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「お返しします」
え。と驚いた顔に胸が痛む気がしたけれど気づかない振りをする。
「ドレスも、靴もアクセサリーも。全部お返しします。それと夜会には出れません。」
ごめんなさい。と向き合ったトールにペコっと頭を下げる。
「えーっと…何か好みじゃないものがありましたか?」
困ったように眉を寄せて此方の意図を汲んでくれるのすら心苦しい。
「いえ、本当にどれも素敵で。私には勿体ないぐらいです。」
「それなら是非着てみて下さい!きっとナディに似合うはずです!」
「似合いません!!」
思わず語気を強めてしまい、目を逸らす。
まっすぐに見つめてくる瞳を、どうしても見ることができない。視線が怖い。きっと怒っている。
「…似合わないです」
視線に耐えられなくて顔が俯く。
「……僕は、貴方を困らせてますか?」
「そんなこと!は…ありません。
…とにかく、全てお返ししますから。今日の所はこれにて失礼します。」
トールの顔を見ることができないまま、ナディは座っていた1人掛けの椅子から立ち上がり、スタスタと歩き始めた。
自分でも分からない。
頬を伝い顎からポタリと落ちる涙を、ブラウスの袖で無理やり拭い、サロンから部屋へと走った。どうしてこんなに涙が出るのかなんて分からない。
「トーリュシア様…」
「レーネさん」
サロンの傍で控えていたレーネが戸惑いながら声を掛けてくれる。
ふぅっと息を吐き、温くなってしまった紅茶を口に含む。時間が経ち渋みが出てしまった紅茶。
「困らせてしまったみたいです」
気を使わせないようになるだけゆっくりと微笑む。
「僕は人の気持ちを汲むことが苦手で。」
「貴女の大切なナディを泣かせてしまいました。すいません。」
堪えれずにぐっと唇を噛みしめる。
きっと似合うと思った。
あの雨の日、ショコラティエで丁寧に包装されたピンクや黄色の包装紙を幸せそうに見つめる瞳を見た時。
きっと可愛らしい物が好きなんだろうと思った。
王宮のパーティで再会した時、思わず声を掛けてしまった。近衛兵の正装に包まれた彼女は凛々しく気高かったからだ。品が良く、彼女に負けない色が似合うと思った。
お茶を一緒に飲むようになってから一度だけ、トールが紅茶を零してしまった時。
差し出されたハンカチにはしっかりと刺繍が入っていたので、刺繍やレースが好きなんだろうと。
女性らしさを苦手に感じているようなので、緑の瞳と合わせた首飾りも宝石は控えめにした。きっとナディならアクセサリーなどなくても美しいと思ったけれど。
きっと似合うと思ったのに、断られてしまった。
とても困った顔をして。眉を寄せて、緑の瞳は揺れ、俯いて見えなくなってしまった。
王宮で再会した時、泣く顔を見たくないと思ったのに。
断られたのは自分なのに、断るナディのが傷ついて泣いているように見えた。
「トール様」
呼ばれた方に目を向ければ、レーネの隣に立つ女性としては高めの身長に、グレーの小花柄のオールドスタイルのドレスを纏った妙齢の夫人が其処に居た。
「マダム・オクタヴィア」
オクタヴィア・カシュイン。
ナディエール達の母であり、王宮に勤める当主である夫の変わりにカシュイン家を纏めている女主人。茶色い髪に、ナディも引き継いでいる深緑の瞳。穏やかな人柄で毎週のように通うトールとも顔見知りだった。
「ナディエールが失礼を致しました。本当にごめんなさいね。」
立ち上がり礼をしようとした所で、手を握り謝られる。
「トール様。私と、レーネは貴方を応援いたしております。」
サロンの床に膝をついて、真剣な眼差しで顔を覗き込まれる。
ナディよりも背は低く、ナディよりも濃い緑の瞳。
少しだけ落ち込んでいた気持ちがまた浮上してきた。
ナディにとてもよく似たマダム。
「マダム。またお茶をご馳走になってもいいですか?」
「もちろんですとも」
ニッコリと豪快に笑い、レーネとともに優しく肩を撫でてくれた。
「チョコレートを買ってきて下さるときっと喜ぶわ。」
その言葉に少しだけ泣きたくなってしまった。