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1.魔王様は落第寸前

「このように、暖かい地域のコボルトと寒い地域のコボルトでは、被毛の生え方や体の大きさが異なることが分かっている。図を見てもらえれば分かるのだが――」


 抑揚のない声。黒いローブに身を包んだ先生がコツコツと黒板を叩く。


「ふぁーあ」


 思わず大きなあくびが出た。


 ポカポカとした陽気、気怠けだるい昼前の空気。どうしてこんなにも座学というのは眠気を誘うのか。


「ねぇねぇ、聞いた? この学園に魔王がいるらしいっていう噂」


 先生の板書をぼんやりと見つめていると、クラスの女子どもの話が耳に入ってくる。


「知ってる。十五年前に死んだのは影武者で、実は魔王は生きてたんでしょ?」


「えっ? 魔王には実は息子がいて、その子が次の魔王だって聞いたけど?」


 名門魔法学園であるここアレスシア魔法学園には、最近こんな噂が頻繁に流れている。


 どれも信憑性の無い噂ばかりだが、ついつい聞き耳を立ててしまう。


「仮に学園に魔王なんか居たら、無双できるんじゃない?」


「見るもの全てを魅了するっていうし、きっと凄いイケメンよ」


「羨ましい!」


 都市伝説にも似た、いいかげんな噂話。だけれど注意はしなくてはならない。なぜならば――


「では次の問題を、マオ」


 そんなことを考えていると、急に先生が当ててくる。


「は、はいっ」


 ビクリと心臓が飛び跳ねた。


「えっと、えっと」


 反射的に立ち上がり教科書をめくるも、どこまで進んだのか全く分からない。


「わ、分かりません」


 先生はムッと片眉を上げる。


「授業中に欠伸あくびなどしているからだ。もっと真面目に授業に取り組むように」


「はい、すみません」


 クスクスと笑い声が上がる。


「『わ、分かりません』だって」

「か細い声」

「相変わらず女みてーな奴だな」


 いけ好かないクラスのチャラい奴らが笑う。いわゆるスクールカースト上位というやつだ。


 下等な人間どもを観察していて分かったのだが、どうやら不思議なことに、教室の中にも上下関係があるらしい。弱肉強食。まるで野生動物である。


 ボス猿がいて、その取り巻きがいて、そしてその下に平民がいる。


 そして奴らの言動から察するに、それよりも下、底辺の中の底辺、いわゆる最下層に俺がいる、という順位づけらしい。


 例えるならば、猿の毛皮についているノミあたりだろうか。無論、俺はそれには納得していないのだが。


 それもそのはず。何を隠そう俺は、この世の頂点にして、邪悪と悪徳と闇の力を統べる大悪魔――すなわち魔王であるからだ。


 だが理想とする穏やかな学園青春生活のためには、自分の正体は意地でも隠し通さなくてはいけない。


 この俺が本気を出せば、こんな奴ら一捻ひねりなのだが、ムカつくからといって魔王の力を発揮して正体がバレたら元も子もない。なんとも難しいものだ。


「はぁ」


 それにしてもおかしい。


 入学する前に読んだ人間どもの下等な書物ラノベの中では、高校生たちは部活や恋愛に明け暮れ、それはそれは楽しそうにしていた。


 だから俺も、高校に通いさえすれば、可愛い女の子が空から降ってきたり、彼女ができたりすると思っていたのに。


 実際には人間どもの授業は魔法生物学だの魔法化学だの聞きなれないものばかりだし、彼女どころか友達もできない。


 書物ラノベで学んだことと全然違うではないか!


 ……いや落ち着け。落ち着くのだ。


 まだ入学して二ヶ月だ。

 今はまだ何も無くても、これから先、美少女が転校してきてラブコメ展開になるなんてこともありえる。まだ希望は捨てていない。


 とりあえず魔王だということさえバレなければ何とでもなるだろう。


 無理やり自分を納得させることにする。


 ゴーン、ゴーン。


 精霊が時計塔の鐘を鳴らす。苦痛だった授業もやっと終わりだ。


「マオ」


 やれやれと立ち上がると、先生が俺を呼びつける。


「何ですか?」


「今から生徒指導室に来なさい」


 一体何だろう。もしかして先生も俺がからかわれていることを気にかけているのだろうか。


「失礼します」


 ゆっくりと生徒指導室のドアを開ける。


「よく来たな」


 ほこりっぽい部屋。魔法書のぎっしり詰まった本棚。


 窓の外を見つめていた先生は、逆光を背にゆっくりと振り返った。


「先生、用って何でしょうか?」


 とりあえず適当にイスに腰掛ける。


「単刀直入に言う」


 先生の眼が鋭く光った。ゾッとするような低い声。


「このままいけば、君は落第だ」



 は?



 この学園にはびこる噂は正しい。

 アレスシア魔法学園には魔王がいる。


 ――ただし実際の魔王は、無双するどころか落第の危機に瀕していたのであるが。

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