反転の亡魔獣
・・・ビキ・・・ベリ・・ベリ・・・
・・・パラ・・パラ・・・
「……?」
無言で立ち上がり、微睡んだ表情で生まれたばかりの世界を見る“反転”の亡魔獣の少女。
アシンメトリーになっている髪型で、目はオッドアイとなっている。
姫奏と同じ位の見た目の少女。
彼女が生まれた場所は、戦争の中心部からややずれた市街地。
そんなに遠くない場所で銃声や爆撃による衝撃波が聞こえてくる。
「人間が……人間と戦っているの?」
音の聞こえる方向へゆっくりと歩いて行く途中、路地裏で一人の少年が他の少年から暴行を受けているのが見えた。
「お前、なんで戦わないんだよ」「根性なしが!」
「ううぅ……やめでグレぇ……グスッグスッ」
「おい…あれ、みろよ……は……裸っ」
生まれたばかりの亡魔獣の少女は衣類を身につけていなかった。
横たわる少年をほったらかして裸の少女に群がる少年たち。
「ねぇねぇきみ、服? どうしたん? 敵兵にヤラレチャッタんですか? ハァハァ」
自分と周りの人間と違うものを見比べる。
「そういうの、身につけたほうがいいのね」
よかったら、コチラに良い服ありますよ~と袋小路に誘い込む少年たち。
イジメられていた少年は彼女がその後どうなるのか想像は出来たが助けに行くか迷った。
弱い自分が行ったところで守ることは出来ないし、近くの大人に助けに行くのも荒んだこの土地の大人が本当に真面目に助けてくれるとも限らないと思った。
「うぅぅ……」
保身のため言い訳ばかりの自分自身の弱さに悔し涙しか出ない。
もう、数分がたった……、しかしその後少年たちも少女も出てこない、袋小路になっている場所なのでそろそろ出てきてもいい頃だと思うのだが、ゆっくり……そっと壁に背をあて様子をみる、すると少年たちがうずくまり少女は彼らの衣類を奪い着替えていたのだ。
少年は何が起きたのか理解するのに時間がかかった、少女に傷はなく争った様な素振りもなかった。
「――うッ!」
少年たちは性器から血を流している……、明らかに彼女を“襲った”形跡。
何をどうしたのかわからないが、彼女が彼らを倒した、少年の理解力でわかることはそれだけだ。
「き……きみ、強いんだね……」
着替えに手間取りながら衣類を身にまとう少女。
「私は、弱いよ……最弱の亡魔獣だから」
「ぼう……ま? きみ……どこから来たの?」
ゆっくりと腕を上げ、自分の生まれた繭の方向を指さす。
「あっちから…なんか変なのがあって近寄るなって言われてた所からか……もしかして……キミそこから生まれたの?」
こくりと小さく頷く。
「そうなんだ……」
人間と同じ姿をしているが人間ではない…彼女の強さに納得した。
だが、それでも自分が彼女を見捨てて隠れていたことには違いない、少年はまた自分の弱さを思い出し涙が出てきた。
「……助けに行け無くてごめん…おれ…弱いから……」
泣いている少年を生まれたばかりのひよこが親を認識するかのように見つめる少女。
「女の子すら助けに行けない……なんでこんなにオレは弱いんだろ……」
ずっと沈黙していた亡魔獣の少女がゆっくりと口を開いた。
「……弱いことって悪いことなの?」
「えっ…」
「弱いことは悪いことではないよ」
「……」
「今のままの自分でいるといいよ…」
今まで無表情だった彼女が、微笑みながらそう言ってくれた事が、
少年には、彼女が自分を庇い慰めてくれているのだと思った。
彼女の優しさに、僅かなときめきを感じると、先ほどの露な姿を思い出してしまう。
「うっ……」
ここで、彼女の優しさに甘えたら自分は本物のクズだと思った、だが「弱くてもいい」という彼女の言葉が少年の理性を壊そうとしていた。
「…………」
理性と狂気の狭間に少年は彼女を襲った“彼ら”の事が脳裏を横切った。
股間が締め付けられる…彼女は人間ではない、手を出せば自分も死ぬ。
だが、結局は我が身可愛さでしか自身を抑えることが出来ない自己嫌悪に陥る。
話題を変えていかなければ…本当に腐ってしまう。
「キミは……どうしてここに? 生まれてきた理由とかあるんだろ?」
見た目の年齢的には同世代の少女……しかし生まれてきたばかりの彼女はあどけなく可愛かった。
「私達亡魔獣は一つの概念を持って生まれてきたの」
「が……概念?」
「そう……」
「なんだか…難しそうだな……ハハハ……」
「あなたは、どうしてここにいるの?」
「う……」
自分がした質問がそのまま返ってくるとは……。
「オレは……ここにいるのは…家族がまだ生きてるからさ」
「……家族?」
「こんな、ドンパチばっかやってるとこ…逃げ出したいよ、けど病気の母さんや、弟を見捨てて逃げるなんて流石にできない…」
「あなたの心残りはそれなのね」
ハッとした、人間では無い彼女にそんな事を言えば彼女は家族を殺してくれるのではないかと、いや、この思考が狂っている! 殺して欲しいと思ったのか?皆居なくなれば自分は逃げられると……ははは……どうしようもない……。
――オレは、彼女に家族を紹介した。
彼女の名前を聞いたが、当たり前のように名前など無かった、なのでオレは自分の好きな曲、そして彼女のイメージから“マリア”と呼んでみた。
名などどうでも良さそうにしていたが、無いと困る事を説明すると納得し気に入ってくれた。
「母さん、ただいま」
「あんた……その傷……また喧嘩してきたのかい?」
「一方的にやられただけさ…オレがこの戦争を手伝わないで逃げてばかりだってね」
「母さんは、あんたが生きてくれるだけでいいのよ、あなたの判断は間違ってないわ」
「……母さん」
「それより、そこの人は?」
「ああ、マリアは冒険者さ、こんな戦争地帯にうっかり足を踏み込んでしまったみたいで連れてきたんだ」
「あらそう……マリアさん、ここはとても危険な場所です、今日はおとなしくここで隠れて明日にでも旅立ったほうがいいわよ」
「お兄ちゃん彼女つれてきたのー?」
「ははは、そんなわけないだろ」
「だよねー♪」
「こいつめー!」
「…………」
オレがあんなふうに言ったからマリアがすぐに跳びかかって家族を殺してくれると期待したが、以外にも何もせずおとなしくしていた。
◆家族が寝静まり二人だけの寝室
「どうして殺さないんだ?」
二人きりになった時、彼女にそんな事を聞いてしまう自分が狂っていると思うが、何故か今はまだそう自覚出来る自分が“マトモ”だとも思ってしまう……。
「私の概念は自分より弱いものを守り強いもの挫くだから」
「ああ……さっき言ってたやつね……」
オレのことを生かしているのはオレがクズで弱いからなのね。
オレは確かにクズだ、家族が死んでいなくなればこの土地になんの思い入れもなくなり逃げ出せると言い訳している。が、本当は家族が居なくても逃げる勇気すらない、行動力もないんだ。オレは自分のことを弱いと言われても何も感じない、実際にそのとおりだからだ……。
だが、オレの家族は弱いか? こんなクズのオレでも生きていてくれたら嬉しいと言ってくれる親、生まれてこの方彼女すら出来なかったオレに気を使い茶化しながらも応援してくれる幼い弟、その家族をオレと同列の弱いものと見られてオレは何も感じないでいいのか?
「わたしは、どこに入ればいいの?」
「このままここに入ればいい……」
マリアに手を出せば恐らくオレは死ぬ、だが一度みた彼女の裸体が忘れられずオレはマリアを手放すことが出来なかった…。
簡単な事だ、要するに“手を出さなければいい”彼女の概念というものが良く判らないが、こうしてそばにいる分にはマリアはオレに危害を加える事がないハズ……。
「寝るときは、服を脱いで一緒に寝るんだ」
「そう」
生まれて間もないこいつは、人間界の常識がよく分からないようだった、最初に出会ったのがクズのオレだっただけだ、こんな可愛い子が裸で現れたら他の奴らだってそうするはずさ。
「なにをしてるの?」
「ハハ……いいから見てな……」
手を出さなければいい――オレが勝手に解釈してそう思っているだけ、こんな事をして実際に殺されない保証など無いのだが、だが……、止めることは出来なかった、オレは弱いから――。
マリアも弱いオレの事が好きなんだ、だから大丈夫さ……。ほら黙ってみてくれているじゃないか……。
見れば見るほど、顔はあどけなく、オレがしている浅ましい行為を子供のように見てくれている。
その日は一睡もできず、マリアもオレに付き合って起きていてくれた。
朝、時報のサイレンがなる、起きて戦争を手伝いに行く時間だと伝えるうっとおしいアナログ音だ。
何時もならどこに隠れようか頭を働かせている時間だが、今は違う、昨日拾えた亡魔獣という少女マリアでなにが出来るかと下衆な事をずっと考えている。
「それじゃ、さよなら、私にはやらなければならない事があるの」
そう言って、マリアは去って行ってしまった。
呼び止める事も出来ただろう、だが女慣れしていないオレは何を言って呼び止めるか、などくだらない思考を働かせているうちにマリアを逃してしまった。
生まれて初めて自分の思い通りで出来ると思っていた女の喪失にショックを受け呆然としながら家に帰ると、家から煙が立っているのが見えた。
ここは戦争地帯だ、他人の家が燃える所は何度も見てきたが、自分の家が燃えている所は初めて見た。
何時から燃えていたんだろう、もう家族は焼け死んでしまったのだろうか。
立ち止まりじっと燃えている我が家を見る。
バチバチと火の粉が飛び、屋根が崩れていく、黒煙がモクモクと噴き出している。
オレは、駆け出していた――。
「嫌だ! 家族が死んでしまうのは!」
必死で母と弟を探す……。
「おーい! どこにいるんだ! 生きてたら返事をしてくれ!」
家が軋みをあげ崩れる音と、ずっと共に支えあってきた家族の声を聞き分ける。
「いる……こっちか!」
「お兄ちゃん!」
「助けに来たぞ! もう声を出すな…煙を吸うからな…」
「母さん…母さんもそばにいる…気配がする…ここか!」
「なんで……入ってきたの?」
「見捨てられるかよ……」
――家が崩れる、だが母の足が瓦礫の下敷きになっているのが見えた。
「これで…逃げれなかったのか?」
「もう母さんは助からないよ…あんたたちだけで逃げるんだよ!」
「そんなこと……出来るかよぉ!」
瓦礫をぶっとばし、火事場のクソ力で親と弟を抱えて燃え盛る家から脱出する。
「はぁ……はぁ……」
「お兄ちゃん! すごい!」
母親と弟が泣きながらオレに抱きついてくれた、オレも家族を無事に助けることが出来安心していっきに力が抜けてしまった。
肩で息をしながら空を眺めていると、懐かしい影が見えた。
「また来てくれたんだね……マリア、オレ家族を助けることが出来た……オレ少し強くなれた気がする……ありがとう」
「今のままで入ればいいって言ったのに…強くなってしまうなんてバカな人……」
「マリア……?」
衝撃を感じた――風穴? 胸にぽっかり穴が開いてしまった。
(私の概念は自分より強いものを挫くこと……)
マリアがそう言っていたことを思い出しながら、意識が遠くなっていった。
…………
…………
「あなたはこの世界の終着点に向かう贄としてイヴ様が必ず救世を与えてくれるよ」
『戦争地域であった某国の兵士及び民間人が謎の死、近くに悪臭事件で見られるエクトプラズムを発見、悪臭事件との関連性を……』
「全ての生物達が本当に弱ければ、死の恐怖も悩みも考える力を持てず静かに穏やかに消えていけるのに……私はイヴ様があなた達のために与えた慈悲……私がこの世界で藻掻き苦しむ人達を全て救ってみせるね……私は反転の亡魔獣マリア、あなたがくれた名前大切にするね」
反転の亡魔獣マリアの、弱き者を虐げる強き者に対する無慈悲な制裁によって世界の情勢は変わりつつあった、そして思考を止めた人間はマリアをメシアとして崇めるようになり、亡魔獣マリアによる新国家が生まれつつあるのであった。
しかしその弱き者と強き者の境界線は細く、人類は確実に衰退の道へと誘われていく――。
次回予告
新たな敵、吸引の亡魔獣が現れる。
討伐に向かう姫奏だが、武器である杖を吸い込み無力化を狙う亡魔獣
姫奏の杖に隠された想いとは?
次回 吸引の亡魔獣 掃除機象
お気に入りキャラだったマリアさん。




