05話『魔臓、数量or重量』
「さ、行こうか」
困惑する俺を他所にレムリーズは手を引いて急かしてくる。
「いや、ちょっ待って──くださいよ」
クソッ、振りほどけない。
片腕なのに、なんて力だ。
俺だってそれなりに鍛えていると自負しているが……これは、尋常じゃないぞ。
「ん、まだ何かあるのか? 用意は済ませたし飯も今食ったろ?」
「い、いや。それはそうなんだが……その、鑑定って一体何をするんですか?」
注射とか定期検査とか苦手なんだよなぁ。
正直、今すぐ逃げたい。
けど、がっつり腕を掴まれてしまって逃げられそうにはないし……せめて何をするのかくらいは事前に知っておきたい。
「何をするか? んーそう言われても鑑定器でパッと測るだけなんだけど?」
「パッとって……そんな簡単に?」
我々が何年も研究して魔臓に宿るエネルギーの特定が出来ていないのに、それを計測できる装置だと!?
上層部はこれを知っていたのか?
もしそうなら俺たちがしていた研究の一部が無意味になりかねないんだが。
「おう、こう鑑定器に手を乗せてな身体に流れる力を送り込むんだ」
「……なるほど」
手をかざし、力を送る……か。
俺にはそんな器用な真似は出来ないしやはり無駄だな。
仮に研究機関にそれがあったとして死体では力を送る事も叶わないしな。かといってこの街の住人を連れてくるわけにもいかなかったし結局は無理な話だった……ということか。
もっと上に掛け合えるぐらい俺が偉かったらそんなこともなかったんだろうが……今更な話だな。
「もういいか? それじゃ行くぞ!」
「え!? いえ、その……まだ自分行くとは──」
「え〜、ほら奢ってやるからさ?」
「あ、いえ、自分で支払いますから」
鑑定器なるものの解析は確かにしたい。
それが無理でももう少し詳しい話くらいは聞きたいものだが、その鑑定を俺がするのは……。
「払えるのか? デモニオが持ってるやつだと多分10個はいるぞ?」
「は? え? それはどういう……」
「あれはウサギのからとれる魔石だからな小さいんだよ」
「小さい?」
「そ、あぁ……まぁ見てな?」
「……はい」
頭を傾げる俺を連れて、レムリーズは受付の方へと向かい店の人を呼ぶ。
「お勘定お願いします!」
「はい。えー、それでは魔石を10石いただきますがよろしいですか」
客席の方へ視線を向け。
店の人はこちらが注文した品を把握したのか小さく頷くといくら払えばよいのかを答える。
「え? あぁ……それじゃこれで」
それに対して驚いた様子を見せたのはレムリーズだ。
どうしてなのかはよく分からないが、彼女はすぐに腰に巻いた袋から指定された数を取り出すとカウンターの上に並べる。
「はい。確かに……ありがとうございました」
数を確かめ、ニッコリと笑みを見せる店の人。
「は、はい。ごちそうさまでした」
それに対してレムリーズは少し落胆した様子だ。
一体、どうしたというんだ?
よく分からないまま、店を後にして外へと出た俺たち。
「むぐぐ……」
複雑そうな顔をして歩くレムリーズ。
話しかけづらいが、よく分からないまま鑑定するばしょにまで連れて行かれたら困る。
このまま静かに離れられればそれはそれで手なんだが……ガッチリと腕をホールドされて振りほどけないのではなぁ。
「あの〜」
「ハッ、ごめんね」
「え? 何がですか?」
「さっきのお店で私ウソついちゃったからさ」
「あぁ……いえ、別に気にしてないので大丈夫ですよ。でも、その……」
「なんだ?」
「いえ、そろそろ手を離してもらってもいいですかね? その、歩きにくくて」
「あぁ、悪い悪い」
「いえ……それで、その……10石必要なんて言ったんです?」
こっちに謝ってきたし、多分嘘をつく気はなかったんだろうけど……その意図をしっかりと知っておかなくては。
今後、この場所で生きていくうえで必要になる知識の可能性も高いからな。
「あぁ、えっと……店によって違うんだけど──あ、ここなら」
「え? ちょっと!?」
急に道の角を曲がる彼女を追い、ついていくとそこにあったのは美味しそうな匂いを漂わせている屋台だ。
おそらく食事をする通りのようなものだろう。
色々な屋台が広い通路の両脇に縦並び、食事をするためのスペースであおう一角では人々が集まり、何かしらを語らっていた。
「オヤジ、いつもの2本くれ!」
「はいよ!」
そんな屋台の1つ。ガタイの良いオヤジが経営している店でレムリーズは串焼きを2本注文する。
すると屋台のオヤジとともに働く青年は隣の台へと移動する。そこに置かれていたのは天秤と小さな小箱。
「それじゃ、これで」
そう言ってレムリーズは袋から魔臓を1つ取り出すと青年へと手渡し、彼はそれを天秤の上へ置いて反対側には小箱から取り出した小さな分銅を1つ置く。
ピンセットをしっかりと使い。ゆっくりと、できるだけ揺れ動かないように。
「……はい。確かに、ありがとうございました」
魔臓を受け取り、オヤジから串焼きを受け取るとレムリーズはこちらに来るようにと俺へ手招きする。
「ほい、どうだ? 分かったか?」
串焼きを1本手渡され、彼女は笑顔で聞いてくる。
「えっと……」
いきなり分かったかと言われても正直良くわからん。
あの店とここでの違い。となると店か屋台か、後は支払い……あぁ。
「天秤ですか?」
「そう、それ!」
俺に正解してもらい、嬉しそうな笑みを見せた彼女は串を咥えながらこちらへと力強く指を差してくる。
「さっきの店は魔石の数が合えば支払いを終えられたけど、こことかだとこうやって魔石の重さを量るんだ。例えば昨日もらった有角兎の魔石だとね…………」
本当に嬉しそうに少女は語る。
こうしてみると本当に若い子供のようだ。
手にしている大剣から目を逸らせば、だが……少なくとも10代の少女という見た目からくる印象は強い。
国のお抱えということもあって下っ端だった俺にまでハニトラを仕掛けてくる輩はいたので異性に対する警戒心は強いと自負しているんだが……やはり相手が少女となるとその警戒も緩んでしまうな。
今まで来た相手が大人の女性という印象が強い者が多かったというのもあるだろうし、歳の離れた妹がいるからそこからくる微笑ましさというか、懐かしさってのもあるんだろうが……。
まぁ、アラサーに片足突っ込んだばかりの俺が何言ってんだよって話だが。
しかし、妹……か。
就職してから結局、会いに行けなかったがあっちで元気にやってるだろうか?
俺のせいで虐められたり、無視されたりしていなければいいんだが……。
母さんたちがちゃんと管理してくれてるから大丈夫だとは思うが……少し心配だな。
「ねぇ、デモニオ聞いてる?」
「あ、あぁすまない。何だったかな?」
「もう、いい? もう一度言うよ。これが有角兎の魔石、んでこっちが私が昨日倒した狼──蒼狼犬っていうんだけど……ほら、見てみて?」
そういって手のひらに差し出された2つの魔臓 (魔石) 。
アルミラージからとれたという魔石と比べるとガルムと呼んでいた魔石は一回りほど大きく、内側に含まれているエネルギーとされる淡い光も強いようだ。
なんとなくではあるが。
「なるほどね。確かにこれは一概に数だけでは値段を決められないか……」
「んふ、そういうこと。だからこうして天秤を利用して商品の値段を決めてるってわけだ。例えば、この串焼きをアルミラージので測ろうとすると──」
「ちょっと重りに手で触らないでくださいよ!」
店のものに手を伸ばしかけ、叱られた彼女はサッと手を引き『ごめんなさい』と謝罪の言葉を口にする。
全く、分銅を迂闊に触ると手の油などから錆びて重さが変わるから触れるのは厳禁だというのに……。
でもま、謝罪できるだけマシというもの。
自分の失敗を棚に上げてこっちの失態にしてくるようなクソ上司と比べたら全然マシだ。
本当に。
「怒られちゃった……」
「フフッ……」
頭を掻き、タハハっといった様子で困ったような笑みを浮かべて見せるレムリーズ。
それが少しお転婆だった妹の面影と重なり、思わず口角が緩んでしまう。
「あー! 笑うなんて酷いぜ?」
「スマンスマン……ま、後は歩きながら話そうか」
食べ終えた串を傍のゴミ箱へ放り、魔石の値段設定について語り始めた。