第82話 『甘くないですよ』
「あっぶねーっ！ 」
すんでの所で攻撃をかわした俺は、どこか切られていないか確かめた。幸い剣のサヤにも傷ひとつ無かった。
しかし、ザナックスが本気で俺を倒しに来ていることだけは現実なのだ。
くっ、戦いの場数は向こうが上だ。せめて魔法で防御力を高める方法があれば。
「かたく……かたく……」
独り言のように繰り返す俺に気付いたのか
メルが叫んだ。
「タケルっ、かたくなってるよ」
なにっ、俺はいつのまにか防御魔法を身に付けていたのか⁉︎ まさか無意識のうちに発動……
「そういう時には手のひらに人という字を書いて飲み込むんだよ！」
そのかたいじゃねえよ！ メルっ！
「よそ見をするとは随分余裕だな、タケル」
ザナックスの剣の軌跡がキラリと光り、まるでムチがしなるように剣先が俺を捉えようとする。
きいぃぃぃぃん！
甲高い金属音が響き、剣で受け止めた振動が手に伝わる。ザナックスの剣さばきは、リンカと闘った時より幾分速くなっている。どうやら手加減をしていたようだ。しかし、ザナックスの攻撃の流れは見えない程の速さではない。今や俺には充分に対応出来るだけの力が備わっていた。
「今度はこちらからいきますよ！ ザナックスさん」
真っ直ぐに近付いた俺はザナックスの手前で一瞬止まり、左方向に飛んだ。
残像を残して消えたように見えたら儲け物だ！
体を切り返しザナックスの右背後に近接する。目論みは上手くいったようで俺の剣はザナックスの右のショルダーガードを跳ね飛ばした。
「お兄ちゃん、やったね！」
とヒナの声、どうやら機嫌は治ったらしい
「凄いぞタケ……」「さすが、あたしの……」
「御主人様もっと……」「兄貴っ、ハジけ……」
皆が同時に喋るので何を言っているのかわからないが誤解をまねくように聞こえるのは気のせいだろうか⁉︎
「ヘイヘイ、ビビってるよ」
おいっ、口が悪いぞ、メル……
てっきり、思い込みでメルを見ると死神の仮面を布で綺麗に拭いていた。今、やりますかそれっ！
だけどメルじゃないとすると……俺が声のした辺りを見ると恥ずかしそうに口元を手で抑えたクラッカルの姿があった。
「………………聞き間違いだな」
「「「「「おいっ！」」」」」
俺は全員につっこまれた……
場にいる兵士達は明らかに不快感を表し槍の柄を地面に打ち付けている。
「タケル殿に10ポイント！」
ええっ、これポイント制だったの！
イルカス（ドルフィーナさん）の声に驚きを隠せない俺だったがザナックスも同様に驚いていた。
知らなかったのか？ ザナックス！
命懸けの決闘にポイントが加味されたとしても実はあまり意味がないだろう。相手が戦闘不能に陥るか、若しくは死……
異世界にやってきた俺とヒナは、戦争を知らない。だから実際に人が殺しあう事などゲームの中の話でしかなかったのだ。今も俺は、ザナックスを剣で貫こうとは思っていない。だがこの世界でそんな甘さが通用する訳は無い。
時にプライドや面子が命より重いのだ。
「……どうするか」
俺はフウと深呼吸をして剣を両手で握り締めた。
クサナギの剣は、片手で扱えるほど軽く、あらゆる物を斬り裂けるほど硬い。
だったら相手の戦意を叩き切ればいい！
「なかなかの速さだなタケル、だがこれを受けきれるかな」
ザナックスは、剣に魔力を込めた。
根元から広がった青い炎が剣を伝い剣先から吹き出すように揺らめいた。
さらに魔力を込めるザナックス。尋常な目付きでは無いように思え、薄ら笑いすら浮かべている。
「えっ、これって魔法剣士の魔力量じゃないよ。魔法使いでもかなり上級クラスの……」
ヒナが叫び、メルも驚いて口を開けている。そして味方のクラッカルさえも初めて見たような強張った表情を見せた。
俺の額から嫌な汗が流れる。
あの攻撃は避けられるのか、いや俺が避ければ……
さらに数倍に膨れ上がる剣の炎。
背後には、国王軍の兵士達が並んで立っていた。
そればかりではない、その中央には、ザナックスが守るべき人物、王女クラッカルの姿があったのだ。
「おいっ！ 味方まで巻き込むぞ！」
俺の叫びが耳に入らないのか、ザナックスは、その強大な魔力を帯びた剣を振り下ろしたのだった。
