幸せな食卓
草木も眠る丑三つ時、今夜は新月だった。
星々の輝きは、澄んだ大気を貫き、まるで降ってきそうな程の迫力を見せる。
姫奏は、冷え冷えとした大地を速度増加のスキルを纏、高速で駆け巡る。
聖職者用に作られた薄いローブは、シットリと湿り気を帯び体の曲線に張り付いてくる。
上下の弓をアシストした時に気付いた応用技、光の電磁波を赤外線として射出する。
(これなら……目を瞑っていてもどこに何があるか分かる)
本来赤外線を感知するには、蛇が持つと言われるピット器官が必要なのだが。
姫奏は自らのホーリーライトの光ならば例え極小の光子になっても感じることが出来る。
姫奏は着実にマニアとして覚醒しようとしていた。
「昨日の洞窟まで来た……」
部活メンバーと別れて解散した後、姫奏は再び一人でこの地を訪れていた。
帰りの馬車の中で気になる影を見て、それを追っていた。
「やっぱり見つけた時追っておけばよかったかなぁ……」
夜が明け始め、遠くの雲が紫に色づき始める。
猟区ギリギリの範囲まで踏み込んでいく姫奏の目に追跡中のモンスターが写り込んだ。
(いた……大きな鎧の騎士……)
10メートルはある巨人が、漆黒の甲冑に身を包んで、虚ろに彷徨っていた。
(こんな強そうなモンスター初めて見た、きっと大人の冒険者しか入っていけないような場所に出る上級モンスターだ)
今の姫奏のレベルでは、中等部で狩りに行ける範囲の敵では既に役不足で張り合いがなくなっていた。
アンと戦うには、どうしても格上のモンスターと戦い実力を付けたかった。
気配を消して漆黒の騎士の元へ近づいていく……、その時、漆黒の騎士の足元に狼の群れが現れた。
騎士は、巨大な剣を振りかざした。
(……うわっ!? 凄い……)
獣達は、たった一振りの剣によって散らされる……。
鋭い刃によって無残な姿に変わってしまった。
光沢のある漆黒の鎧が血に濡れて妖艶な雰囲気を醸し出す。
(凄い攻撃力……最初の一撃が大事かも……)
姫奏は全力で挑むために、己に支援スキルをかけ直し。漆黒の騎士に向けて第一撃目の攻撃を仕掛けるために集中した。
「ホーリーライト!!」
「―――――――!?」
深淵の闇の余韻を残す払暁に、強烈な閃光の洗礼を受けた漆黒の騎士は目を抑え暴れ始める。
度重なる戦闘で、初撃を与えた時、おおよその確殺数を計算出来るようになっていた。
「大体あと10発くらい……かな」
隙を見て、追撃のホーリーライトを放つ姫奏。
2発、3発……と正確に攻撃を当てていく。
姫奏のホーリーライトで姿勢を崩し、片膝を突いて倒れこむ騎士。地面についたショベルカーのように大きな手を握ると、そのまま肘を上げ掴んだ土砂を姫奏に向けて飛ばした。
「うわっ……」
砂礫が襲いかかり回避する、何粒かは被弾するが、ホーリーフレームのバリアによってノーダメージだった。
しかし、漆黒の騎士はホーリーフレームのバリア状態が解除された姫奏の懐に勢い良く踏み込むと、無防備な脇腹に、巨大な体躯を屈ませて獣の血に濡れた長剣を振るった――!!
「あゔっ――ヒール……!!」
剣の切っ先ですら姫奏の体を分断出来る位巨大な長剣。
腹の半分ほど斬られ、内臓が見えかけるが瞬発的に治癒魔法を唱えることで命を繋ぐ。
聖職者には本来スキルとして普通のヒールとは別枠にダメージを受けた時に発動する〈カウンターヒール〉というスキルがあるのだが、姫奏の場合戦闘技術として普通のヒールを反射的に発動する技術を身につけたのだ。
「……あぶない、死ぬかと思った……」
想像以上の威力に、一回のヒールでは完全回復出来ず、間合いを取りながら己に数回掛け続けた。
「近づくのは危険かな、よし、早速あれ試してみよう……!」
相手の剣の間合いからずっと離れ、姫奏は杖を掲げて狙いを定め、瞳孔がキュッと開く。
「ホーリーライト!! 速度増加!!」
ホーリーライトに速度増加のスキルを付与し光速を超えた光速が漆黒の騎士を猛烈に貫き、瞬きすら許されない一瞬の出来事が起き、ホーリーライトは地上から飛び出す流星のように消えていった。
漆黒の騎士は土煙の中に飲み込まれるようにして崩れ落ちた。
「凄い威力……!! これなら魔法使いの大魔法と肩を並べられる……?」
単体攻撃スキルとしては戦闘職である魔術師に引けをとらない手応えを感じるが、運用を考えた時起こる欠陥に気がつく。
「たとえ威力で互角になっても、発動のタイミングで後手に回ってしまう、か……」
光の速さで放出されるホーリーライトへの支援行為は、ホーリーライトと共に成長してきた姫奏だからこそ出来る神業で、神速の重ね掛け行為だが、無詠唱で発動するアンの攻撃と互角に渡り合うにはその僅かな差ですら大きな壁となる。
(問題は、それだけじゃない。わたしにとって……いや聖職者にとって最大の難問がある)
唯一無二の相棒である聖職者の攻撃スキル光魔法ホーリーライト。
姫奏は先日のアンの対決から自己スキルの考察を続けてきた。
姫奏の現在使用できるスキルは、ヒール1レベル、速度増加1レベル、魔力増加1レベル、ホーリーフレーム1レベル、ホーリーライトは20レベルまで上げていて、残りスキル取得制限は26単位。
スキルは一度覚えてしまえば後戻り出来無いため、余裕を持って取得枠を残している。
今回の実験で、支援スキルはホーリーライトにも有効であることを発見したので、今後様子をみて支援スキルの向上も視野に入れている。
しかし、前日のアンとの対決によって証明された、現在のスキルだけではどうにもならない現実の壁がある。
「ブラックカーテン……プリズンルヴェール……剣があれば切れたり、壊せたり出来そうだけど……」
光であることと、魔法であることの概念。
聖職者は、剣士のように強力な武器を装備できない、魔力を主体にしている姫奏が今更武器を持ったとしても役には立たない。
「うーん……けど、もっとな~……何か、単純な脅威が残っている気がする……」
スキル考察をすればするほど、答えのない迷宮に入り込んでしまったような気分になる。
そう悩んでいるうちに、太陽がのぼり明るくなってきた。
「あ、そろそろ帰らないと、ちゅき起きてきちゃう」
親元を離れ一人暮らしをしていた千雪は、あの日ケンタとの壮絶な戦闘によって住居が破壊されてしまい、住む家がなくなってしまった。そこで姫奏の(強引な)計らいでマニア城に居候することになっていた。
「ちゅきも一緒に狩りに来てくれればいいのになぁ」
最近は部活の仲間たちと賑やかに狩りをすることに慣れて、深夜黙々と一人で狩りをするのは少し寂しく感じる。
「けど、ちゅき、疲れさせちゃうかな」
自分は寝ないで狩りをすることに慣れているが、一緒に狩りをするとなると、どうしても千雪に無理をさせてしまうことになる。
そう思うと、一緒にいたい気持ちの反面誘えないでいる。
姫奏は千雪から狩りを一緒に行こうと言ってくれるまで待つことにした。
ケンタの暴走した力や、アンの地獄の業火ですら完全に防ぐ無敵の傘を持ちながら、戦闘に消極的な千雪。
彼女にはなにか戦いを抑制するものがあるのかもしれない、親友だと思っていてもまだまだわからないことが多いと悩む姫奏だった。
色々考えているうちに、自宅であるマニア城に戻ってきては、そのまま自室に直行しそっと中の様子を伺う。
千雪の寝ている姿をみて安心する。時計を見ると4時過ぎだった。
(シャワー浴びてきても、3時間位は寝れるかな?)
姫奏は無意識に3時間睡眠法という高効率睡眠をしている、人間にはレム睡眠、ノンレム睡眠という睡眠のサイクルが存在していて、一般的に90分サイクルでレム睡眠とノンレム睡眠は巡っている、なので3時間眠ればちょうど一巡目で効率よく目覚められるのだ。
(おやすみ、ちゅき)
朝7時頃、千雪より後に寝た姫奏だったが、先に目が覚める。
まだ、すぅすぅと寝息を立て眠っている千雪の頬をぷにぷにとつつく。
「うーん……姫奏ちゃん……」
(……………………)
部屋にある適当なヌイグルミを集めて千雪の顔を埋めていく。
「……え……この膨らみは……」
まだ夢のなかにいる千雪に、ヌイグルミを3個、4個、と続けて埋めていくいたずらを繰り返す姫奏。
「え……増えた……って、え……?」
ようやく目を覚ます千雪だが、ヌイグルミで埋められている己の状況がわからずパニックになる。やがてヌイグルミが崩れて隙間からいたずらっ子の顔が見えて、ぷうっと頬を膨らませて睨みつける。
「姫奏ちゃん……なにしてるの?」
「あはは、ちゅきが怒った~! それより、わたしの夢みてたでしょ~? 名前呼んでたよー」
「え……ゆ、夢……!?」
姫奏が詰め寄ってきて、怒りより恥ずかしさで顔が紅潮していく千雪だった。
姫奏は容赦なく迫ってくる。
「えーなになに? 赤くなるような夢なの~?」
「うぅ~……っ、えいっ!!」
調子に乗っている姫奏に言い返せなくなり、埋め立てに使われていたヌイグルミを投げつけて反撃する千雪。
「おおっ! やったなぁ~!」
ベッド上で激しいヌイグルミ投げ合戦が勃発した。
「おおい、ガキンチョ共、そろそろ朝ごはん食べないと遅刻するぞ!!」
親切心で呼びに上がってきた美競刃だが、パジャマ姿の少女から「勝手に入るな!」と言わんばかりにヌイグルミ攻撃を顔面に受けるのであった。
パジャマ姿のまま洗面所の前に二人で並ぶ。
「ちゅきがいると、朝から楽しいね♪」
「私は疲れたよ……」
「えー疲れちゃったの?」
「姫奏ちゃん、朝から元気すぎるよ」
「ちゅきと一緒だからね♪」
「またそういうことゆう……」
満面の笑みでそう言われると、怒る気にもなれない。
「まるで恋人みてぇだなぁ~」
二人のやり取りに和みながら朝食を用意する美茎刃。
「美茎刃間違っているよ、恋人って男女でないと成立しないんだよ」
「はいはい、お子様はそうですね、じゃあ召し上がってくださいな」
なに言っているんだこいつ? と思いつつも、「いただきます」をして目の前に出された料理を食べ始める姫奏。
「ちゅきさんと一緒だと、まじめに朝食べるんだなぁ」
頬杖を付きながら出された朝食を食べる姫奏を観察する。
「姫奏ちゃん朝ごはんいつも食べないでいたの? こんなに美味しいのに」
「おっ、ちゅきさんは嬉しい事言うねぇ」
「別に、美味しいとか不味いとかでなく、食べることが面倒くさいんだよね」
「めんどくさいってなんだよ。ちゅきさんに比べて、お前は本当にめんこくねぇなぁ」
「うん、ちゅきは可愛いからね」
「はは……自分は可愛くないって認めるんだ」
「ちゅきに比べたらね」
「ほぉ~……」
隣で二人の会話を赤面しながら聞く千雪が可愛かったので、一言突っ込みを足そうと思ったが、隣の友人に免じて黙っておくことにした美競刃だった。
「ごちそうさまでした」「おそまつさまです……と」
「じゃあ、いこっか!」「うん!」
二人を送り出してから、かみやふくべえが城内から顔をだした。
「本当に二人は、仲がよろしいのですね」
「そうだな……見てるこっちが恥ずかしくなるぜ」
仲良く二人で登校する姿を見送る、マニア城の人々。
幸せそうな二人を見ていれば、自分達まで心が暖かくなる。
この幸せな時間をいつまでも見て行けるならと願う。




