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夏も終わりに近づき、国境となっているクイール連峰の山頂には初雪が降り始めた。
クイール連峰の中腹に懇々と湧く泉がある。
誰が掘ったか、繋げたかはとっくに記録にないが泉から河になり連峰を降り、森を抜け肥沃な平原になるにつれ河の太さは少しづつ大きくなっていく。
河は途中で二股にわかれ、一つは大海へと繋がり船の行き来もあるサンタバル運河となり、
もう片方は大きな湖へと繋がっている。
王都アモーラ。
白い城壁に囲まれて、赤や茶色いレンガで固められた壁に黒い三角屋根が乗った建物が多く目につく。
街道の脇には露店も溢れた活気のある国の中心部だ。
短い夏も終わりに近いがまだ家や商店の窓は開け放たれていることが多い。
比較的温暖な気候で国も国民も穏やかな気性が特徴だ。
王都アモーラが属するグリンバルク王国は守護獣を双頭の大亀と定め、クイール連峰やサンタバル運河の豊かな自然に恵まれて穏やかな気候ともあいまり農業が盛んな国だった。
やぁっ!という声と共に上から振りかぶり降ろされる模擬刀を、同じく模擬刀の腹で受け止め力を抜き相手の態勢が崩れた所を左に流した。
すかさず空いた脇腹を守る革製の鎧を模擬刀で撃ち、相手が痛みに耐え、足を踏ん張るもその青い瞳は涙を溜めて揺れている。
その顔を見て、思わず口の中に笑いを噛み殺した。
「笑うな!まだ途中だぞ!」
グリンバルク王国の王族らしく赤錆色の髪に涙を溜めた青い瞳。肌は白、まだまだ首も細く、筋肉もついていない小さな王子。
顔を赤くして頰をふくらませたまま抗議をしてくるも、控えた侍従が走りより顔から手足と傷がないかをチェックしている所をみると本日の訓練は終了となりそうだ。
「ナディ!まだ終わってない!」
「殿下。ダメですよ、目先の動きに気を取られてはいけません。」
軽やかな陽に透ける肩口までの金髪をリボンで一つにまとめ、緑色の瞳が問いかけてくる。
眉根をよせ先程の流れを反復してみる。
どう見ても隙だらけでまるでそこに剣を振り下ろせといわんばかりに……
はっとなり、顔をあげれば真摯な瞳とぶつかる。
「…もしかして、そなた、嵌めたな?」
くくくと抑えきれない笑いが肩を揺らし始めたところで手をあげて
「この、ナディエール・カシュインがまさか、聡明な殿下にそんなことができるわけがございません」
大げさに目を丸くしながら答えると真っ赤な顔で今にも追いかけて来そうなテオドールと目が合い、一目散に走り出す。
「ナディ!!!逃げるなぁあ!!」
グリンバルク王国の第一王子テオドール
その王子の剣術指南役として、また王子直属の近衛兵として王宮に入った。
代々準貴族である騎士の称号を持つカシュイン家に生まれ、この国では珍しくもない金糸の髪と母譲りの緑の瞳。
近衛兵の制服のボタンを一つ外し風通しを良くする。
夏も終わりとはいえ、まだまだ暑い。
先程までいた近衛兵詰所から追っ手を逃れに逃れ全力で走れば汗もかくだろう。
このまま王都にあるタウンハウスに帰ろうかとも思ったが、
「ふうむ」
あまりにも天気もよくまだ帰るには早い時間なので寄り道といこう。