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失楽園の咎人達  作者: 満天之新月


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08話『鍛冶屋:スミス・コークス』



「こんちは〜」



 レムリーズが挨拶をしながら、正面の扉を開けると来店を知らせる為、設置された(ベル)が鳴る。



「いらっしゃいませぇ」



 こちらに気づいた女性は、磨いていた剣を壁へと立て掛けると満面のスマイルをこちらへと向けてくる。



「や、ミレーヌ。久しぶり」


「久しぶりねぇ、レムぅ」



 レムリーズは、背の大剣をドアにぶつけないよう気を付けながら店の奥へ。

 俺たちはカウンターの設置された奥へと歩いていくと、ミレーヌと呼ばれた女性も、手にはめていたグローブを外しながらこちらへと向かってくる。



「あら、その方はぁ?」


「あぁこの人は、デモニオって人だよ」


「どうも、はじめまして。デモニオ・マスマニアです」



 紹介され、俺は頭を下げて挨拶をする。

 こちらの作法などは分からないのでどうすべきなのかは分からないし、不況を買う可能性もあるが、一応無難な形式(かたち)をとるべきだろう。



「こちらこそ、はじめましてぇ。ミレーヌ・コークスですぅ。このお店の看板娘をやらせてもらってるわぁ」



 波がかった金髪を仄かになびかせ、彼女はこちらが伸ばした手に対応して短い握手を交わす。

 女性らしい体付きからは想像できないほどに、不釣り合いなゴツゴツした手つき。


 爪も短く切りそろえられており、巻かれている絆創膏(テープ)から伝わる感覚的に大きなタコが出来ているのだろう。 

 看板娘と彼女は言っていたが、恐らく鍛冶職人としてもかなりのものなのではないか。


 しかもこの子を見たところかなり若い。

 10代くらいか……この若さで、この手を作り上げたというのなら本当に大したものだ。



「ところで〜、マスマニアさんはレムとどういう関係なのぉ?」


「自分は──」


「もしかして彼氏なのぉ!?」


「え? いえ、自分は──痛っ!!?」



 答えようとした瞬間、彼女と握手していたその手に力が籠もっていく。

 彼女もその細腕からは想像つかないほどの力が入っている。


 というか本当に痛い。

 ヤバいヤバい、折れる。折れちゃう!



「あぁ、ごめんごめん。大丈夫ぅ?」


「え、えぇ……はい」



 呻き声を漏らしたこちらに反応し、彼女の手が離れる。

 迂闊に手を出すんじゃなかったな。


 折れてはないみたいだが……手が真っ赤だ。

 充血もしてないようだが、明日には腫れるんじゃなかろうか?



「で、改めて聞くけどぉ、マスマニアさんはレムの何なのかしらぁ?」

「えっと、俺は……」



 俺は、彼女の何だ?

 俺はここに無理やり連れてこられただけだし、仲間と呼べるほど彼女を知ってはいない。


 確かに彼女は友好的な態度を見せてくれている。

 だが、彼女は咎人、罪人なのだ。


 人ならざる、力を持った化け物。

 化け物を殺すヒトの形を模した化け物。


 それが、俺達にとっての共通認識なのだ。

 今もその考えは変わりはしない。


 力を持つものは、その力がうまく制御できず他者を傷つけ、時には暴走し多くのものを死に至らしめる。

 そう、奴らは危険な連中だ。


 力を解明し、封じ込めなければならないのだ。

 それが俺の役割なのだ。


 確かに人々が化け物共に追われ、地下暮らしを強いられるようになったのは、今は、もう何世紀も前の話だ……だが、少なくとも俺にとっては……諦めるわけにはいかない。

 ここで得られる経験と知識は今後、研究において必ず役立つはずだ。

 いずれレポートにまとめ、どうにかして取り次いでもらえる方法を探さなくては!



「や、やっぱり彼氏なのねぇ!」


「は? え!?」


「深刻そうな顔をしたと思ったらぁ、覚悟を決めたような顔をして……もう、言わなくても分かるわぁ!」


「え、えぇ……??」



 一体、俺の態度から何を読み取ったというのか。

 というかまた俺、手を握られてるんだが……大丈夫だろうな? 握りつぶしてこないよな?


 というかなんで握る?

 逃さないためか?


 レムリーズといい、なんでこう距離感が近いんだよ。

 本当、勘弁してほしいんだが……。

 というかレムリーズ。早く言い訳してくれよ。



「あの……レムさん。この人、ちょっと止め──」

「おぉこの武器初めて見るやつだな。新作か? お、こっちの鎧は軽そうだが、頑丈そうだな……」



 おぉい!?

 この子、本来はお前が相手すべきだろ?


 なんで品定めしてんの!?

 あ、また手に力が……ヤバい、今後こそ折れる。



「あの、ミレーヌさん。一旦離して下さい。あの……」


「いいえ、いいの……まさか、あのレムに男ができるなんてねぇ……」



 だめだ。聞いちゃいない。

 ヤバいヤバい本当に折れる! ミシミシいってる!!

 人体から鳴っちゃいけない音が鳴ってる!!



「レムさん! レムさん! ちょっとぉ!」


「お? 話は終わった? なんだ、仲良さそうだな」


「これが、そう見えますか!? いいから早くこの子止めて! 手が折れちゃいますから!!」


「お? おぉ……おい。ミレーヌ、手を離してやれ」


「レムぅ!」


「おぉう!?」


「あなたぁ、おめでとぉ!」


「へあ? 何が?」


「あら、もういいのよぅ誤魔化さなくても。結婚おめでとぉ!」


「け、結婚……」



 流石に一気に飛びすぎじゃないか?

 この子の脳内は一体どうなってんだ?



「え!? いやいや、違ぇよ。こいつは私の仲間であって恋人じゃねぇぜ?」



 仲間……か。

 正直、違う。と言いたかったが、余計にややこしくなりそうだし黙っておこう。

 というかもう少し話が続くと思ってたんだけど。



「あらそぅ……ならいいわぁ」



 なぁんか物分かり良すぎない?

 まぁ、良いけど……。 


 ともかく、一先ずミレーヌは落ち着いてくれたらしい。

 俺はこれ以上勘違いされても困るので、レムリーズと出会った過程と鑑定のため、俺達がここへ来た事を手短に説明する。



「そぉ。あなたがこんな朝早くから来るなんてぇ、珍しいって思ってたけど、そういうことねぇ。私、てっきりまた武器を壊したのかと思っちゃったわぁ」


「大丈夫だって、この前作ってくれたこいつのおかげで頑張っていけてっからな」


「ふぅん。ちょっとぉ、見せてみなさいなぁ」


「ん? おう」



 言われたままカウンターの上に置かれた大剣。

 身長ほどの長さを持ち、大剣としての存在感ある分厚い刀身。

 それは見るからに重そうで十数キロは軽くはあるであろうに、レムリーズのみならずミレーヌもあっさりと持ち上げてみせる。



「やっぱりぃ。剣身(とうしん)が傷だらけじゃないのぉ。手入れはちゃんとしなさいっていつも言ってるでしょぉ?」


「えぇ、でも汚れたら後でちゃんと渡された油と布で拭いてるぜ?」


「整備をちゃんとしなさいって言ってるのよぅ。ほら、こことかちゃんと拭かないと、血がこびりついて残っちゃってるしぃ。

 こっちは残った油が汚れて黒ずんでるわよぉ?

 手入れをしてるのは確かに良いことだけどねぇ、こういう細かいところは、キチンとしないと、どんなに良い武器でもすぐに錆びたりしてぇ、ここぞという時に使い物にならなくなっちゃうわよぉ?」


「でもさ、この前はおやっさんに渡された道具でそこの金具外したら戻らなくなっちまったこともあるんだよ」


「えぇ!? それ、私知らないよぉ?」


「そりゃミレーヌが出掛けてたときだからな」

 

「はぁ〜……後でパパにはお説教ねぇ。で、レム。あなたやっぱり武器を定期的にこっちに持ってきなさいよぉ。安くしておいてあげるからぁ。ねぇ?」


「……わ、分かったよ。悪いな」


「謝るくらいならぁ、いい加減手入れの仕方を覚えて──あ、そうだ。ついでに教えてあげるわぁ。今度暇なときに貰ったっていう道具を持ってきてくれるかしらぁ?」


「う、うん。分かった」



 はじめからそのつもりだっただろうに。

 ミレーヌはまるで今思いついたと言わんばかりに手を叩き、笑みを見せる。

 とはいえその表情には有無を言わせぬ気迫が宿っているようで、それを感じ取ったレムリーズは小さく頷く。



「はぁ〜、面倒だなぁ……」


「んん?? そんなに教えてほしいならぁ、今から夜まで整備の大切さを教えてあげましょう。ねぇ?」


「ぅっ……!?」



 それはまさに鬼の形相。

 口調こそ優しい気であるが、彼女の怒りはとてつもなく、関係ない俺にまでピリピリと伝わってくるほどだ。


 まぁ無理もないだろう。

 あのモンスターが蔓延る場所で万が一武器を失ったとしたらなんて、考えるだけでも恐ろしい。


 戦う術を自業自得で失い、無惨に殺されたなんて……。

 しかもその原因が整備不良による破損ともなれば、ミレーヌの目線から考えればやり切れない気持ちになるというものだ。


 もっと私がちゃんと言っていれば。と自らを攻めることにもなるだろう。

 もちろんそれは先日死にかけたばかりである俺の視点から彼女ら二人を見て想像できる感想であり、予想でしかないが。


 俺個人としては、あの腕力があるレムリーズなら、素手で化け物共を殴り殺して笑いながら帰ってくるかもしれない。

 それでも無傷とはいかないだろうけれど。


 そんな彼女の安全を思えばこそ。

 それはミレーヌの話す言葉の節々や態度からなんとなく感じられるが、それをレムリーズは気づいているのだろうか?



「話、終わったか?」


「パパ、朝の分は打ち終わったのぉ?」



 まるで見計らったかのように、隣の工房へと繋がっているのであろう扉が開くと、奥からりっぱなヒゲを携えた男性が部屋の中へと入ってくる。



「あぁ……今さっきな」



 身長が低く、横に大柄な男性。

 しかし、それは太っているというわけではない。


 鉄を打つ際の安全性のためであろう厚手の作業着は、身体の体格をそれなりにハッキリとさせているものの彼の腹は出ておらず、捲くられた袖によって確認できる隆々とした腕っぷしを見るにそれらはすべて筋肉なのだろう。

 文献にあったヒトとは異なる異種族、ドワーフとはこのような人物を指すのではないだろうか? と思わずにはいられなかった。



「そっか、じゃあ店番交代してもらってもいい?」


「ん? あぁそれは構わんが……レムよ。お前さんまぁた武器を壊しおったのか?」


「いや、別に壊しちゃないんだが……」


「何言ってるのよぉ。このままじゃいつ壊れてもおかしくない状態なのぉ!」



 呆れた様子で彼は言い、レムリーズは否定。

 それに対してミレーヌは怒る。



「いや、だってよ……」


「だっても何も無いわぁ!」



 少女たちの言い争い。

 というよりかは一方的に責められているだけだが……。


 妹が友人と話していたとしたらこんな光景が見られたんだろうか。

 こうして傍から見ている分にはなんとも微笑ましいものだ。



「もう! 今から整備の大切さも含めて教えてあげるわぁ! ほら、こっちに来て頂戴!!」


「えぇ? 今からかよ?」


「当然でしょぉ。他の武器貸したら壊して帰ってくるのが目に見えてるんだからぁ! ほら、ちゃっちゃと歩く!」


「分かった。分かったから引っ張らないでくれ!」 



 大剣を手に、ミレーヌはレムリーズを引っ張っていく。

 そのせいでレムは後ろ歩きしかできず、歩きにくそうだ。



「それじゃパパ、後はお願いねぇ。この人、適切魔法の鑑定して欲しいらしいから」


「ん? それは構わねぇが、鑑定だぁ?」


「そ、この人自分の力の属性が分からないみたいなのぉ。よろしくねぇ」



 そうミレーヌたちは隣の工房へと言ってしまった。



「ふむ、お前さん。鑑定をしたいって?」

「えっと……はい」



 しまったなぁ。

 まさか言われてしまうとは。出来ることなら避けたかったんだがなぁ。

 一体、何をされてしまうのか……心配だ。


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