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第57話 『最後の魔法』

「シュベルト様、どのように致しましょうか」

シュベルトの忠実なる腹心ワイニバルは、主人の判断を仰いだ。


「ふん、決まっているだろう、無能でないなら、くだらん質問をするな」


「はっ、申し訳ございません。では早速」

ワイニバルは、姿を消した。向かった先は、魔王の娘達が住む街コロントスだ。


その頃、コロントスでは、アメリアが妹の家を訪れていた。


「君とロレンシアが姉妹だったとは驚いたよ」


「あたしも、まさかケインズが、ここに居候してるとは思わなかったよ」

アメリアは、娘のメルを連れて来ていた。


「私がここに住んで良いって言ったのよ、姉さん」

ロレンシアの言葉にケインズは、頭をぽりぽりかいた。


「ふーん、それでいつ結婚するの?」

ロレンシアは、姉の直球を受け真っ赤になった。


ケインズは、メルにカリカリクッキーを与えていたのだが、動揺してクッキーを落としそうになった。


「ケインズならいつも一緒にいてくれて良いじゃない。ウチの旦那は、冒険家だからあまり帰って来ないんだよね」


「まあ、そうなんだけど……」

ロレンシアは、どうにも歯切れの悪い返事をした。魔族のツノを持つ自分がケインズにとって迷惑にならないか心配なのだ。


「俺は、ロレンシアが良ければ直ぐにでも一緒になりたいんだけどね」

ケインズは、チラリとロレンシアを見た。


「いいよ、あたしが証人になるからさ」

アメリアは、魔法使い流のプロポーズをケインズに教えた。


「ロレンシア、君の魔法が見たいんだ」


「は、はい、私で良ければ」


「では、今日たった今から、私アメリアがふたりを夫婦と認めます」


「やったあーーっ!」

ケインズは、ロレンシアを抱き上げぐるぐる回した。ふたりの嬉しそうな様子は、幼いメルの記憶にも残ったのだった。


「うれしいとぐるぐるまわるんだね」

メルは、いつか自分もぐるぐるしたいなと思っていたのだった。


「よし、お祝いにご馳走を作ろうよ」

アメリアは、食材を調達しに商店街に向かう事にした。


◇◆◇◆


コロントスに着いたワイニバルは、どうすれば、魔王の娘達を秘密裏に亡き者に出来るかを考えていた。


「確か姉の方には、幼い娘がいたはずだ」

ワイニバルは、ニタリと気味悪く笑った。


◇◆◇◆


「おかあさん、たいへんだよ、あそこに、ばくだんまんじゅうがあるよ、それからひやしかすてらがうりきれごめんって、あやまっているよ、かわいそうだからかってあげようよ」


「メルは、おやつの事しか言わないわね、今日は、美味しい料理を作るんだからダメだよ」


「おかあさんは、けちくさいなあ」


「あんた誰にそんな言葉教わったの」


「けいんずさんにきいた」


「あいつ、後で半殺しだわ」


「はんごろしってなに?」


「そんな言葉は、覚えなくていいから」


アメリアは、メルを連れて夕食の買い出しに来ていたのだ。あまりにうるさいメルに根負けしてアメリアは、メルにすずなり団子を買ってやった。


「おかあさん、だいすきーっ!」

我が子ながら、この食い意地は、誰に似たのやら……


アメリアが、肉屋に寄ってサンダー牛を物色している間、メルは外でブドウのようなすずなり団子を頬張っていた。


「お待たせ、メル!」

アメリアが店を出るとメルの姿が見えない。


「どこに行ったのかしら、あの子は」

アメリアは、ウロウロあたりを探し出した。


そのうち、見知らぬ男の子が近づいて来てアメリアに手紙を渡した。


「おじさんに渡すように頼まれたんだけど」そう言って男の子は、立ち去ってしまった。


手紙を見たアメリアは、気を失いそうになりながら、ロレンシアの家に戻って事情を説明した。


「くっ、許せねえ! 小さい子を誘拐するなんて」

ケインズは、激怒していた。メルは、近くにある王国バルセイムにさらわれてしまったようだった。バルセイムは、魔王との激戦が続いており、危険な場所だ。そこに姉妹で来いというのが手紙の内容だった。


ケインズは、直ぐに鎧を着て戦闘準備を始めた。


「アメリア、テレポートは、使えるか?」


「それなら私が、使えるわ」

ロレンシアが、珍しく殺気立っていた。


ケインズ達は、急いでバルセイムにテレポートした。


「予想以上に、ひどい事になっているわね」

街の様子を見たロレンシアがつぶやいた。


ここでなら魔王の娘である自分たちを暗殺してもうやむやに出来るに違いない。

間違いなく敵は、魔族なのだ。


「場所は、あの時計台だよな」

ケインズは、街の中心にそびえ立つ塔を指差した。


急いで時計台に辿り着いたケインズ達は、塔の階段を登り始めた。この戦火の中で崩れていない時計台は、ひどく頑丈な作りになっているようだ。途中で崩れる心配は無いだろう。


ようやく階段を登り詰めた三人は屋上の広間に到達した。


広間の中央にメルが、眠ったように倒れており、そのすぐ横にコウモリのような羽を持つ魔族の姿があった。


「あんた、シュベルトの部下いぬだよね、メルは、大丈夫でしょうね」


「お姫様、私はワイニバルと申します、どうぞお見知り置きを。もちろんお嬢さんは無事ですよ、今の所はね」

ワイニバルは、メルの頬を叩いた。


目を覚ましたメルを見てアメリアは、少しホッとしたが、未だ危険にさらされている事には変わりなかった。


「もう、用済みのお嬢さんは、返しますよ」

ワイニバルは、メルをアメリアの方に放り投げた。

慌てて受け止めようとしたアメリアの身体を鋭くとがった槍が貫いた。

ワイニバルの尻尾が伸び、槍のようにアメリアを貫いたのだった。


それでもアメリアは、メルを受け止めた。

自分の命より大切な小さな娘の事を……


ケインズの中で何かが弾けた。

残像だけを残してその姿が消えたとワイニバルが思った瞬間、ケインズは、もう目の前にいた。


見えない程の剣さばきでワイニバルは、何度も斬り付けられ、最後には塵と化した。


「ロレンシアっ! 回復魔法を」


「もう、やってるわ」


その時、突然の爆発が塔を襲った。

魔王軍の集中砲火が、堅牢な時計台の塔を揺るがしたのだ。広間の壁は崩れ床が傾いた。

滑り落ちそうになりながらケインズは、かろうじてロレンシアの腕を掴む事が出来た。

しかし、メルを抱いたアメリアは、塔の崩れ落ちた壁から外へ滑り落ちていった。


「メル、ごめんね、私があなたに残してあげられる最初で最後の魔法よ」


「おかあさん、おかあさん、おかあさん!」


アメリアは、詠唱を始めた。


ふたりが地面に激突する瞬間、詠唱は完成して、時が止まった。そしてゆっくりと巻き戻り、地面から少し浮いた状態でまた時が流れた。


アメリアに抱かれたままのメルは、無傷で地面に達した。


「おかあさんは、大好きなメルを見守っているから……だから泣かないで……」

アメリアは、眠るように眼を閉じた。


「おかあさん、いやだよう、おかあさん、おきてよう」


ケインズ達が、アメリアのもとに辿り着いた時には、すでに手遅れだった。

しかし娘を救う事が出来たアメリアの顔は、どこか安らかではあった。


その後、バルセイムは、魔王軍の手に落ちそこに住む人々は、未だ魔族の管理下に置かれているのだった。


◇◆◇◆


「私が、ケインズから聞いた話は、こんなところだわ。少し想像もあるけれど、タケルは、どう思ったかしら」

ミレシアは、俺に問いかけた。


「俺は、この馬鹿げた争いを終わらせたいんです。正直、魔族とか魔王軍とかじゃ無くて全てを操っている奴がいるはずです。それが俺達の本当の敵だと思っています。そいつは、俺の来た国も狙っている事を知っています。だから逃げる訳にはいかないんですよ、いくら俺が弱いとしても」


「そう、タケル、だったら貴方はやはりアレスの塔に行かなければならないわ。あそこには『勇者の証』があるのだから」


「勇者の証が……」


シリアスな展開にもかかわらず、「えいえいおう」と叫ぶメルに俺とミレシアは、吹き出したのだった。

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