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マニア城の人々と学校と誘拐犯と

「あ~っ、またおじいちゃんが~!」

「ガッハッハ……まだまだワシの足元にも及ばないのぉ!」

「このぉー!」


 若いころ戦闘狂だった外組偽は時々マニア城の住人に勝負を仕掛けては格闘家の記憶を取り戻し超人的な動きで相手を蹂躙してしまう。大抵の住人は外組偽の実力を知っているので開始早々降参するのだが、姫奏の場合負けず嫌いの性格が災いしてムキになって勝負を受けてしまっている。


「おやおや、朝の運動ですかぁ? 今日もお二人は仲良しですね~」


 平和そうにその光景を見守る介護職員の艦愈血鬼移かんめいけっきい

 他の一般的な老人ホームでもこの調子で戦闘行為をしてきた外組偽老人。当然ブラックリスト入りしどこの施設もお断りされ、マニア城にて血鬼移監修の元入居をするに至った。

 マニア城ならば、それなりに腕の立つ人間がいるので、外組偽老人も遠慮なく自由に生活をおくる事が出来ると考えた。のだが……、外組偽老人は強すぎた。

 そして、マニアのことは同じマニアが一番良く知っていて、だれも格闘マニアに真面目に格闘を挑もうとはしなかった。


(う~ん、今では外組偽さんとちゃんと遊んでくれるのは姫奏さんだけですか、まぁ二人共楽しそうですし、僕の判断は間違いなかったでしょう)


 ……実際には、お互い真剣勝負で遊びのつもりはない。

「こうなったら、わたしも本気だすからね! くらえーっ、ホーリーライト!!」

 姫奏が蓄積杖を取り出し、先端に装飾されている十字架が魔力を集め輝き出す。

 姫奏のホーリーライトが、外組偽老人に浴びせられる。

 だが……、姫奏の渾身の魔法に不敵な笑みを浮かべ対峙する外組偽老人。

「クハハッ! そんな光ワシのハゲ頭で反射してやるッ!!」

 両サイドに若干白髪が残っているが、頭頂部はツルツルな外組偽老人。自らのハゲ頭を自虐的に有効活用し、光魔法ホーリーライトを反射させ、術者の姫奏に技を返した。

「うわぁ! わたしの魔法眩しすぎる! さすがわたし!」

 とんぼ返りしてきたホーリーライトに自画自賛する姫奏。二人の掛け合いに最近のマニア城はいつも大賑わいだ。


 いつまでも戦闘行為をやめない二人の背後で、遂に怒りのオーラをまとい止めに入る男。

「お前達……朝飯の途中でなに動きまわっているんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 マニア城中に響き渡る程の大喝を飛ばしたのは、炊事係の茎放美競刃けいほうみけいば

 せっかく準備した料理も暴れまわる二人に滅茶苦茶にされ怒り爆発である。

 美競刃はマニア城では古株で、かみやふくべえとは古くからの付き合いがある、姫奏の事は赤ん坊の頃から見てきて、そんな姫奏でさえ有り余っているのに、外組偽老人というトラブルメーカーが増えて現在マニア城で最も被害を受け苦労している住人であった。


「血鬼移さんも、食事中くらいは外組偽さん止めて下さいよ……この場で止めれるの血鬼移さんだけなんですから……困りますよ……」

「いやいや……申し訳ないです、つい二人が楽しそうに遊んでいるので、見入っちゃって」

 どこか抜けている介護職員の血鬼移だが、騎士のjobクラスを持つ上級冒険者でマニア城の中でも屈指の戦闘力を持っている。

「ちょっと、わたしは別に遊んでいたわけじゃないよ、本気でおじーちゃんと勝負してたんだからね!」

 そう言いながら、手際よく栄養粉末を溶かして飲み始める姫奏。

「ちょっとまていッ! 朝はちゃんと食べなさいっていつも言ってるだろーが!」

「あはは、みけーばってお母さんみたいだね~」

 条件反射で同じ説教をする美競刃なので言われる方も慣れてきている。

「そればっかだから、背が伸びないんだぞ」

「ちゃんと食べないとワシの様な立派な歯にならんぞ」

 しかし、突然の波状攻撃を受ける姫奏であった。

「な……中学に行けば伸びるもん! おじいちゃんのは歯じゃなくて入れ歯でしょ!」

「なに! いつワシが入れ歯になった!」

 入れ歯をガタガタ言わせながら叫ぶ外組偽老人、それをみて血鬼移が介護職目線でなんか言い出す。

「おや、外組偽さんの歯浮いちゃいますね、今度歯医者さんに見てもらったほうがいいですね」


 こんなぐだぐだな日常で朝からストレスをためてしまう美競刃だった。

「俺のほうこそ、介護が必要になりそうだよ……はぁ……」

「朝ごはん終わり~! ごちそうさまでした!」

 グダグダの隙に抜け出していく姫奏。



「あ……逃げられた! 朝ごはんちゃんと食べろ!」

「友達が待っているから急いでいったのじゃな……」

 外組偽老人がそう言うと間を置かずツッコム二人。


「姫奏さんに友達とかいないですよ~外組偽さん、誰かと勘違いしているみたいですね~」

「外組偽さんのボケもエッジが効いてきたなぁ~」


 和んでいるなか姫奏が身支度を終わらせ再び現れる。


「わたしにだって友達いるし! いってきます!」


「本当だったのか……すげえ怒っていた……」

「強がりじゃないですか? 姫奏さん流の」

「お主達……ひどいのぉ……」



 ◆



 毎日通っていたはずの何気ない通学路も、先日の千雪との出会いからは特別なものに感じる。

 朝の空気に溶けこむように透明感のある少女、御徒原千雪。あの時ヨークサイテリア犬との出来事があったから、こうして千雪の存在にも気がつくことが出来るようになった……。そう思えば、あの臭い犬との出会いも無駄ではなかったと思えてくる。

 歩いている千雪に駆け寄って声をかける姫奏。

「おはよう、ちゅき!」

「あ……」


「ん? ちゅきだよね」

「うん、おはよう。姫奏ちゃん」


 姫奏の挨拶に挙動不審になる千雪だったが、すぐに何事もなかったように挨拶を返し、二人は並んで歩き始める。


「さっきなんで間があったの? 人違いかと思っちゃったよ」

「あまり声をかけられたことないから、どう挨拶をすればいいか考えちゃった」

「ははは、ちゅきって面白いね~」


 些細なことでも考えてから喋る千雪、考える前に行動に移せる姫奏にとっては新鮮な発想だと思った。

 逆に積極的で行動力のある姫奏は千雪にとっても気になる存在になる。

「姫奏ちゃんは、誰にでも挨拶できるの?」

「誰にでもはしないよ、ちゅきは友達だからだよ」


 そう言った途端、千雪は歩みを止め驚きの顔のまま固まってしまった。その反応に焦る姫奏。


「あれ……そう思っていたの、わたしだけだった……?」

 朝、家で思いっきり友だちができたと見栄を切って出てきたのにどうしようかと思い不安になってくる。だがこれも千雪の個性であった。

「あ……、違うよ。そう言ってくれる人も始めてだったから驚いちゃったの……、そっか、私にも友達ができたんだ~……」

 自分の事なのに、人事のように自分を見つめなおし、しみじみと友達という言葉を噛みしめる千雪だった。

 不思議な感性をもつ千雪に、姫奏がフォローをとばす。


「わたしも、ちゅきが初友達だけどね!」

「姫奏ちゃんなら友達沢山出来そうなのに……ね」

「それが出来なかったんだよ~ははは」


 姫奏の意外な一言に、さっきとはまた違う驚きの表情を見せる千雪、そしてそれを気にせずお気楽に前向きな様子の姫奏。

(人気がありそうな人なのに、なんでなんだろう……)

 姫奏になぜ友達が出来ないのか真剣に考えこむ千雪だった。


「……って皆してわたしに友達いないって言うんだよね、酷いよね~……って聞いてた?」

「あ、考え事していたかも」

 朝の出来事を話す姫奏だったが、完全に上の空だったようだ。


「ちゅきは、ぼーっとしていても可愛いから友達出来そうなのにね」

「え……?」

 一見大人しい千雪だが、会話している間表情がよく変わる事に気付き、感情豊かな一面があることを示唆する姫奏だった。

「まぁいいや、じゃあ学校ついちゃったし、またね~」

 クラスがバラバラなので二人はここで別れてしまう。

 元気に去っていく姫奏の姿を名残惜しく見送る千雪であった。


(帰りも一緒に帰れたらいいな……)




 ◆




 授業が始まる。担任の女教師が黒板に白いチョークで題目を書いていく。


「今日は、人間が扱う魔法・スキルについて勉強します」


 この世界では生まれつき魔法が使えるわけではなく、小学校就学時にjobという物を身につけられる。Jobは、剣で戦う事が得意ならば剣士、魔術など人間が持つ未知の力を使うのが得意なら魔術師、人助けが好きならサポートの得意な聖職者などがあり、それぞれ固有の魔法やスキルがある。


「皆さんが小学校に入学した時それぞれのテストを行い個性や特性を活かしたjobになりましたね…なかにはテストの診断を無視して自分には 合わないjobになったり途中から別な素質がみっかったりされた人もいますが…」


 姫奏をちら見して話を続ける教師。


「早期に人生を決める大事な決断をするのは、意味があります。魔法・スキルを覚えるには皆さんのような成長期にこそ効率よく習得ができるからです! 先生みたいなおばさんにはもう魔法を覚えることが出来ないんですねぇ~」


 6歳から15歳までの時期が一番スキルの習得に効率がいい成長時期であり、20歳を過ぎたら数年に1個のスキルしか覚えることが出来ないことが分かっている。


「皆さんが18歳の大人になるまでにそれぞれのjobの基本となる魔法やスキルを身につける事が学生の勤めです。が、スキルには〈取得限度指数〉というものがあるのですね~」


 黒板に『スキル取得限度指数について』と書いて説明していく女教師。


「人間が未知の力の魔法を扱うためにjobという制度をつくりましたが、残念ながらどんなに優秀な人間でも50のスキルしか覚えることが出来ないのですねぇ~なので……」


 ――黒板に聖職者のjobならば……と例を書き込んでいく。


「聖職者は仲間を回復する〈ヒール〉というスキルや身体能力を向上させる補助スキルなど色々な種類のスキルをもつ複雑なjobです。もしこのスキル取得限界を〈ヒール〉に50つぎ込んでしまえば、とても素晴らしい回復力をもつ〈ヒール〉を扱える聖職者になれますが、他の〈身体能力向上〉など優秀な支援スキルが扱えない人間となります」


 聖職者のスキルをずらずらと黒板に書き込んでいく女教師。


「これだけの魔法が聖職者にはあります」


 その中に〈ホーリーライト〉が書いてなかった。


「先生、ホーリーライトがないんですけど」


 聖職者のjobの姫奏が自分の得意魔法〈ホーリーライト〉が書き忘れていることを指摘する。


「あんな魔法だれも覚えないので書くの忘れてました」


 クラスメートの冷ややかな笑いが教室を取り囲んだ。

「まぁ……聖職者というjobは仲間を支援し協力する為のjobで攻撃魔法など必要がないのですね、その攻撃魔法も……攻撃魔法といっていいのか分からない物ですが」


「しってる? 〈ホーリーライト〉ってLED電球より暗いんだって~」

「まじかよ、俺でもつかえるじゃんホーリーライト」


 女子生徒と男子生徒がヒソヒソと話しているのが姫奏の耳に入り込む。


「わたしの〈ホーリーライト〉はもっと明るいし!」

「ふふ……明るいッw」


 意地の悪い微笑みを口元に浮かべている女子生徒。


「まぁまぁ…落ち着いてください、折角なので〈ホーリーライト〉の説明もしておきましょうか、〈ホーリーライト〉は聖なる光で周りを照らし悪魔を追い払う魔法ですけど…さっき誰かが言ったようにLED電灯でも同じことが出来ますし、魔法使いのjobなら追い払うだけでなくちゃんとした攻撃魔法で撃退できるのでまぁ……ほんと何のためにあるんでしょうねこの魔法」

 再びクラスが笑いに包まれるが、姫奏だけが意固地になって反撃する。

「ホーリーライトはちゃんとレベルを上げていけば強い魔法です!」


 姫奏が反論するが教師はやれやれといった冷めた態度で説く。


「攻撃力のない魔法ではレベルも上げられませんし、支援のできない聖職者は仲間と一緒にレベルを上げることだって出来ませんよ、姫奏さん」

「くっ……」

 姫奏は仲間を支援する類のスキルを削り、一部単体の身体強化魔法とホーリーライトを有用に使うための補助スキルにのみ心血を注いでいる。

 そのようなスキル振り分けをしてしまった生徒はどんなにレベルを上げても誰からも必要とされないのがこの世界の厳しい現実だった。


『キーンコーンカーンコーン』


 授業を終わらせるチャイムがなった。

 日直の号令と共に女教師が教室から出て行く。一緒に出てきた隣のクラスの男教師が声をかけてくる。


「随分エキサイトした授業だったみたいですねー、例の生徒ですか?」

「まったく困ったものですよ、聖職者なのに支援魔法を覚えないで使えもしない攻撃魔法を覚えるなんて」

「けど、魔力は学校一なんですもんね~」


 成績だけで言うならば、姫奏の能力は他の追随を許さない程高かった。


「なんで、あれだけの才能があって魔法使いでなく聖職者のjobに…本当に勿体無い、才能の無駄遣いです……」


 職員室に向かいながら会話を続ける職員達。


「あの子が魔法使いなら、きっと世界最高峰の魔術師になれたと思います、〈ホーリーライト〉でさえあの子が使えば投光機より明るくなりますからね」

「ホタルの光のような魔法をそこまで明るく輝かせるなんて凄いですね」


「だから勿体無いんですよ、あの子が魔術師の魔法を使えばこの学校だって吹き飛ばせますよ、きっと」

「あ~……そうなりますねぇ……明るくなるだけの魔法しか使えない聖職者にしておくのは惜しいですねぇ……」


 どんなに高い魔力を持ってしてでも明るさだけが増えるだけの魔法。

 〈ホーリーライト〉という魔法は所詮その程度の威力増加しか見込めない正真正銘の最弱魔法なのだ。


 ◆


 放課後、学校で言われたことを思い出していた。

 大抵のことに悩まない姫奏だが、ホーリーライトだけは本当に特別で、ホーリーライトを蔑まれると思い悩むのであった。


(なんでみんな、ホーリーライトの良さがわからないんだろう…扱う人の魔力やレベル次第では光が強くなっていく事は証明されている、ちゃんと育てれば成長するのに…。ふくべえさんくらい強くなれば、ホーリーライトだって凄い魔法になることは判っているんだ)


 姫奏はこの〈ホーリーライト〉には無限の可能性があると信じている。その信じる根拠こそ育ての親である、“けてマニア”かみやふくべえの存在。

 かみやふくべえに関しては、年齢も生まれも全てが謎に包まれていて、確かなことは、彼が唯一無二にして伝説の“けてマニア”だということ。


「お城のお姫様み~つけ」

「――!?」


 姫奏の身体能力ならば、本来捕まるわけがなかった……だが今日は運が悪かったとしか言いようがない。


 ◆


 男はミラー越しに後部座席に座る姫奏を確認すると、口元を嘲笑うように吊り上げながら車を猛発進させる。

「へっへっへェ……? お姫様は大事な人質だヨ~」

 姫奏を載せた車は目的地の廃工場に向かいぐんぐんと加速させる。


 その頃、マニア城では家に帰らない姫奏の代わりに一封の手紙が置いてあることをみつけた住人達が騒然としていたのだった。

「けて……これって脅迫状だろ? なんて書いてあるんだ?」

 その日は珍しく、けてマニアかみやふくべえが在宅しており、犯人からの手紙に目を通す。


『お金持ちのマニア城のかみやふくべえ様へ

 大事なお姫様は預かったよー、返して欲しければ恵まれないボクタチのために身代金一億円用意してね\(^o^)/』


「ふざけやがって! 姫奏のやつ普段ちゃんと食べねーからこんな奴らに誘拐されるんだぞ……」


 手紙の内容に激昂する美競刃だが、ふくべえは冷静に文面を見つめている。

「この手紙……」

「どうした! けてマニア! 早く行かねーと!」

「待ち合わせ場所も何も書いてないですね」

「は? じゃあ行けねーじゃねーか」


 脅迫状には要件だけ書いていて、取引場所も日時も何も書いていなかった。犯人はドジっ子だった。



「……ぅ、ここ……は……?」

 夢と現の境界に囚われたまま、むせ返るような生臭い匂いと、四肢に痛みを感じ意識を呼び覚ます姫奏、普段の目覚めのように体を起こそうとする……。しかし、ほんの刹那動かしただけで手首と足首からギチリと鈍い痛みが湧き上がる、背後から手錠を嵌められ身体が拘束されている。

 脳裏にかかっていた薄霧が一瞬ではじけ飛び、警戒の視線を周囲に飛ばすと、状況が見えてきた。

 セメントで塗り固められた壁、香る潮風、どこかの港の工場だと思われる。

(そうだ、わたしは学校帰りに……)

「ようやくお姫様はお目覚めかな?」

 扉が開き、暗闇の一角から2つの足音が迫ってくる。

「あなた達、一体なんのつもりなの!」

 虚勢を張り上げる姫奏だが、束縛を振りほどこうと藻掻くけれども鎖の音は静寂に響くだけであった。



「へへへェ、お姫様の王子様達は今頃たんまりお金を用意してこっちに向かってくれてることだろうぜぇ……」

「お金!? それが目的なの!?」

 姫奏の叫びと同時に小太りの男が何かを思い出し兄貴分の男に慌てて言い出した。

「あ、兄貴!」

「どうしたァ?」

「兄貴が、こっちに向かってるって言って思い出したんスけど、ここの場所書くの忘れて脅迫状出しちゃいました!」

「なにぃ!? こんな秘密の隠れ家わかるわけねェじゃねェか!」


(…………)


 間抜けなやり取りを目の前にしながら、自分が誘拐されたという現実を把握し、冷静にこの状況を打開するために対策を練る姫奏。

(手首が締められているから荷物を取り出すことが出来ないけど、指は動かせるからうまく杖さえ取り出すことができれば掴むことは出来る、はず)


 Job職業で魔法をメインに扱う人物は基本的に魔力が詰まった動物や霊木などを加工した杖を主要武器としている。理論的には杖なしでも魔法スキルの使用は可能だが、素手では性能も威力も弱く高等スキルなら魔力を消費するのみで不発する場合もある。

 姫奏のメイン攻撃スキルホーリーライトは、ランクとしては低い低級光魔法ではあるため素手での使用は容易だが、高出力の光を発現させるには杖の性能に頼る必要があった。


「じゃあァ~なにかァ~……いくら待ってもこねエのかァ~、誘拐損ってやつかァ~」

 男は頭を掻きながらため息混じりに言うと、やがて覚悟を決めて呟いた。

「じゃあァ~、ヤっちまうかァ~」


 誘拐作戦が失敗し人質としての価値が消えた姫奏を処理するために、不敵な笑みを浮かべ歩み寄る男。

 姫奏は依然として両手両足を拘束されたまま身動きが取れず反抗的な目で誘拐犯を睨んでいる。


 だが、そのとき兄貴分のセリフに欲情し鼻の穴を大きく膨らませながら小太りの男がのたまいはじめた。


「や、ヤルって……あ、兄貴そんなこと言って飯野和夫ですか!?」

「どこのおっさんだよそいつわよォ! 俺はそォいう趣味はねェ~」

 いいのかよ!が飯野和夫かよ!と言い間違えることはこの世界ではよくある話である。

 興奮して悶える弟分に鉄拳制裁を与えるが、拘束された美少女の存在感に欲望が抑えられないのであった。

「兄貴~こんな可愛い子ただ殺しちゃうのもったいないじゃないですか~」

「仕方ねェ~な~、誰も来ないとはいえ、程々にしとけよ」

「ふひひ……兄貴サイコーっス」


 兄貴分の男に代わり、小太りの男が無防備な姫奏に迫っていく。

 廃工場の光源は壁や天井が剥がれ落ち損傷が目立つ部分があり、そこから月明かりが差し込んでいる、こんな状況でなければ退廃的な風情を楽しめる場所だ。

 月が雲に隠れて徐々に暗くなっていく間も、歯茎まで見せつける程口角を上げニヤける男の歯が光って見える。

「へへへ……姫奏ちゃんジュニアアイドルみたいで可愛いから止まらなくなっちゃうよ~」


 芋虫に似た浮腫んだ指が姫奏の白い太腿に伸びる。

 触れるその瞬間、狙いを定めていた姫奏が魔法を放つ。

「いまだっ……ホーリーライト!!」

「うあぁ、目がッ……眩しッ!!」

 暗闇に突然の発光を受け、目が眩んでしまい反動で尻もちをつく男。

「あァ!? 何しやがったァ……魔法か!?」

 小太りの男が倒されたことで、兄貴分の大男が激昂し接近していく。

「ナメやがって! ぶっ殺してヤる!」

「ホーリーライト!!」

「ムダァ~!! サングラス掛けてるンだヨ~!」

 姫奏のホーリーライトが炸裂するが、大男は遮光性の高いサングラスを装備していたため、閃光の影響を受けず姫奏に痛烈な蹴りをお見舞いする。

「うっ……く」

 身体の小さな姫奏は苦痛に顔を歪ませ、弾みながら地面を転がってしまう。

「しかし、驚いたぜェ……素手で魔法を打つとはガキの癖に大した集中力だなァ」

 低級魔法とは言え、姫奏くらいの年齢で、しかも危機的な状況で的確に素手で魔法を成立させることは難しい。

 賞賛する男だが、その評定が次の瞬間に驚愕に変わる。

「ッ……ヒール!」

 聖職者のjobが扱う治癒魔法スキルであるヒールで姫奏の体が癒やしの光に包まれる時、男は見た。後ろに組まされ縛られ動かせないはずの手に、先程までなかった杖が握られているのを。

「……俺のケリの反動を利用して杖を取り出したのカ……」

「めがぁぁ……めがぁぁ……」

「うるせェ! 何時までやってんだよ! もう目は慣れてきてるだろうがよォ!」

 未だに大げさに転げ回る小太りの男に八つ当たりの蹴りを食らわす大男。

「げふっ! 兄貴スンマセン……くぅぅ、可愛いからってもう許さないぞ」

 小太りの男が、先ほどのにやけた表情から一変し形相変え両腕を上げて再び姫奏に襲いかかっていく。


「ホーリーライト!!」

「うあぁ、目がッ……眩しッ!!」

 いつもの杖を装備し、より閃光が激しくなったホーリーライトの光に再び目が眩みひっくり返される小太りの男であった。


「てめェは一生そうヤってろ……バカが……」

 単細胞な脳みその子分に、呆れてしまう兄貴分であった。

「くっ……ホーリーライト!! ホーリーライト!!」

 小太りの男に続いて、大男にもホーリーライトを放つ姫奏。蓄積杖の効果で素手の時の光とは何倍も強い輝きを見せるホーリーライトであったが、それでもサングラスをかけた男にはなんの効果もなく、ただ消費魔力を失うだけであった。

「へっへっへェ……、チカチカ光るだけかよ、大したことねェ魔法だなァ~おらよっとォ!」

「あ……ッッ」

 縛られ動けない少女に対して思いっきり蹴り上げ、豪快にバウンドし積み上げられた箱に強打し、崩れ落ちた箱に舞い上がる埃、完全に沈み落ちた姫奏に殺害の手応えを感じる大男だったが。

「……ヒール!」

「チッ……回復か……」

 聖職者のjobは、戦士系のjobに比べればひ弱な部類ではあるが、仲間を支える治療係である聖職者はチームにおいて最後まで生き残る必要がある。それを可能とするのが治療スキルであるヒールで、治癒魔法ヒールを使用できる分、生存能力はどのjobよりも高く戦闘においてはしぶといjobであるのだ。それは大人である大男ならば常識として知っている。


(くそォ……それは高レベルの大人の聖職者の話だろうがァ……今、目の前にいるのは小学生のガキだぞ……なんで死なねェ!!)


 この世界でjob職業に就くとレベルといった概念が付与され、外の世界に存在するモンスターと戦闘することでレベルを高めていくことが出来るようになる、だが小学生以下の子供には外の世界への外出に制限がありレベルを上げることは難しいはず。なので大男は小学生である姫奏のレベルは低いと判断した。大人である自分よりずっと低レベルの子供なら一撃で息の根を止める力があるハズなのだ。

「貴様……見切りのスキルが使えるのか?」

 聖職者のjobが本来覚えることのないスキル〈見切り〉は、相手の攻撃を見極め回避しダメージを最小限に抑える前衛戦闘職のスキルで、聖職者の姫奏は覚えることは当然無い。だが、そう錯覚させる程、姫奏の受け身は完璧であった。


(ありえねェ……拘束されて俺の攻撃を受け流せるのはjobスキル見切りくらいなハズ……)


(毎日……外組偽おじいちゃんの相手してるからかな、アイツの攻撃が見えるきがする……)


「くそォ……この俺が素手でガキを殺せねェなんてよォ~……」

 そう言って男は、刃渡りのある鋭いナイフを抜いた。

「おまけだ……エンチャントポイズン!!」

「くっ……」

 腕を固められながらも、杖をうまく利用し上体を起こし身構える姫奏。

 大男が武器を取り出し、さらにjobスキルを使用しナイフの本来の殺傷力に毒の力を付与することで強化する〈エンチャントポイズン〉。

「流石に察したカァ? お前のヒールは弱ェからなァ~、ナイフの一撃に毒の追撃が加われば今度こそ確実に死ぬ!」

 大男の言うとおり、姫奏のヒールは弱い、毒の追撃が加われば回復が間に合わず死ぬ。

 姫奏は、ホーリーライトのレベルを高めるためにjobスキル制限を費やしているため、その他のjobスキルは低レベルのままなのだ。


「ホーリーライトとかいう光るだけのクソスキルに貴重な単位を使ったのがお前の敗因だよォ~! 祈りの時間は終わりだ……くたばれやアァァ!!」

「わたしのホーリーライトは……そんなんじゃない! ホーリーライト!!」

 この状況を乗り越えるには、姫奏にはホーリーライトしかない。

 蓄積杖が希望の光を放った時、奇跡は起きた――!!



「姫奏さんのホーリーライトは、光るだけではありません……!!」



 姫奏のホーリーライトの光が室内を包み込み、姫奏と誘拐犯の大男の間に、旋風を巻き上げ立ち塞がる男、突如現れた声の正体、それは……。


「ふくべえさん!」


 それはマニア城の主、かみやふくべえであった。

 救世主の登場に、ヒールで回復しているとはいえ蹴られた鈍い痛みを忘れて、姫奏の表情は花が咲いたように明るくなる。

 誘拐犯の大男だけがこの状況についていけず、混乱している。

「な……にィ……これ……は……どうなってやがるッッ!!?」

 男のナイフはかみやふくべえによって受け止められている、それも2本の指を固く閉じるようにした状態で、男は全身の体重を載せ姫奏を刺し殺そうとした、かみやふくべえは微動だにしない。

「貴様……何者だァ!?」

「私は、マニアですよ……世間では変人と罵られながらも、我が道を貫き通すことで誇大妄想すら現実に変える者……グーチョキパーでなにつくろうのカニさんでも……!!」

 かみやふくべえは、ナイフを挟んでいた指を閉じると金属製の刃が粉々に粉砕された。

「俺のナイフが……指で!?」

「手遊びで再現したカニさんでも、マニアならば鉄より硬いハサミになります」

「そんな馬鹿な……だいたい、なんでここがわかったァ! ここの場所は誰も寄せ付けない秘密の……」

 吐き出すように叫ぶ大男の声は、怒りよりも不安に震えだしていた。


「だからですよ……人気のいない場所で不自然な発光……姫奏さんのホーリーライトの光が私の所から見えたのです、あとは急いで姫奏さんを迎えに参るまで」


 ここに来るまででも、マニア城からは距離にして80キロメートルは離れている、ホーリーライトの光源が届いたとしても、ここにたどり着くまでの移動速度を考えた時、大男はとてつもない危険人物を挑発してしまった事に焦り始める。

「オイ! いつまで寝てやがる! 起きろ! こんなふざけた野郎絶対ゆるさねぇぜェ! 相手は一人なんだ! 囲んでぶっ殺してやる!」

 かみやふくべえの移動速度を考慮し、逃げられないと察した大男は、小太りの男を叩き起こし、この場で決着をつけるために戦いを挑む。

「何ですか!? 兄貴!? このへのへのもへじみたいなふざけた野郎は!?」


挿絵(By みてみん)


「あ、申し遅れました、へのへのもへじみたいな顔かも知れませんが私がけてマニア、かみやふくべえでございます」

 アニア城の当主、この世界に存在する全てのマニアの神=けてマニア。

 絶対に許さないと啖呵を切る誘拐犯の言葉に、かみやふくべえに激震が走る。

「許さないのはこちらのほうです、私の家族を傷つけたあなた方に容赦はしませんよ」

 静かな怒りをみせるかみやふくべえ、姫奏はこの日初めて本気で怒っている姿を見て戦慄する。


(ふくべえさん……!)


「へっへっへェ~何が容赦しねェだ~、俺達は二人だぜ?」

 大人二人がかりならばと、余裕を取り戻し、威勢を張る誘拐犯の言葉に益々かみやふくべえの怒りは激増するだけであった。

「あなた達には、姫奏さんのホーリーライトの凄さがわからないようですね、ならば私もここはホーリーライトのみで戦わせてもらいましょう」

「は? ホーリーライト? さっきの光るだけのクソスキルで? どうぞどうぞ好きなだけ光ってイイですヨ~」


 ただ光るだけの魔法でサングラスをかけるだけで防げる程度の弱魔法スキル、世間ではホーリーライトはそう思われていて、誘拐犯も見下していた。だが……。

「では、遠慮無く……刮目して御覧ください、これがけてマニアのホーリーライトです!」


 誘拐犯はサングラスを装着し、すでに余裕の観戦だった。しかし、かみやふくべえがスキルを唱え終えた時、誘拐犯を中心に暗闇は一瞬で昼間の様な光の海に包まれ……誘拐犯は蒸発した。

「……え、殺しちゃったの?」

 犯罪者といえども心配して尋ねる姫奏に、かみやふくべえはゆっくりと辺を見渡しながら笑顔で答えた。

「大丈夫です、ほとんど蒸発してしまいましたが、ミトコンドリアレベルで生きていますよ。姫奏さんは優しいですね」

「そうなんだ~、よかった~」

 ミトコンドリアレベルで生きていると言われて安心する姫奏であった。

「いや!!よくねえよ!」とどこかで聞こえた気がするが、二人には届かない。


「では、帰りましょう、美競刃さんが夕ご飯を作って待ってくれています」

「はーい、私もふくべえさんくらい強いホーリライトつかえるようになるかなぁ」

「姫奏さんなら、私よりずっと強い使い手になれますよ」


 せっかく作ったご飯を無視していつもの粉を水で溶かして飲もうとする姫奏と美競刃の仁義なきバトルは置いといて。


 姫奏はその日の出来事をずっと覚えている、そして信じているからこそマニアの道を諦めない。

 かみやふくべえを目指し、いつか追い越すその日を信じて!



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