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弱き者へのまなざし

 放課後部室にいると、石本が目を輝かせて姫奏に声をかける。


「番長、ガイアクレランサ倒したって本当ッスか!?」

「ギリギリだったけどね」

「凄いってレベルじゃないッスよ……普通は討伐隊を結成して挑む敵ッスよ……番長ってレベルいま幾つ何ッスか?」

「昨日143になったところだね」

「……もっかい聞いていいッスか?」


 平然とした態度でレベルの申告をする姫奏に、汗を垂らして驚く石本。

 周りにいた他の部員も信じられないものを見るような顔になっている。


「あれ? どうしたの?」

「レベルって99が限界じゃないんッスか……? 携帯型個人情報端末カード見せてもらっていいッスか?」


 携帯型個人情報端末は、本人の情報を数値化し明細した機械。

 姫奏は自分のレベルやステータスを表示させ石本に見せた。


「うわ、凄いっすね……3桁レベルとか初めて見た……ってHPやばく無いッスか!?  21015!!??」


 99レベルオーバーもさることながら、HPの多さに高額当選者の預金通帳を見せてもらったようにわかりやすく驚く石本。


「すごいことなの?」


 自分のことなのにその凄さが分からず聞き始める姫奏、石本が一般人代表として語り始める。


「超ぉぉぉぉぉぉ凄いッス!!  まずレベルッス!! さっきも言ったことッスけど99以上にレベルが上がるなんて前代未聞ッス!!  HPの2万超えとか、99レベルの剣士のjobと互角ッスよ!!」

「へぇ~、みんなレベル上げるのサボってるだけで普通に上がると思うけどね」

「上がんないッスよ!!  99になるのですら一生狩りを続ける領域なのに、100以上ってどんだけモンスター狩ッたんッスか!?」


 興奮して声が大きくなっていく石本だった。

 姫奏も少し自分が異端な存在なのかもと自覚し始め引き気味になる。

 やがて、落ち着きを取り戻した石本がふと落胆したようにつぶやき始める。


「やっぱり……生まれてきた素質が違うんッスよ……俺はどうせDランクッス……」

「Dランク? 素質?」

「いや……最近テレビでヤッてたっす、レベルが上がりやすい人と上がりづらい人がいて、それを素質というみたいッス……Dは努力しても全然レベルが上がらないダメ人間の素質ッス……」


 夜20時頃に放送する人気アカデミックバラエティ番組で、『レベルの上がりづらさは努力の問題でなかった!?  最新医学と研究で見つかった新しいステータス素質値とは!?』

 というのを見た石本がテレビの情報を鵜呑みして悲観的になっていた。


「どんな内容だったの?」

「レベルアップに必要な経験値に個人差があって、少ない経験値でもレベルを上げれるAランクとかあるみたいッスよ?」

「そうなんだ」

「まぁ……まったくレベルを上げることが出来ないXランクとか稀にいるみたいッスけど、それよりマシ……かな……ははは……」

「石本……」

「今日は……帰るッス……」






 紅葉も色づき、綺麗な秋晴れだった一日も、太陽が落ちてしまえば、身を纏う空気は冷えて、冬の気配を感じさせる。

 行き交う人々を見渡せば厚手をしている人ばかりだ。

 石本は、学ラン一枚で防寒対策とは程遠い恰好をしている。


「はぁ……俺だけ、取り残されていくみたいな……」


「あの、すいません……」

「え?」


 とぼとぼと歩く石本の背後から足音も立てずそっと声を掛ける少女。

 声と同時に振り向くと甘い香りが石本の鼻腔に届き、思わずキョドってしまう。


「何か、思い悩んでいるご様子……私で良ければお話を聞かせてもらえませんか?」

(瞳の色の違う女の人……?)


 外は寒いと、誘われ学校近くの喫茶店に誘われる石本。

 シックな外観に落ち着いた内装。クラシックのBGMがまたいい雰囲気をだしている。


「俺、こういうとこ初めてで」

「あそこに座りましょうか」


 指を差す先に、二人がけの小さなテーブルがあり緊張する石本を促すように歩き出し席に腰を下ろす二人。


(こういう店来たからには、何か注文しないと不味い……? しかし……)


 メニューをみては、見慣れぬ単語ばかりが並んでいて何を注文すればいいかも分からず硬直する石本。


「あ、気がつかないですみません……私はここではラテしか飲まないのですけど……珈琲ならこれと、これで……」


 わかりやすく、珈琲の種類やサイズなど指を差しながら小声で説明する彼女の優しさに心臓の鼓動が早まってしまう。

 なんとか給仕係にオーダーをすることが出来、無事に珈琲を頂くことが出来た石本。

 一口飲めば、香りの違いに驚き緊張も溶けてきた。


「落ち着きましたか?」

「あ、おかげで……」


 石本はまだ名も知らぬ彼女の瞳に飲み込まれる様にして、悩みを打ち明けていく。

 このレベルという序列が決められた世界に置いて、素質という予め定められた運命の理不尽さを嘆き、決して届かない最強クラスへの夢は儚く溶かすしか無い事を。

 彼女はただ誠実に、石本の言葉を聞いて行った。

 やがて静かに小さな唇が開き言葉を紡ぎだす。


「ただ生まれてきただけで、理不尽な運命に傷付けられ失う事を余儀なくされる命には、その想いを伝える未練すら与えられてきませんでした……」


 彼女の真剣な語りに耳を傾けていく。


「高みを目指し、傷つけ合い殺し合うその先に何が得られるのか……過去の失われた無数の生命を糧にしても尚、懺悔の罪も自覚することのない業……。もし良ければ、この後教会に来ませんか? 貴方と同じ悩みを持つ者が沢山待っていますよ?」


 彼女は少し温くなったカフェラテを啜ると、石本の顔を見つめ場所の移動を誘う。彼女の言葉に石本は従うしかなかった、今の自分自身を導かせる凄みがあり、もう少し深く彼女の説法を聞いていたくなった。

 椅子から立ち上がり、すっかり日も落ちて暗くなっている店の外へ出ていき、心なしか軽くなった足取りで教会に向かう。



 インキリノコトカンガニ――ストコロゲロヨン



 そこは、教会と言うよりは神殿に近い風貌で異質な雰囲気を漂わせていた。

 中では、信者が祭壇に向かい意味不明の祈りを捧げている。


(ちょっと場違いな場所に来ちゃったッスかね……)


 祈祷の呪文は不気味だが、信者の人たちは結構マトモで、初めて訪れた石本に対して親切に対応し、世間話をしたり普通に談笑したり出来る人たちだった。


「色んな世代の人がいて、人種もバラバラなんッスね」

「ここに集まった人間は、弱肉強食の世界で虐げられ滅びる運命にあった人たちばかりです、皆、特別な力も武器も持っていません」

(才能がなくても、リーダーやちゅきさんみたいな宝具を持っていなくてもいい場所……)

「マリア様は、そんな私達を認めて下さり、強者だけが優遇されるこの世界を改変するために現れた救世主さまですよ」

「マリア様……」

「マリア様の教えの時間が始まったぞ」


 姫奏と同世代に見える双眸の色が違う不思議な力を持つ少女マリア。

 信者達は、世界各地で捨て石のように扱われてきた命を唯一宝石のように大切に救い上げてくれた彼女を救世主と拝めて慕っている。


(番長が、学園で俺たちを救ってくれたようなことを世界規模で……)


『ある所に、健康で体力・精神力ともに強靭な男性がいました、彼は弱者に対して必ずいう言葉があります「体が弱いのは精神が弛んでいるから、俺のようになれば病気も邪気も寄り付かないのだ」と、ですがこれは間違っています。弱い者は彼の言うことがわかっていても出来ないのです、足が欠損した者に走れと言い、目の見えない者にこの世の景色を問うことが無意味なことなど明白ですが、強者達はそれが出来て当たり前だと強要します。強者には弱者の立場が根本的にわかっていないのです』


 石本は、姫奏が簡単にレベルを上げていきそれが当たり前のように振る舞う姿を思い出していた。


『そして、強者達は、制限なくその強さを追い求めます。そこに弱者が入り込む余地は一切なくなります……どれだけ強くなったところで、広大な宇宙の中の小さな(ちり)程度の存在である事も知らず、永遠の尺度からみて、一瞬の瞬きに相応する短い人生を戦争に身をおくなど理解に苦しむ愚行に過ぎません』


 学園で阻害された生徒を集めて救済してくれたと思った姫奏が、部活仲間を置いて一人高レベルになっていくことを言っているようで心が揺さぶられるのを感じる石本だった。


『強き者達は、正しく生きる弱者を虐げ、自らの煩悩の為に食いものにすることしか考えない下賤な者の事です……ですが、彼らとて同じ星に生まれた命……慈しむ必要があるのです……同じ星に生まれ死んでいく平等な存在……』


 憎むべき強き者に対しても慈悲深い彼女の言葉に涙を流す信者達、石本も感銘を受けている。


『私は誰もが憎まず、環境や遺伝に縛られない穏やかに平等なる無の世界へ……この世の終着点を目指します!!』


 気が付くと、周囲は熱気に飲み込まれていた、彼女の講演は素晴らしく、そこには宇宙意志の元に平等で純白の世界が広がるようだった。


(マリア……様の目指す世界の終着点……俺も一緒に目指したい……)


 冷えきった夜空の中、石本は月明かりを浴び失いかけた自信を取り戻していた、しかしそれが凄惨な舞台の幕開けとなり、終焉へ導く光だとはこの時はまだ気づかないでいた。




 石本は翌日もマリアの教会に訪れていた。


(部活仲間といるより、マリア様の側にいるほうが安らぐッス……)


 この日の彼女は信者の悩みの相談を受けていた。

 相談する女性信者は死を渇望していた。


(嫌なことがあっても、生きていなきゃ、なんでそんなに死にたがるんッスかね)


 死にたいと思ったことが無い石本には、あまり共感できない話だが、その女性信者は死にたくても周りがそうさせてくれず悩んでいるらしい。


(生きていたらいいこともあると思うッス、きっとマリア様も励ましてくれるッス)


 そう思って聞いていた石本だが、マリアはそう答えなかった。

 それは、石本には予想できない返答であった。


「死ぬことに罪はなく、生きることが罪なのですよ」

「マリア様……」

「あなたは、生まれた意味があると思いますか?」


 女性信者は、マリアの問いかけに中々答えられず、結局「いいえ」と答えた。


「そうですか……、ですがこの星に生まれた命というものには必ず意味があるのです、私はそれを概念と呼びます……私の場合は反転の概念をもって生まれてきました」


 マリアの反転の概念とは、この世界の不条理を覆す反逆の力。弱き者が強き者を打ち倒す事が出来る。

 そういった概念は生まれてくるときに必ず一つ下され、無より生まれた奇跡はそれだけで価値があり今生の悦びは成就されているという。


「生まれてきたことに喜びなさい、そして死という無に還ることは全ての命が平等に与えられた事、そこに(とが)などありません」

「じゃあ、私はいつ死んでもいいのですね……よかった……」


 女性信者は自らの望みを認められ、穏やかな安らぎを得て、死んだ。


(な……そんな!?)


 突然の出来事に背筋が凍る石本、目の前で人が死んだ、首を掻き切って自殺したのだ。

 周りの信者はその光景が日常のように平然としている。


「無に還ったのじゃ」

「この世界の終着点に近づけましたね、彼女は悲しい運命から救済され、闇は溶けたのです」


 理解できず狼狽(うろた)えて佇む石本に、異質なものを見るように表情を変える信者たち。

 そこに、マリアがやってきて石本の前に立ちふさがる。


「彼女は、モンスターを退治することでレベルを上げるこの世界に疑問を抱いていました。モンスターにも生活があり命がある。しかしこの世界の矛盾に気付いてからずっと苦悩していました」

「世界の矛盾?」

「モンスターを庇い続けていた彼女は、ある日己が生きるために糧として殺してきた家畜の存在に気付いたようです、家畜を殺して魔物を殺してはいけないと言うのはあまりにも身勝手な理由でした」

「仕方ないッスよ……、それが自然の摂理ッス……食べなければ死んでしまうし、モンスターは人間を襲ってくるッス……俺たちは狩って狩られる関係ッス」


 当然の如く言う石本に、マリアは眉間にしわを寄せて睨む。


「あなたも、強き者だったのですね……」

「あ……、じゃあどうすればいいッスか!? 共存を望む事はいいことかもしれないッスけど、俺たち人間は食物網の中にどっぷり浸かってるッス、今更その関係を崩すことなんて無理ッス!! 飢えて死んでしまうッス」


 石本の意見を険しい表情で黙って聞いていたマリアだったが、その顔は呆れ軽蔑に変わっていく。


「何故……わかってくれないのですか……」

「うう……」

「それが、生きることの罪だと言うのです。繰り返される殺戮を止めるには終着点を目指すしかありません」

「うっ……うわあぁぁぁぁっ!!」


 太陽のように眩しかった彼女が、自らの手で制裁という捌きを与えんと白い指先を伸ばす。

 触れれば死ぬ、そう予見させる毒手に怯える石本。

 その時、教会の扉が開き、懐かしい声が残響する。


「ちょっとまったー!!」

「だれ……あ、あなたは!?」

「ば、番長――!!!!」


 突如教会を襲撃し現れたのは姫奏だった、速度増加のスキルで真っ直ぐに石本の元へ向かう姫奏、杖を片手で構えもう片方の手をマリアの毒手から引き離すように石本の腕を掴みマリアから引き離す。


「いつも部活に来る石本の様子がおかしかったからついてきたんだけど、こんな怪しい所に来ちゃっていたんだね」

「心配かけてすまないッス……番長」


 突然の侵入者に混乱する信者を背に、堂々と立ち構えるマリア。


「また会えましたね、八祇間姫奏」

「マリア……あなたが亡魔獣だったとはね」

「亡魔獣? 何のことですか? 根拠もなしに人を疑うのはやめてください」


 確証もない状態で突然亡魔獣と決めつけている姫奏に呆れるように白を切るマリアだが、姫奏はとっておきの亡魔獣識別法を持参していた。


「イヴのオカルトクイズ!! イヴが本を燃やしました、なぜ!!」


 ミステリー映画の探偵の様にビシっと指をさしマリアに問いかける姫奏。

 マリアは当然の如く答える。


「……燃やしたかったからでしょ? そんな簡単な謎かけも答えられないと思ったのですか?」


 正直に答えるマリアに、してやったりとほくそ笑む姫奏だった。


「この問題は亡魔獣にしか広まってないクイズ!! これに答えられるということは自分が亡魔獣と白状したようなもの!!」


 指を刺した姿勢のまま、クイズの意図を説明しマリアを追い詰める姫奏だった。


「番長……それは流石に無茶じゃないッスか? 偶然当たる場合もあるかもしれないッスよ?」

「……こんな方法で正体を見破ってくるとは、さすがイヴ様の認めた敵ってことね」

「え、ありなんッスか!?」


 マリアが意外とおっちょこちょいで、可愛いと思う石本であった。


「で、正体が亡魔獣だとわかってどうするつもりですか?」

「わたしもマリアに聞きたい、あなたは人間をどうするつもりなの? それによっては容赦しないよ」

「随分横暴ですね、前回話したとおり私は弱者を救い、強き悪を打ち倒すために生まれてきました……、戦いの無い平和な世界が私の望みです」


 祈るように囁くマリアに教会の信者達も続く。


「弱いまま生き続けなければならない苦痛から解放してくれた!! 俺たちにはマリア様が必要なんだー!!」

「そうだそうだ!! マリア様は弱いものを守る正義の味方だぞぉ」


 徐々に熱を帯びていくマリアの取り巻き達。だが、姫奏は自殺した信者の死体を囲んで騒ぐ姿に怒りが込み上げていた。


「何言ってるの? さっき仲間が自殺しちゃったのに、それでもまだ弱者のために平和な世界を作るっていうマリアの事信じてるの? 目を覚ましなさい!!」

「そうッスよ!! 命を粗末にするのが平和なわけないッス!! 甘い言葉に騙されたらダメッスよ!!」

「…………うっ」


 姫奏の一喝に狼狽える者もいたが、大半の信者は動じず、異質な者を排除しようと、徐々に異様な雰囲気に変わっていった。



 インキリノコトカンガニ……インキリノコトカンガニ……

 インキリノコトカンガニ……インキリノコトカンガニ……



「な、なに言ってるのこの人達……念仏?」

「彼らはちゃんとわかってくれているのです、無に還ることが本当の祝福であると」

「無……!?」

「宇宙の始まりにして終わり、縛るものの無い本当の自由……究極進化の次元に進む黄金の海……それがイヴ様の概念でもある無の世界」

「イヴの概念……」


 マリアは更に、続ける。


「あなた達は、根本から間違っています。命を始末にするとの事ですが、命が尊いのではなく無から生まれたことが奇跡であり(たっと)いのです。

 つまりは生まれた時に全ての幸福と喜びは成就され、その後生き続ける事は(けが)れを溜め込むと言う事……。生まれたままの綺麗な魂の状態で静かに消えていく事がいい……」


 生物が生まれてきた事の奇跡、それこそが唯一の喜びであると解き、生まれたままの姿で死ぬことこそが真の美であると語るマリアに、姫奏が反論する。


「違うね、成長する喜びを知らないあなたには難しいのかもしれないけど、生まれた命は次世代の命を育むためにある。

 その為には長く生きて幼い(こども)たちに、生きることが苦しみや悲しみだけでなく、その先には喜びがあり幸せがあるという事を教えていく必要がある!!

 あなた達は目の前の現実を肯定出来ない人を集めて、堕落して生きることから逃げているだけじゃない!! そんな人達はわたしのホーリーライトで目を覚まさせてあげるよ!!」

「番長……」


 成長する喜びは、姫奏がホーリーライトで実践して見せてくれていたことを石本は思い出す。

 どんなに育てても弱いままのホーリーライトは素質の概念で表せばXランクなのかもしれない、例え苦難な成長過程でも諦めず努力をしてきたからこそ、姫奏の今の強さがある。

 石本に、強い意思が宿った。


「俺も、頑張って強くなるッス!!」


「どんな戯言を言ったところで、他人を蹴落としていくことが成長であるという事実は変わらない、やはり貴女とは分かり合うことは出来ないですね。いいでしょう頂点を極めるまで成長して誰の理解も得ず、孤独のまま死になさい!!」


 マリアの双眸が開くと同時に意思のない廃人となった信者達が襲いかかってくる。


「くっ……ホーリーライト」

「インキリノコトカンガニ……」

「番長!! 俺も戦うッス」


 わらわらと群がって来る信者に優しい光で対処する姫奏、目眩ましと自我への訴えを同時にこなして行く。


 長く愛用している姫奏に言わせると、ホーリーライトの光は、使用者のレベルが上がれば明るくなる性質があり、スキルのレベルを上げれば奥行が出て、内面を深く照らす浸透性が増すらしい。

 魔法攻撃力は相変わらず無に等しく、見る人が見れば安心する温かい光だが、心が闇に制圧された者にとっては針のように突き刺さる光となる。

 ホーリーライトを浴びた信者達は、顔を覆って号泣した。

 急変した信者の態度に戸惑い唖然とするマリア、彼女にとっては狂気の沙汰とも思える光景だ。


「何故泣くのですか? 彼女はあなた達を踏み台にして手に入れた力を使って自らを正当化させているのですよ。奴は敵です!! このままでは結局強き者の言いなりで理不尽に略奪されていきます!!」

「違います、あの人はそんな俺達を導いてくれる、生きている価値を与えてくれる光だ……」

「な、なんで……洗脳されているだけです、あなた達を理解出来るのは同じ立場である者同士だけなのに、念願の末に手に入れた居場所を放棄するのですか?」

「同じ立場でも別の立場でもそんなの関係なく成長していけるんだよ」

「そう……、人間は恩寵(おんちょう)を忘却した存在だということがよくわかりました、もう救う価値すら無い。イヴ様の無の力によって全て消えて無くなれぇぇ!!」


 異質な存在でありながら、人の心に歩み寄り触れ合ってきた自らの期待を裏切られ、強欲で罪深き人間に怒りと悲しみに包まれたマリアの(つんざ)くような絶叫が(ほとばし)る。

 穏やかだった(ぼう)は、人の領域を超えて、剣呑(けんのん)とした瞳をみた姫奏は一歩退いた。


(他の亡魔獣にはない雰囲気、全く強さを感じさせない筈なのに……あの子には何かがある)


 暗く冷めた彼女の溢れ出る異質な気配は、過去に戦ったモンスターとは違った存在であると判る。

 一回深呼吸をし、得体のしれない力に覚悟し姫奏は蓄積杖を輝かせた。


「ホーリーライト!!」


(――――かかった!!)


 マリアは口角を三日月に歪めると、姫奏に不穏を孕む風が長い髪を靡かせた刹那、“何か”が起き、“痛み”が発生する。

 傷もなく、痛みの出処を探っても見つからないが、致命的なダメージを受けている。


「一体……、何が……」


 消失していく意識の中で、姫奏は反撃が成功しクスクスと嗤いを響かせるマリアを見上げる。


(マジックリフレクト系の反射の能力か? その割には返ってきたダメージが適合しない)


「貴女に私は倒せない、しかし、私と貴女のレベル差で即死しないとは……何故……」


 倒され地に伏せる姫奏、能力に絶対の自信があるマリアが反転の力が作用せず生き残ったのだと勘違いをする。

 だが能力は確実に決まっていた、マリアの能力の計算式において必要なものは相手の基礎レベルの他に基本攻撃力となる部分があり、最弱魔法ホーリーライトのおかげで反転の能力にブレーキがかかり、一命を取り留めた。


「まあ、いいでしょう。これで終わりです」

「そうはさせないッス!!」


 姫奏が倒されたことで、圧倒的に弱い自分では太刀打ち出来ないと焦燥する石本。それでも時間を稼ぐくらいは出来ると立ち向かう。

 姫奏に向けられた手を振り払うようにマリアを制止する。


「邪魔です……!!」

「くっ……あれっ?」


 一撃でやられた姫奏を目撃していたので、己にも同様の反撃が来ると覚悟したが、予想外にダメージは浅くこれならば我慢できる。


「番長……しっかりして下さいッス」


 一瞬なんとか戦える相手かもしれないと思うが、直ぐに考えが甘いと戒める。


「(それでも、一方的に反撃されるのは変わらない、ここは逃げるしか無いッス)番長!! ちょっとごめんッス!!」


 未知の戦闘力をもつ亡魔獣であるマリアに対して、何の対抗策もない石本は横たわる姫奏を担ぎ上げ退散を決意するしかなかった。

 人を一人抱えて教会から脱走することが出来るかは、一か八かだったがマリアの足は以外にも遅く全速力で教会内を突っ走り、街の中も駆け抜け、気がつけば逃走は成功した。


「はぁ……はぁ……なんとか逃げ切れたッス……」

「……わたし、どうなったの……?」

「気がついたッスか? 番長!!」


 冷たい秋風が吹く公園の中に入り、ベンチに姫奏を座らせる。

 石本は姫奏がマリアに敗北した後、立ち向かったが対抗策が無いため、仕方なくここまで逃げて来たのだと経緯を話す。


「そっか、やっぱりマリアの力は反射する能力みたいだね、でも石本が手を出した時はわたしみたいな強烈な反撃は来なかったんだね」

「そうッス、向こうもダメージ受けてなかったけど俺もそれほど痛くなかったんで、一瞬俺でも戦えるかもって思ってしまったッス」

「わたしが気を失う瞬間、レベル差って口にしてたんだよね。石本のおかげでマリアの能力の仕組みが何となくわかったよ、恐らく、マリアの能力はあの子のレベルに比べて相手のレベルが高ければ高いほど強い反撃が出来るって能力だと思う」

「なるほど……それで俺の場合は軽傷で済んだかんじッスね」


(それでもわたしが助かったのは、ホーリーライトの攻撃力が無いからだったんだろうな……わたしは、この子に助けられたんだ……)


「助けてくれて、ありがと……」

「はははっ、番長の為ならおまかせッスよ!!」

「え?」

「え?」


 公園の外灯が静かに灯った。


 その日の夕方、マリアがいた教会が消失するという怪奇なニュースが話題となった。

『ウエストロッド北部の市街地にて大規模な陥没が起き、少なくとも100人が死亡、行方不明者が150人となっており、地域住民には二次災害の警告が出ています』

 世間では、「うわぁ、キーカ神殿のとこだろ、UFOの召喚とかしてたんじゃないか?」「地獄の門がひらかれたのじゃ……」などと騒がれるこの現象、マニア城の人間だけが真相に気がついていた。


「イヴの無の力……」


 地下300メートル単位で丸ごと消失した教会、派手な証拠隠滅はイヴ達からの人間に対する警告だと畏怖の念を感じる姫奏であった。

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