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守護獣様のお気に入り  作者: へけけ
8/20

3-1

王宮のパーティーも終わり、ゆっくりとだが確実に暦は肥ゆる秋へと向かっていく。


あれから、あれからと言っても3日経ちナディも日常を取り戻していた。

テオドール殿下と侍従達には嫌味を言われ、家に帰っても父と長兄に小言を貰うも、まったく頭に残らなかった。

兄には謝ろうと思っていたのに。


ボーとした頭でどうやってタウンハウスに帰ったかもあまり覚えていない。

気づいたらタウンハウスの小さな玄関ホールにいて、

気づいたら父と兄に小言をクドクドと言われていて、

気づいたら自分の部屋のベッドに寝ていた。

あまりにもナディがぼーっとしていたので、心配した父と兄がナディの好きなチョコレートを、次の日買ってきてくれるぐらいにはぼーっとしていた。


軽く首を振り、ふっと息を吐き模造刀を手にする。

頭がぐるぐるする時は剣を振り邪念を払うのが一番。

日課となっている稽古はナディの体に染み付き、怪我をしても病気に倒れても舞うように剣を振るう姿は変わらない。


「お嬢様。お客様がお見えになってますよ」

水で濡らした布で汗を拭いているとレーネが声を掛けてきた。

「お客様?そんな約束はしてないけど」

「トール様と伝えれば分かると仰ってるけど追い返しましょうか。」

「急いで支度します!」




薄手の白いブラウスにクロップド丈のグレーと茶色のチェック柄のズボン。膝丈の履き古した茶色い革のブーツ。

令嬢の軽装というよりは、侍従や平民の男の子のようや服装をナディは好んだ。

今更ワンピースやペティコートをつけてスカートを何重にもするなんて耐えられない。

理解のある家族に許され、また貴族社会でも準貴族という低めの身分からナディは動きやすい服装をしていることが多かった。




「素敵なお庭ですね」

ニコニコと笑いながら優雅に紅茶を嗜んでいる。

「…トーリュシア様。ついに捕まる気になったのですか?」

「トールでいいですよ、呼びづらい名ですから。」

レーネの用意した紅茶にたっぷりミルクを注ぎ角砂糖を落とす。

「では、トール様。何故本日は我が家に?」

「テオに聞いたら本日は非番だとお伺いしたので」

なんだか話が噛み合わない。

「私が非番だからって何故、あなたがここに?」

あぁ。頷いてから紅茶のカップを置き

「貴方とお茶をしたいと思いました」

パチンと手を合わせ、目を細めて笑うその顔は清々しいほど。


もう本当に分からない。





それから何故かトールは翌週もカシュイン家に現れ、小さな庭にティーセットなんかを持ち出し、ティータイムを楽しんでは帰っていった。

もともと騎士として王宮に勤めていることが多く、姉も嫁いでしまってからは、家でお茶会なんてほとんどした事がない。

さらにナディは令嬢教育なんてされていないので、お茶会に呼ばれても参加することは滅多になかった。

なので、マナーなど二の次でただただお茶を飲み、元々トールも話下手のようで黙って庭をみていたり。ただニコニコとナディを見ていた。





「あら、トール様こんにちわ。今お嬢様をお呼びしますね。きっともう終わる頃ですよ。」

「レーネさんこんにちわ。ナディは何を?」

「裏庭で剣の稽古です。日課ですから」

「剣の稽古ですか!」

是非見てみたい!と伝えれば優しい人柄のレーネが二階にある、裏庭を見下ろせるテラスに案内してくれた。

小さなタウンハウスだが、この家はとても良い香りがする。暖かくて穏やかな匂い。陽だまりのようで柔らかな香り。レーネもナディの母君もとても優しく迎えてくれるのが嬉しくて思わず通ってしまっている。

テラスに繋がる窓を開け裏庭を眺めれば、目当ての人物がそこに居た。


切っ尖を細い指で押さえて上段の構えから真っ直ぐに振り下ろし。

しなやかな中段の払い、手を返して下段からの振り上げ。

剣を持ち替えるのは早くて目に捉えることができなかった。

ステップを踏むように滑らかな足元。

ひらりと身を躱し、タンっと足で地面を捉えた時には突き出された剣。

まるで水が流れるように、風に舞うようにナディは剣を振るっている。

陽の光を髪が浴び、飛び散る細かい汗がキラキラと反射していてとても眩しい。

なんて美しいんだろう。

自然と浮かんできた気持ちに驚き、目をぱちくりとして直ぐに納得した。

そうだ彼女はとても美しい。




上がる息を整えながらレーネの用意してくれた布で汗を拭く。

パチパチパチパチ。

音の聞こえた二階のテラスを見上げればトールが笑いながら拍手をしている。嬉しそうな顔をして拍手してるのが可笑しくて。笑いがこみ上げてきた。




「わざわざ馬車でこなくても……得意の転移魔法は使わないんですか?」

「魔法は一瞬なので。」

「はぁ…?」

相変わらずトールはよく分からない。

この元謎フード男ことトーリュシア・デルバルク。

マイペースで、自分ルールがとても多い。口下手なのか話は長く続くことは少ないが、不思議と嫌な気持ちにはならない。本人の雰囲気がなせる技か。

黒に近い濃紺と濃い灰色を混ぜたような髪色に、切れ長の紫の瞳。整った薄い唇は感情を感じさせない。

冷たい印象を受ける見た目とは真逆で常に本人はニコニコとしている。

その雰囲気が幸いしてか、レーネや母。またその2人から話を聞いた兄達もトールには好感を持っていた。

こうしてなんの因果かお茶飲み仲間みたいになってるが、まぁそれも悪くないか。





「ナディ。」

「はいはい。」

生クリームをたっぷり添えたシフォンケーキをフォークで切り一口。

ミルクティーの甘味が丁度いい。

「今度夜会でエスコートさせて下さい」

「はいはい。」

とろけるシフォンケーキとミルクティーが口の中でも交わり、口の中一杯に広がって、夜会ね、はいはい。……ん?


「そうと決まったら準備しないと!」

勢いよく椅子から立ち上がり、一瞬で転移魔法で帰って行った。


夜会?


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