4-2
「ギル兄さん、ちょっとお話が」
タウンハウスに帰ったナディは、ちょうど王宮から帰宅してきた兄に声を掛けた。
小さなサロンの肘掛椅子に座って、今日商人の男から聞いたことをナディはギルディに話した。
「ストねぇ…」
ギルディは呟き、ゆったりとした肘掛椅子に凭れ掛かり、ガッシリとした顎に手を当てて何かを考えるように目を閉じた。
「南市場で利権に煩いとしたら、バウム商会ですか?」
「まさか!そんなことはありえない。バウムの連中はトトイの街に港ができたからって潰れるような柔な商売はしていない。もし、していたとしたらあそこまで大きくなってないよ。」
強く言い切るギルディの言葉にナディはほっと胸を撫で下ろした。
「ソル・アモーラよりも先にトトイの街に多くの物資が集まるようになれば、利に聡い商会の奴らは確かに黙ってはいないだろうが…」
「やっぱりそうですよね。」
呟くナディの声を聞き、ギルディの瞳に強い光が宿る。
「ただな、ナディ。もしも俺がソル・アモーラの連中なら新航路を利用して南の大陸に進出したり、新しい港の利権に絡めないかと考えると思う」
つまりだ。指でトンっと一回机を叩く。
「トトイの街に港ができて、南市場での商売が回らずやせ細った時、誰が、損をすると思う?」
はっと驚き顔を上げて次兄を見つめた。兄は優しく笑いナディの答えを待っている。
「ガストン伯爵…ですか」
唇の端を上げ片眉を跳ね上げるも、瞳には相変わらず強い光が宿ったまま。
「まぁ、そんな所だな」
ギルディは腕を組み軽く答える。こんな風に次兄はナディに道を教えてくれる。分からない事も、不安な事もギルディに聴けば考えるべき方向が定まる。さすがだな…とナディは感嘆の息を吐く。
武人であり自信に満ちた揺るがない次兄。それでいて道筋を立てて先を読むことにも長けている。
ナディはギルディを誇りに思う。
ナディ。
不意に呼ばれてギルディを見あげる。声を潜め身を屈めて、机越しのナディに顔を寄せる。
「ガストン伯爵の件は今、密偵が調べている。宰相殿には話をして、ソル・アモーラ港の警備隊が動いている。
この件が解決するのは時間の問題だ。お前は絶対に首を突っ込むなよ。」
分かったな。と大きな手がナディの頭を数回軽く叩いて、ギルディはサロンを後にした。
ガストン伯爵か。とナディは独言る。
南市場の商会を取り纏めているのはバウム商会だが、市場からあがった利益を上納として受け取っているのが件のガストン伯爵家であった。
バウム商会はソル・アモーラ港も実質実権を握っているのでナディはそこが怪しいと踏んでいた。
ソル・アモーラは太陽の港と呼ばれている。太陽が昇ると共に世界中全ての物が集まる。そんな港から上がる利益だ。そう簡単に手放すことはないだろうな。
ぎゅっと拳を握り、自分には何も出来ないことを思い知った。
近衛兵として王宮に仕えても、何も出来ない。
唇を噛み、眉根を寄せる。
兄を誇りに思う気持ちに偽りはない。
ただ、……とても悔しい。
自分では考え着かなかった答えに、いち早く辿り着きすでに手配を終えている。
一歩も二歩も先を行く兄達に早く追いつきたい。けど、まだ追いつけない。
…自分はまだまだだな。
張り詰めていた息を吐いて固く握った拳を解き、部屋へと向かった。
部屋のドアの前に着いた時、人の気配を感じた。
中には誰も居ないはずだが…?
恐る恐るドアを開けると、ナディは思わず頭を抱えた。
「お邪魔しています。」
ニッコリと笑いながらナディの部屋にあるソファに座りお茶を嗜むのは見知った顔。
「えーっと…何故?」
「マダムオクタヴィアが此方へと」
紅茶のカップを口元に寄せ、香りなんか楽しんでいる。相変わらず話はどこか噛み合わない。
なんだかどっと疲れを感じ、トールの向かいのソファに腰掛ける。
ティーポットから紅茶を注ぎ、ミルクと角砂糖を溶かす。口に含めば甘くて柔らかな味が今日は凄く沁み渡っていく。
「お疲れですねぇ」
顔を覗き込まれ心配そうな光を宿した瞳とぶつかる。
「なんだかちょっと自分が恥ずかしくて…」
ぽつりぽつりと話すナディに冷やかすでも、諭すでもなく。ただただ、頷きながらナディの話を聞いていた。
自分は何故こんなことをトールに話してしまうのだろう。
もっと強く賢くなりたい。兄達にだって負けないようになりたい。
俯き、組んだ手の指を回したり、自分でも順番がめちゃくちゃに話をしてる自覚はある。
それなのにうんうんと静かにトールはそこにいてくれた。