0-4 隊長と副隊長
アステイス王国第七騎士団第四小隊の隊長ユウゴ・レーヴェ。副隊長のセイ・アクアリオ。
休日の昼下がりの青年二人の他愛のない会話をメインにしています。
「全く君はいつもツヅルを優先だよね」
王国第七騎師団第四小隊の副隊長であるセイ・アクアリオの部屋で、ユウゴは彼に出された紅茶を口にしながらその言葉を聞く。
「当たり前だ。アイツは俺の弟だ」
考える間もなく即答するユウゴの言葉に、セイは呆れた笑いを口からこぼす。
「そういうことじゃないんだけど、まぁいいや。団長達も過保護だし、僕も人のことは言えなからね」
「過保護にもなる。ツヅルのおかげで王国西部は瘴気汚染の被害が他の地域より少ない。本来なら神殿が必要な話だ」
「大変だよねぇ。昔任務で神官の護衛をして浄化したことがあるけど、瘴気に寄せられた魔物達が沢山襲ってくるし、神官は魔力温存のために戦闘にも回復にも全く参加しなかったし、浄化完了間際で大型の魔獣が襲ってきて、五人くらいそれで引退したし」
「あぁ……。あれは地獄だと思った。……懐かしいな」
二人はまだ騎士になりたてだった頃の任務を思い出し、どこか遠くを見るような目で窓の外に目をやる。
神官が数人がかりの儀式魔法によって瘴気浄化を行うことが当たり前で、瘴気汚染の範囲が広ければ広いほど神官の人数も増やさなければならない。また、その魔法の特性上、広範囲を浄化する場合は汚染区域の中心で発動する必要がある。
瘴気に汚された土地は生命力が枯渇し、草木も枯れて時間の経過とともに朽ちていく。そして、瘴気は魔物の活動を活性化させ凶暴性も増す。いくら王国騎士団とはいえ、神官を守りながら襲い続けてくる魔物を倒し続けるのは難しい。
安全に儀式魔法を執り行う為には、できるだけ瘴気汚染が発生したタイミング、まだ範囲が狭いうちに浄化してしまうことが望ましいとされている。
瘴気汚染が発生するのにはいくつか条件がある。
一つ目は魔物の血が土地に多く流れた場合。具体的な量はその土地の状態によって変わる為明確な基準は無いが、少なくともゴブリンで言えば百匹以上の血が流れれば確実に瘴気汚染が生じる。これに合わせて、魔物が集団となった場合も瘴気汚染すると考えられている。
二つ目は環境。地脈や地形の関係で他所の瘴気まで流れ込んで溜まりやすい土地が世界には何か所もある。これは観測もしやすいということもあり、定期的な浄化の儀式で瘴気汚染を未然に防ぐことも可能とされている。
三つ目は呪い。呪術師や禁術による儀式魔法によってその場に人為的に瘴気汚染を発生させてしまうことができる。
そして四つ目は魔物の王による瘴気汚染。誰も見たことが無いおとぎ話の存在である魔物の王が、魔物の楽園を創る為に瘴気汚染を広げるという話や、人間同士の交流をある程度遮断して活動を制限するという話、中には人間同士の争いを避ける為にあえて瘴気汚染を発生させて戦争する力を削ぐという話まである。
実際、アステイス王国がある大陸を囲む外海には濃い瘴気汚染によって航行が難しい、もしくは航行不能な海域が幾つもあり、活性化した海の魔物達の活動により他の大陸との交流もそれなりの覚悟が無ければできない。大陸にも瘴気汚染によって人間が踏み入ることが難しい場所が多くあり、『魔物の巣』や『魔の属領』とも呼ばれるその場所は独自の生態系を築いている。
軽い瘴気なら放っておいてもしばらくすれば大気中に霧散してしまうし、その土地を枯らすことも無い。魔物の血がかかった植物は枯れる可能性もあるが、全部が全部というわけでもない。
「アステイス王国は別に魔の属領を無理に浄化しようともしないし、必要な範囲を必要なだけ守るっていう専守防衛を謳っているけど、東のオルトビルム王国は積極的に魔の属領を浄化する為に頑張っているみたいだし、他の国も少し落ち着いてはいるけど浄化する為にある程度動いているみたいだよ」
「その分神官や騎士に被害が出ていたら元も子もないとは思うがな」
浄化のために動くのは指示を出す王族や貴族ではない。その国の騎士団や神官だ。
民には限りがあり、民にも命があり、無理な戦闘を繰り返すとそれだけ血が流れ、本当に必要な戦いもできなくなってしまう。
ユウゴは自分がこの国の騎士で良かったと心から思っている。
外国からは臆病者の国と揶揄されることもあるが、悲しむ人をできるだけ減らす為の臆病であればいくらでも受け入れる。
当然、他国には他国の事情もあり、積極的な魔の属領の浄化自体を丸々否定することもできない。それはユウゴもわかっている。それでも、幼い頃にオルトビルム王国の騎士である父を無理な浄化行軍により失い、母は心労で倒れて帰らぬ人となり、人攫いに遭い奴隷としてこの国に流れたところで助けられたユウゴにとって許せるものではなかった。
「ユウゴは昔から大変だよね。少しはリラックスしないと」
「お前が気楽過ぎるんだ」
ユウゴから漂う重い空気を肌で感じ、セイは軽い調子で彼に声をかける。それに対してため息をつきながら言葉を吐き出して一息置いてから紅茶を飲む。
ユウゴが六歳から身を寄せていた孤児院は、その街の領主である侯爵家が運営をしていた。孤児院の孤児の人数はそれほど多くなく、乳児から成人の儀を迎える十五歳までの少年少女合わせて三十人ほどが身を寄せていた。侯爵の計らいや街の住人達の理解もあり、孤児院と言っても明るく穏やかな空気が流れ、悲壮感はそれほど感じない場所だった。
侯爵が自分の息子達を連れて慰問に来ることもあった。
その時にユウゴが知り合ったのがセイだった。
侯爵の三男で、ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべて、いつも眉間に皺を寄せているようなユウゴとは対照的だった。
「ぼくはセイ。セイ・アクアリオ。ねぇ君は?多分同い年だよね?ぼく七歳なんだ」
距離感無く近づいて、子ども特有の無邪気さで訊いてくるセイに少しだけ苦手意識を持ちながら、それでもこの孤児院でお世話になっているということもあり小さな声で返事をする。
「……ユウゴ・レーヴェ。おれも七歳……」
「やっぱり同い年だ!ねぇねぇ、よかったらぼくと一緒に遊ぼうよ。あ、そうだ。来年の洗礼式も一緒に出ようよ!」
対照的な二人は、明るく人を引っ張っていくセイが主導権を握り、まだ孤児院に馴染みきれていなかったユウゴはただ振り回されるまま、しかし、交流を重ねる度に互いのことを理解していき、対照的なまま同じ道を歩むことを決めていった。
「僕は騎士になるよ。せっかく魔法の使い方も覚えたんだ。ユウゴも一緒にならない?ユウゴは強いし、絶対それがいいって」
「なんで騎士なんだ?」
「んー。だって、皆を守れるし、守れるし……守れるし?父上や母上、兄上達が大切にしているこの街も、この国も、全部守れるって思ったらそれって凄いことじゃん」
考えていないようで考えているその言葉は真っすぐで、ユウゴには少し眩しく感じた。
「守る……か……」
ユウゴは自分の父親のことを思い出す。一緒に過ごした時間は短くとも、父親はいつも不愛想で、それでも大きなその手で母親や息子のことを守ってくれていた。そして、家族に対しての愛情のように『俺はお前達を守れたらそれで十分だ』そう言っていた。
「…………お前一人騎士団に行かせても不安だしな。俺も手伝ってやる。お前が守りたいと思っているものは、多分俺も守りたいものだ。孤児院も、街も。そのためなら国も」
ユウゴとセイの他愛ない会話や今後の打ち合わせも、気が付けば西の空にあった太陽は大地に隠れるように沈んでいく時間まで続いていたことに気付き、セイは書類をまとめながら真面目な隊長に笑いかける。
「さてさて、そろそろ夕食の時間だ。ツヅルが食堂で待ってるんじゃないかい?」
今一番ユウゴが守りたい存在。
自分は相変わらず、自分が知っている者達をみんな守りたいという気持ちだけど、自分についてきてくれた親友は違う。
もちろん皆を守りたい気持ちもあるだろうけど、ユウゴはツヅルが大事だから。それは自分でもわかっている。自分もツヅルが大事だ。でもそれと同じくらい、ユウゴも大事だ。
なら、二人が幸せに生きれる今を守り続けたい。
「たまにはセイも一緒にどうだ?いつも書類整理で遅れてくるんだ。今日は大丈夫そうだろ?」
「そういうところはなぁ。うん。わかってやってないからなぁ」
ユウゴの言葉に呆れた笑みを返し、ぼやくように呟く。
「それは隊長命令?」
少しだけ出した悪戯心で訊く言葉は軽く、ふざけているとセイ自身理解していた。
「幼馴染からの提案だ」
ユウゴは少し照れながら、夕日に背を向けてドアを開けながら口にする。
「じゃあ行こうか。久しぶりだなぁ。ユウゴとツヅルとご飯食べるのは」
少し笑って親友を追いかけるように歩き出し、夕日に蓋をするようにドアを閉めて、二人の『大事』がある場所へと向かっていった。
その先で一人の少年が無垢な笑顔で待っていることを期待しながら。