない。
ユウゴも夜中の内に目を覚まして他の騎士達と共に周辺警戒の任務に就いていた。本来なら許されない任務中の睡眠についてアラムや他の騎士達に謝ったが、アラムが笑い飛ばしたこともあり問題視されなかった。むしろ、珍しいモノが見られたと、普段真面目で冷静なリゼにさえ笑われる始末だ。
東の山間に覗いていた太陽が徐々に昇り、教会の中に射しこむ光が寝ていたツヅルの顔を照らす。
瞼越しに見える光はツヅルを覚醒へと導き、まだ眠り足りないと訴える脳を起きろと揺さぶる。
少しずつ光を見るように瞼を開けていき、ぼやける視界に日の光を背負う神像を見つけるが、自分が今一番見つけたいのはそれではなく、自分を守ると言ってくれた一人の騎士だった。
無意識のうちに溜まっていた目尻の涙が頭を動かす度に零れて頬を濡らし、掠れた声で彼の名前を呼ぼうとするが、思うように声が出ない。小さな嗚咽のみが喉の奥から搾り出され、騎士の動く音にかき消されていく。
「起きたか?ツヅル」
神像の方から声が聞こえ、涙で滲む瞳を広げて見た先には昨日と変わらない不器用ながらも優しい笑みを向けてくれるユウゴが居た。
見つけてくれた。
それが嬉しくて、ツヅルは大粒の涙をボロボロと零していく。
少し慌てた様子でユウゴはおどおどしながらツヅルの体を抱き起こして優しく抱きしめる。
「な、泣くな。大丈夫だ。俺がいる。だから、大丈夫だ。悲しいことでもあったのか?なにか怖い夢でも見たのか?」
こういうときにどういった声をかければいいかなんて教えられたことは無い。孤児院に居た時に年下の子が泣いても、少しすれば自分で立ち直っていた。院長や大人が慰めることもあったが、自分が慰める立場になることは殆んど無かった。
胸元にしがみつくように泣くツヅルはユウゴの言葉に首を横に振る。
「…………俺か?」
その言葉と同時にツヅルの頭が縦に動いたのを感じ、それまでよりもギュッと強く抱きしめた。
「悪かった。お前を一人にさせちまってたんだな……。大丈夫だ。ちゃんと側にいるから。な?」
「ん…………」
ユウゴの腕の締め付けが強くなったこととその言葉を聞いて、ツヅルは小さな返事だけして自分も強く抱きしめ直す。
「朝から兄弟愛確認してるところ悪いが、こっちの準備も出来たぞ。ユウゴ、ツヅルと祭壇の前に並べ」
アラムが笑いながらユウゴ達に告げると、ユウゴは軽く頷いてツヅルを立たせ、手をつないだまま神像の正面に用意された簡易的な祭壇の前に歩みを進めた。
そして、神像と向かい合うようにツヅルを立たせる。不安がるツヅルの手をつないだまま。
「これより、アステイス王国第七騎士団第四小隊立会いの下、ツヅル・ヴァーゴの洗礼を行う」
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