漆黒の騎士
シャトレーヌ学園中等部、遊公部の部室に影が忍び寄る。
「誰か来た」
「新しい部員かな?」
歓迎のつもりで、ドアを開けてあげると、そこには生徒会のアンがいた。
期待に裏切られがっかりしながら、アンに話しかける姫奏。
「何しに来たの……って、ちょっと!」
アンは姫奏を無視して、そのまま部屋に進入する。部員たちが緊張する中、アンは神妙な顔持ちで、何かを探しているようだった。
教室や部員たちの顔を物色するように順番に見ていくと、小さくため息をして何もせず部室から出て行った。
「……何しに来たんスかね?」
「何かを探していたよな」
明らかに不審なアンの行動が気になって後を追いかけて捕まえる姫奏。
「あんた、今度は何を企んでいるの!」
大きく呼びかけられたアンは、軽く振り向き目線だけを姫奏に合わせる。
「な……なに?」
「貴女、最近大きな鎧の騎士を見なかった?」
「あ……」
ずっと黙っていたアンの重い口が開けば、前日戦った漆黒の騎士の事を思い出す。
姫奏の反応をみて、アンが質問を続ける。
「……聞いたほうが早かったみたいね、いつ、どこでみたの?」
「一昨日くらいに、場所は……ツパなんとかの洞窟……の、近くだったかな?」
「ツパベンロケコニ?」
「それ」
素直に聞かれたことを答える姫奏、アンは手で口元を抑えていつになく真面目な顔をしている。
「時間も合う、間違いない……か」
そう言うと、アンは学校の玄関に向かって歩いて行った。
「あ、待って、そのモンスターだけど、わたし倒しちゃったよ?」
「倒した? 貴女が?」
アンは一瞬驚いて、その後姫奏の実力を認めて微笑んだ。
「情報提供ありがと、強くなったわね」
「あ……ど、どういたしまして……」
宿敵から感謝され、更に褒められてしまい酷く戸惑ってしまう姫奏だった。
アンと別れ、部室に戻ると、心配した部員が姫奏を囲む。
「どうだった? 何かわかった?」
「うん、漆黒の騎士のモンスターを探していたみたいだね」
「漆黒の騎士? そんな奴がいるの?」
「いたんだよね、初めて見る敵だったんだけど、結構強い敵だったよ」
「番長が強いと認めるなんて、凄い強いって事じゃないッスか!」
石本が目を輝かせて言う。
「どう強かったんだい?」
美月も姫奏が苦戦したモンスターに興味が湧いたようだ。
「なんていうか……うん、すごく戦略的だったんだ」
「戦略的?」
姫奏が漆黒の騎士との戦闘を振り返りながら話を続ける。
「今思えば、ホーリーフレームのバリアを小さな攻撃で解除されて、そのあとに本命の一撃をしてきたような……」
「おいら達のjobスキルの仕様を知って攻撃をしたってことか」
「そう」
バリアを貼る事で攻撃を防ぐホーリーフレームのスキルだが、耐久度の他に耐久回数があり、その回数を超過すると例え耐久度が余っていても解除されてしまう仕様がある。
「偶然じゃないッスか? そんな頭いい事、モンスターにできるはずないッスよ!」
今となっては偶然かどうかの判断はできず、う~んと腕を組んで悩むのみだ。
「モンスターじゃないかもよ……」
そこに、ずっと会話を聞いていた千雪がポツリと呟くように言った。
なるほどと、美月が続く。
「傀儡みたいなやつだな」
「人間が操っていたってことッスか?」
「言われてみれば、人間的な動きだったかも」
一生懸命考察する3人を、戸惑う表情で見守る千雪がいた。
そんなある日、事件が起きた。
倒したと思っていた漆黒の騎士が街の中で現れたのだ。
『今日のニュースです、先日現れた漆黒の騎士が、再び現れ魔術師2名が重症を負っています』
マニア城の食卓で、朝食を食べている時やっていたテレビのニュース速報を見て身を乗り出して指をさす姫奏。
「え……こいつだ、わたしが前に倒したやつ!」
「部活でいっていたやつだね」
「これは、人型搭乗兵器ですね」
「ふくべえさん知ってるの?」
マニア城の主であるかみやふくべえがテレビに映る漆黒の騎士の正体を言い当てた。
「古代の魔法戦争で考案された、人間が中に入り動かす傀儡で、別名魔導アーマーとも言います」
「ん? 中に人がいて動かしてるの? へぇ~、だから町中にも入れたんだ」
通常モンスターは街の中までは入ってこられず、騒動が起こることはまずない。
更にニュースキャスターが視聴者に注意喚起する。
『騎士は、スキル耐性を付けるために魔術師を襲っています、遭遇してもむやみにスキルを使用しないでください』
「スキル耐性?」
姫奏が疑問を口にすると、かみやふくべえが解説してくれた。
「属性耐性のことですね、この鎧の騎士は前回炎のスキルを受けたのですが、今回それが通じなくなっていたようです」
「そんなことできるんだ」
「耐性をつける手段は世の中には沢山ありますよ、耐性が100%あればその属性からのダメージは受けなくなり無敵になります」
「え……じゃあ、光耐性100%の敵が現れたらホーリーライト効かないってこと?」
「そうなりますね」
「あ、これだ……!! ずっと探していた本当の問題は……」
光属性の魔法しか持たない聖職者にとって光耐性100%の敵の脅威は凄まじい。
アンが、漆黒の騎士に勝てたことを褒めた理由は、この壁を乗り越えていたからだ。
だがそれは姫奏が偶然ホーリーライトの速度増加による付与実験の結果、敵が100%耐性を身に付ける前に、強力な一撃によって倒せていたことが幸運だっただけ。
(もし、あのとき判断を間違えていたら、わたしはあいつを倒す事が出来なかった?)
打開不可能な敵の可能性に気が付き、独りで煩悶してしまう姫奏の手を千雪が強く握って支えてくれる。
「姫奏ちゃんなら大丈夫だよ」
「ちゅき?」
「ちゅきさんの言うとおりです」
「ふくべえさん?」
「ホーリーライトを最後まで信じて上げてきた姫奏さんには天啓の力が与えられますよ」
「……?」
「ま、一人でなんでもしようとしないで、ちゅきさんとか頼れば済むことだろ、さっさと朝食食べて学校行く時間だろ」
美競刃が話をまとめて、奮い出すように朝食を勧めた。
温かく支えてくれる仲間達にもっと寄り添う事も必要なのかもしれないと心の葛藤を引き摺る姫奏だった。
ジメジメした梅雨時期の昼間、珍しく晴れた日だった。それでも湿気が肌に纏わり付いていい天気なのにさっぱりしない。
姫奏と千雪は屋上にてフェンス沿いに佇み、校庭を見下ろしている。
「漆黒の騎士のことだけど、アンと協力して解決できないかな」
「生徒会長と……?」
「うん……この事件、アンも解決したがっていたみたいだし……」
「姫奏ちゃんがそうしたいなら、いいと思うよ」
橙色に染まる夕暮れの校舎内、生徒会室では、アンが一人机に伏せていた。
開け放たれていた窓からは、時折涼しい風が吹き込んで、橙色の室内に揺れるカーテンが影を彩る。
机の上には、白雪姫の絵本が開かれたまま置いていた。
普段の彼女からは想像出来ない程、今は静かに安堵の様子で眠りについている。
「……全く、貴女という人はまだ引き摺っておられるのですね」
「…………ッ」
泡沫の微睡みは不意に途切れ、薄く開いた瞼は、目覚めた現状を未だに把握しきれない様子で、視界に入り込む男の姿を見て思い出す。
アンは、起き掛けで不機嫌そうに険のある面持ちで、口を開いた。
「やっぱり、貴方だったのね」
同刻、姫奏達は生徒会室の前に立ち、扉を開けようとしたとき、二人の会話を立ち聞きしてしまう。
再び室内で二人の会話。
「死者は、生き返らないですよ。この世界に死者蘇生のスキルは無いのです」
「私は、大魔術師よ。jobスキルになど初めから頼る必要など、ない……それより私から盗んだ物を返してもらえるかしら?」
「……くふっ、ふふふ……。わかってないですね、生徒会長……、あなたは解放されるのです」
「……? そう……」
アンは、静かに絵本の表紙を、閉じた。
――その瞬間、激しい轟音と共に、生徒会室の窓ガラスが割れ、アンは放り出された。
その音を聞いて、扉を開けて見れば、室内は荒れ噴煙に包まれていた。
失われた壁から先の景色からは漆黒の騎士と、生徒会長アン・シャトレーヌが一騎打ちを始めていた。
「生徒会長ォォォッ!!」
空中に投げ出されたアンは巧みに風の魔法を操り着地する、大地を踏みつけ猛突進する漆黒の騎士。
巨大な長剣を振りかざし、接近を試みるがアンの無詠唱の魔法によって拘束される。
「ガラスの壁……!」
姫奏がいつも己を苦しめる例の拘束スキルによって閉じ込められる騎士の姿に息を呑む。
「無駄です!」
巨大な騎士は拳を力いっぱい握りしめ渾身の一撃を内部から打ち込むとガラスの壁が砕け散った。
「魔法はもう効きません!!」
間髪入れず、火球が騎士に衝突するが、鎧の表面に煤がつくだけでダメージは無い。
「全てのjobスキルの耐性が付いたこの鎧、魔術師の貴女が突破することなど無理なんだ!!」
漆黒の騎士は鋭利な刃を高く掲げ振り下ろす、アンの柔らかい皮膚を切り裂き血しぶきが飛び散る。
「あの剣筋、あいつか?」
戦闘をみた、美月が、鎧を操作する人物の正体に気付く。
以前戦った生徒会の役員で、剣道部の男。
「アン……なんで……戦わないの……?」
斬撃を浴びながらもアンは微笑んだまま漆黒の騎士の様子を伺っていた。
「この強さ……! これなら、生徒会長……貴女を……!」
風を操作し、ギリギリの回避を繰り返すだけのアン。
それでも騎士の剣捌きは素早く、2度、3度と続けて深い傷を与えられていく。
それでもアンは、愉しげに嗤い、滴る血を指先で優しく撫ぜて擦り付ける。
「貴方が、殺してくれるなら、私は幸せになれるのかしら?」
「はい……貴女の無限回廊を終わらせる力がここにッ!」
一途な少年の意思を感じ取り、アンは普段とは違う愛らしい笑みを浮かべる。
「なら、殺して? ここを一突きするだけよ」
アンは無防備に身体を差し出し、心臓に指を当てて挑発するように微笑む。
姫奏が二人を遮るように叫ぶ。
「ちょっとアン!! わたしと決着付ける前に何死のうとしてるの!! 逃げるき!?」
そのまま駆け寄り漆黒の騎士の方に向かい、真正面から立ちはだかった。
「なんだ、邪魔ですよ、今はあなたは関係ないッ!!」
「関係ある! アンを倒すのはわたしなんだから!!」
姫奏の登場に、アンの口元が自然と上がる。
「クスクス……、そういうことだから……。私を止めることは貴方には出来ない、悪いけどこれ以上の介入は歓迎しないわ」
そう言い残し、アンは静かにサイレントリベリオンの銃口を漆黒の騎士に向け、引き金を引いた。
魔弾は、騎士の右半身を破壊し、バランスを失い崩れ落ちる。
中にいた少年が吐き出されるように鎧から射出され、そのまま地べたにひれ伏す。
「生徒会長……な、ぜ……」
「私は、終焉を与える側だからよ」
「くっ……」
涙を流し悔しがる少年に、そっと近づき耳元で囁くアン。
「いつでも止めに来なさい……貴方と過ごす時間も愉しかったわよ。それまでその玩具は貴方に預けておくわ」
少年はその言葉に、涙を飲んだ。
伸ばした手はまだ切り落とされず、希望を掴む事が出来るチャンスを得た。
漆黒の騎士の事件は幕引きとなる。
「なんか、わたしが止めに来なくても、結局アン一人で解決しちゃったね」
「……私の茶番に付きあわせてわるかったわね……」
「茶番?」
恥ずかしそうに目を逸らせるアンだが、姫奏にとっては、よくわからないうちに話が進んで終わるイメージだった。
「…………まぁ、いいわ」
騒動の一端を見届けていた生徒が集まってくる。
「逃げるわよ」
「え?」
少年は傷害事件の容疑者なのでそのうち警察もやってくる。
アンは少年を連れて去っていった。
結局その日は帰りが遅くなり、疲労困憊で帰宅することになる。
「なんだか、今日は疲れちゃったね、帰ったら一緒にお風呂入って寝よっか?」
「え……」
「あはは、ちゅきが赤くなった~」
「夕日がうっただけだよ!」
もう夕刻の頃ではあるが、太陽はまだ南西の方で高々と地面を照らしている。
その光が反射して、未だに空気は暑い温度を保ったままで、たまに涼しい風が吹く程度だった。
マニア城に通じる情景は自然が豊富なあぜ道を進み、コンクリートで固められた学園の周辺に比べれば幾分瑞々しく心地が良い。
二人はこの道を仲良く手を繋ぎ通り過ぎていくのだった。




