03話『強引なビジネスパートナー』
お辞儀をする受付嬢を尻目に魔臓が20個あることを確認、それを空になっている袋に入れると適当に挨拶をしてその場を去る。
「どうだった?」
「取り敢えずは首皮一枚繋がったってところですね」
酒場の席に腰かけてこちらに手を振ってくる先ほどの女性。
彼女の足元には先程の大剣が横になって置かれている。
人の身長ほどのそれを軽々と扱っていたことに少々恐怖の念が沸き、俺はすぐさま首を振ってその感情を振り払う。
俺は彼女と向かい合うようにして木製の長椅子に腰かけながら答えると袋から魔臓を5つほど取り出して机の上に置く。
「何?」
「まぁその、助けてくれたお礼ですよ。少ないですけど受け取ってください」
「いいよいいよ。あの時は偶然居合わせただけだしさ」
「そうですか……」
ふむ、意外と控えめだな。もっとガツガツと要求されるものだとばかり思っていたが……そうだなこれでいくか。
「ではこれは情報料ということで」
「情報料?」
「えぇ実は自分はここのことをあまり知らないので良かったら案内や説明をしていただけないかと思いまして」
「なるほどね。それで情報料ってことか……いいよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあまずは挨拶から、私の名前はレムリーズ・ヤナセ。レムって呼んでね」
ヤナセ……アジア系か?
「では次は俺の番ですね。俺の名前はデモニオ・マスマニア。よろしくお願いしますレムさん」
「えぇヨロシク、デモニー」
「ちょっなんですかその呼び方は」
不愉快だ。馴れ馴れしい。
だがそんなことは顔には出さない。
他者に不快感を与えることなく、まるで冗談を言い合うような感じで、笑みを見せながら止めてくださいよ。と声に出す。
「えー? ダメ?」
「駄目です。普通に名前で呼んでください」
「むー、分かった。次からはそう呼ぶことにするよ」
そもそも何故、初対面の人間にそう砕けた態度で接せられる?
まるで意味がわからん。
「それで? どんなことが聞きたいんだい?」
だが、そうだな。何にしても店の人間以外でようやく話せた相手だ。
しっかりと得られるものは得なければなるまい。
「そうですね。こちらでは魔法という概念があるそうですが、まず魔法について教えて頂けませんか?」
「え? どうして?」
「どうしてって……まぁそうですね。自分は科学者なので色々な事を知りたいんですよ。レムさんにだってこれだけは譲れないってものあるでしょう?」
「そうね、温泉とかは良いところがあったら寄ってみたいかな?」
なるほど温泉好きか……今後の為にも覚えておくとしよう。
「それで魔法の事を聞きたいんだったよね? 魔法……んーとはいえ改めて考えるとなぁ、魔法って私が生まれた時から普通にあったし」
「なんでも構いませんよ。どんなことでも構いません」
「んーそうだなぁまず、魔法ってのは私らの体に流れる力を火とか水とかにして出すことを言うな。それから魔法には属性ってもんがあって火、水、土、風、光、闇それから無」
「無?」
「そう、要は属性って分類が出来ないやつ。例えば、魔力を高めて自分の力を上げたりするやつとか一瞬にして別の所に移動するとか」
「瞬間移動があるのか?」
「ううん、瞬間移動というか高速移動が正しいかな?」
「ふむ、なるほどそれで?」
「えっと……そうだねぇ後は魔法を使えるのは一人につき1属性だけってことと……うん、そんなところかな?」
ん? 今何かを言いかけていたな。
だが、詮索は良くないか……。
「そうか……あ、ところでレムさんはどんな魔法が使えるんですか?」
「私の魔法は火属性だね。ほら」
レムリーズは人さし指を伸ばすとその指先からライターほどの小さな火が揺らぐ。
「おぉ、ところで呪文みたいなのは言わなくても使えるんですか?」
指先の火を吹き消し、レムリーズは首をかしげる。
「ルーン? よく分からないけど何かを言いながらってのは無いなぁ」
「そうですか……では今のはどうやったのですか?」
「そうだなぁ何て言うか体に流れてる力を、こう一ヶ所に集中させて出す。って感じだね」
「なるほど『気』みたいなものなのか」
「き?」
「あ、いや気にしないでほしい。それで先程の剣を軽々と振り回していたのは先程言っていた肉体強化の魔法、というわけではないのか」
「ん、このくらいのだったら普通だけど?」
「そ、そうなんだ……」
「あ、そうだ。デモニオはどんな魔法が使えるの?」
「え? さ、さぁ~?」
「分からないの?」
「えぇ、残念ながら……」
「そう、じゃあ鑑定に行きましょう!」
「はい?」
いきなり何をいっているんだ?
鑑定……探究心が擽られはするが、一体何されるか分かったものではない。
それに俺は普通の人間だ。そんなことをしたところで時間の無駄だ。意味はない。全くもって意味がない。
「いや、でももう遅いですから」
「そう? まだ日は出てると思うけど」
確かに今はまだ夕方、だがこのままでは……。
「いえ、ほんとに悪いですけど自分、宿での宿泊予約が今日までなんで更新しないといけないんですよ」
「そうなんだ。じゃあ明日行きましょ?」
なんでこんなに食いついてくる?
俺みたいなただの男にどうしてこいつは目を輝かせている?
分からない。分からないが、何となく怖い。
「そう、ですね。それじゃあ自分は疲れてしまったのでこれで失礼します」
俺は席を立ち、深く頭を下げると早足で宿へと戻り、床についた。
次の日
「ほら、早く起きな、起きなって!」
「うるさい」
俺はこんなモーニングコールを頼んだ覚えはないぞ。
「ほら、早く起きなきゃ担いででも連れてくからな」
何を言っている? ちょっと待て、訳がわからんぞ?
「たくっ……よし、それじゃあお前を運んでやる」
細くも筋肉質な腕が毛布の隙間から侵入し、俺の体を持ち上げようと力が込められる。
「な、何を!?」
体が宙に浮く違和感を覚え、俺はすぐさまベッドに戻すように言う。
「じゃあ一緒に行くか?」
「わかったわかったからさっさとおろせ!」
結局、俺は半ば強引に今日一日もこの女と暮らすことになったのだった。