09話『魔力鑑定』
「ほれ、お前さん。そんなとこに突っ立ってないでこっち来い」
「……はい」
こちらの心配を他所に、彼はもう少しカウンターの方へと近づいてくるよう手招きする。俺もそれに従って彼の前に立つ。
「さて、ワシはサーストン・コークスだ。一応この店の店主ってところかの。うちは武器・防具、日用品と金属製品なら手広く扱っとる。ま、よろしくな」
「えぇ、こちらこそ。自分はデモニオ・マスマニアと言います。デモニオと呼んでいただけると幸いです」
まぁ、流石にこの人がデモニーなんぞと突拍子もない愛称をつけてることはないだろうが、念の為だ。
「おう、よろしく。で、お前さん鑑定をしたいんだったな」
「はい。そうです」
本来ならしたくはないんだが……結果が出なかろうと鑑定を行ったのだという事実は大切なものだ。
別に嘘を付いたところでこちらにとっては大したことではないだろうが、それはこちらの嘘が嘘であるとバレない場合だ。
この店の人と親しい彼女であれば鑑定を行ったか否かなんてすぐに分かってしまうだろう。
まぁ、仮に嘘をついたところで、彼女はこちらを怒ることはないだろうとは思うが、鑑定を行うのを確かめるまでは諦めるとは思えない。
これ以上、付き纏われても困る。
明日からもあんなふうに起こされるのはゴメンだ。
ならば、何も得られなかったという結果であっても行わないわけにはいかないだろう。
「そうかい。それじゃあ少し待ってくれ」
武器屋の店主『サーストン・コークス』はポケットから取り出したグローブをはめながら、カウンター下の棚の奥から木箱を取り出すと、中に入っている装置らしきものを静かに置く。
おそらく鑑定を行うための装置なのだろう。
中央に手を置く場所らしきサークルが取り付けられており、それから伸びる窪みの先にあるのは、6つの穴。
穴の傍に描かれているイラストを見るに、それぞれの魔法の属性に対応しているようだ。
「さて、こいつが鑑定装置だ。その名の通り、体ん中に流れる魔力を利用してその力の特性がどんなもんか大まかに調べるものなんだが……先に確認するが、お前さん歳はいくつだ?」
「25ですが……それが何か?」
「いやなに、別に装置を扱うのにどうこうってわけじゃないんだが、その歳で自分の魔力に関してからっきしってなるとあんま意味ねぇかもしれなくてな」
「意味がない?」
「基本的に魔法ってのは遅くても10代後半になりゃ目覚めてるもんだからな。どんな魔法にせよ、使ってみりゃあ何の魔法属性か一目瞭然だからな」
「なるほど、じゃあ俺は魔法なんて使えないって事ですね」
「いや、どうだろうな」
「え?」
「魔法が必要ない仕事だってないわけじゃないからな。使いこなせてないだけで、魔力が全く流れてねぇってのは少なくとも俺は見たことがねぇ」
「そうなんですか?」
「あぁ……つってもそういう奴らがこうして鑑定に来るなんて事はそうそうないが」
サーストンは同様に棚から木製の箱を取り出すとその中で綺麗に区分けされた魔石を一つずつ。
計6つの魔石を別の枠から取り出すとそれらをカウンターの上に敷かれた布の上へと並べられる。
「さて、お前さん魔法にゃぁいくつかの属性があるのは知ってるな?」
「はい。7つの属性に大別されると聞きました」
「そうだ。んで、こいつはそのうちの6つ『火・水・土・風・雷・影』に対応した装置でな」
説明しながらも彼は並べられた魔石を一つずつ手に取るとそれらを順に鑑定装置の穴の中へと手際よく入れていく。
「お前さんがここに流す魔力に反応してここに取り付けたそれぞれの属性に対応した魔石が反応。どの魔石が反応したかによって属性を判断するんだ」
「なるほど……」
そう言われ、見てみると……それぞれ、一見すると同じような薄紫色をした透明な結晶石に見えるが、魔石の中に宿っている淡い光の色が異なっているように見受けられる。
各設置箇所の傍に記された記号と、それぞれの魔石を見るに──
・火属性──赤色
・水属性──青色
・土属性──橙色
・風属性──緑色
・雷属性──黄色
・影属性──紫色
といったところだろうか。
それは、まるで虹の色合いのようだ。虹なんて現物を見たことはないが……。
最後の一つを穴の中へ収め、彼が装置に設置されたレバーを引くとそれぞれの穴を塞ぐようにして透明な蓋がスライドして現れた。
「さて、これで準備完了だな。後はお前さんが中央の金属部に触れて魔力を流すだけだな」
「魔力を……」
「そう。そうすれば、お前さんの対応した魔石の光が強くなる。さ、やってみい」
「は、はい……」
さて、どうしよう。
俺に魔力なんてものは皆無だし、とりあえずは……えっと、ここの中央に触れて……流す。
「ふんっ……」
まぁ、流せるわけないんだけど……とりあえずはそれっぽくやっとこう。
これでやったという事実は残る。
「おい、お前さん。全然魔力が流れとらんぞ?」
「……みたいですね」
流石にそう上手くはいかないか。
って、いやいやいや何を期待してるんだ?
そもそも魔法なんて使えなくて大丈夫なんだよ。俺は人間なんだから。
「みたいって、お前さんなぁ……もしかしてふざけとるのか?」
「あぁいえそういうわけじゃないんですよ。ただその……」
えっと、ここはどう答えるべきなのだろう?
……分からない。
分からないが、ここで下手に嘘を付いて目をつけられるよりは正直に答えるべきだろう。
この場所における魔法を扱えないような相手がどのような目で見られ、どのような扱いを受けるのか……それは分からないが、その程度で見下してくるような輩はこちらから願い下げというものだ。
まぁこの人がそういう人だとは思えないが……何事も油断するよりかは警戒してかかるべきだろう。
「レムさんに魔力がなんなのか鑑定して欲しいと頼まれたんですが……自分はその魔力の使い方がよく分からないのです」
「そうか……なぁに、気にすることはない。ここにやってきた奴らの中には魔力の使い方もロクに出来んやつも多かったからな」
「ここにやってきた? それはどういう……」
「なぁにワシがまだまだヒヨッコだった頃は定期的にそういうやつが沢山来てたのよ。そいつらは総じて力が上手く使いこなせない奴らばっかりだったってだけのことさ」
定期的に、なるほど要は過去に追放された者たちか。
昔は突然魔法が使えるようになる事例が絶えなかったと聞く。
今でこそこうして追放という形をとっているし、こうして町まで運んでくれているが、当時はてんてこまいだったらしいからな。
内戦とまではいかなかったらしいが、かなり荒れたということだけは記録として残っている。
「それで、その人達は?」
「さてな、初めはたじろいでばかりだったが……今じゃ立派に成長してこの町に貢献しとるだろうな」
「成長というと?」
「そのままの意味だ。ワシがこうして鍛冶職人として働いているように奴らも技術を磨き、色んな仕事に従事しておるということだ」
「なるほど」
「まぁ、馴染め切れなかった奴らもいたがな」
なるほど……。
まぁそういう奴も少なからずいるだろう。
とはいえ村八分にされる方がよっぽど危険なので表に出す気はさらさらないが……。
「……その人たちは?」
そういう奴は危機管理能力が不足している可能性大だ。
極力関わらないべきだろう。
何処でどのような恨み妬みを向けられるかたまったものではないからな。
「それこそ知らんよ。世間知らずのガキ共ならまだしも名前も名乗ることなく悪態ばかりつく輩の相手などいちいちしてられるか!」
「ごもっともで」
出来ればある程度の居場所をピックアップし、出会わないようにしておきたかったが、仕方ないか。
「だがまぁ……こうして使われる機会が訪れて良かったわい」
「というと?」
「こいつはな、ワシがヒヨッコだった時に作り出した一品でな。さっきも言ったが、昔は魔法のマの字も知らぬような奴らが多くてな。そういうやつらがどんな力をもっとるか知るために拵えたのさ」
「ということは鑑定はこちらでのみ行われている。と?」
「ま、そうなるな」
魔法が普及し、本来必要としないものをわざわざ作ったのか。
大した利益にはならないだろうに。お人好しな人だ。
とはいえそういう奴の方がまだ信頼できる、か。
鍛冶の店となればもしかすると弾の補充も出来るかもしれないが、それはもうしばらく後にしておこう。
「とはいっても最近はそういった連中なんて来なくなったからほとんど使わなくなったが」
確かに、地下でこうやって地上に追放された記録ともなれば数十年は前のものになる。
ここにつれてこられる際に目隠しをされて長い通路と階段を歩かされたが、手入れがまともに行き届いてないのかかなりカビ臭かったのを覚えている。
「最後に来たのは……十年くらい前だったか、黒い服に身を包んだガキがやってきてな。そいつが魔法について詳しく聞いてきたのさ」
「魔法について?」
この世界における魔法を知りたい子供か。
ここの住人であれば親族から聞けば済む話だろうにわざわざこんなところまで来て聞く必要があるのだろうか?
「おう、小汚えうえに生意気なガキでな。年上に対する敬意ってやつがまるでなってねぇ奴だった」
「はぁ……」
「ま、魔法なんて正直当たり前のことだったし、俺もそこまで詳しいわけじゃなかったんでまともなことは教えてやれなかったが、そしたら何も言わずにスタスタとどっか行っちまって……それから……」
「それで結局、何の話ですか?」
「ん、あぁ、すまんすまん。大したことじゃない。ちょいと昔話に熱が入っちまった」
「はぁ……そうですか」
「で、えぇと何だっけか……そう、鑑定だったな……ん〜、お前さんちょいと手を貸しな」
「え? えっと……何を?」
「なぁにちょいと魔力の流れってのを教えようと思ってな。こうするのが1番なのよ」
「……そう、なんですか」
魔力……たしかにそれには惹かれるものがある。
未だ解明できていない未知に挑めるというのは俺の中の好奇心を煽るのには十分だ。
だが、だからといってヤブ蛇はゴメンだ。
とはいえ、ここで断るというのも……あまり良い選択とは言えないだろう。
この人から不信感を買ったことでこの街を追い出される。
なんてことになるとは思えないが、それでも生きづらくなる可能性はありうる。
不評ってのは尾びれがついていくもの。何処でどう転ぶかなんて分かったもんじゃないからだ。
「えっと、握手をすれば良いんですね?」
「おう、ほれ、早く」
俺は差し出された手に、自分の手を恐る恐る伸ばして握手をする。
すると……なんというか、ホァンとした感覚が流れてくる。
暖かい、水のような空気の淀みのような……なんとも不思議な感覚だ。
「分かるか? こいつが魔力ってやつだ」
「は、はぁ……なんとなくは……」
暖かい……というよりは熱い。
まるで燃える火に手を近付けすぎたかのような感覚だ。
正直、今すぐ、手を離してしまいたい。
「どうだ? この全身に巡る感覚を覚えて……やってみてくれるか?」
「全身? 手に滞る感覚なら……」
そこまで言って俺は自身の口を慌てて閉じる。
だが、既に遅かったようだ。
「ん? 魔力が足らんかったか? なら」
「ぁ、ちょっと待っ──ゔぁぁ!」
更に送り込まれる魔力。
それはもう耐え難い苦痛に苛まれた。
火の中に手を突っ込まさせられた気分だ。
「うぉっ?! どうした」
思わず俺はうめき声をあげて手を離す。
流石になんでもないとは言えない状況であるが、しかし大丈夫である事は伝えなくてはならない。
そう思ったのだが……。
「あ……れ……?」
気分が悪い。
動悸が早まる。
まるで風邪を引いて、高熱を出したときのようなダルさが全身を襲う。
「おい、お前さん? 大丈夫か? おい………」
言い繕う間もなく、俺の意識は沈んでいき、慌てた様子のサーストンの声はやがて聞こえなくなった。




