第53話 『最悪の対面』
「そう言えばメルは、何でここにいたんだよ。簡単に入れるところじゃないだろ」
堅牢な要塞である魔王城への侵入が容易ではない事は、この世界の住人にとって明白な事実であり、単独での登城を試みる者は、魔族か関係者以外では、皆無に等しい。ましてやそれを一人の女の子が行うなど尋常な話とは思えない 。
シルク地の艶やかさを持つ灰色のローブをくねらせながら、メルはためらいがちに、ここ迄の道程を語り出した。その様子は、如何に困難な状況を回避しながらの侵入であったかを物語っているようであった……
「い、いや、そんな事ないよ、ヒナからハト通信で招待状をもらったあたしは、門をガラガラ開けて入れてもらったよ」
ザルかよ、魔王城!
「何でモジモジしながら言ってんだよ、変なナレーション入ったじゃないかよ」
「だ、だって、タケルンルンと会えて嬉しかったんだよ」
なんだよ、ルンルンって……
ともかくヒナが、呼んだ事だけは理解した。まあウチのメンバーでヒナが呼べるとしたらやっぱりメルになるのかな。
「アストライスさん、お願いなんですがアレスの塔に関する資料を探しているんですよ、心当たりは無いですか」
俺は、うなだれている天才に話しかけた。
「は、はい、ちょっと待って頂けますか」
さっきの件でアストライスは、すっかり怯えてしまっていた。きっとメルは、今まで出会った事の無い人種なんだろうな。
エリートとして称賛と脚光浴びてきたアストライスにとって羨望の感情すら心地良い程の確固たる自信があったに違いないのだが、それがメルという希有な存在によりまさに崩されようとしていたのだった。
奥の本棚をゴソゴソしていたアストライスは、程なく一冊の文献を持って戻って来た。装丁が紐で綴じてあるところから察すると報告書みたいな物だろうか。
「アレスの塔に関する資料は、ほとんどありません。その多くは不明確な伝説やお伽話でしか無いのです。この文献は、伝説の魔法使いレイラが残したものですが、アレスの塔を創造したのも彼女だったようですね」
俺は、アストライスの手から文献を受け取った。何かの皮で綴じられた文献は、表に描かれている魔方陣で保護されているのか全く傷んでいる様子もなかった。
「この本を貸してくれませんか」
レイラの残した文献であればきっと攻略の手掛かりがあるはずだ。無理にでも借りていく必要がある。
「そ、それは、ちょっと……」
難色を示すアストライスの肩を誰かが叩いた。
「もともと、ウチの大ばあちゃんの物なんだから貰ってもいいよね」
メルは、ニコニコとした顔でアストライスを脅した。
「は、はい」
もう、なんだか気の毒だぞ、アストライス
無理やりではあるが文献を手に入れた俺が、帰ろうかなと思っているとヒナとグライドが、強張った表情で一点を見つめていた。
二人の視線は、ある人物に向けられていたのだった。その人物は、図書室の奥からゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。
貴族のような衣装に身を包んだその男は、姿こそ人間ではあったが青い肌の色と頭に備わった二本の角が、明らかに魔族である事を示していた。
グライドが、つぶやくように言った。
「もどってやがったか……シュベルト」
シュベルトは、ヒナとグライドの前で立ち止まった。
「ここは、どうも人間臭いな、気分が悪くなった」
「だ、だったら、ち、近寄らなければいいだろう」
グライドの額には汗がにじんでいた。
「はんっ、口の減らん小僧だ」
シュベルトは、人差し指を突き出しグライドの額に当てた。なぜか、固まったまま身動きの取れないグライド。
「シュベルトさん、ここの蔵書を傷付けるなら魔王様に報告する事になりますよ」
ヒナが、シュベルトを睨みつけた。
「ふん、生意気な小娘だ、魔王様に可愛いがられているからと言っていい気になるな……はっ⁉︎」
話の途中で急にシュベルトは、辺りを見廻した。
「な、なんだ今の魔力は……いや気のせいか」
一瞬膨大な魔力を感じたが、今はもうその気配は、なかった。
辺りには人間の小僧と小娘がもう一組いるだけにすぎなかったのだ。
興を削がれたのかシュベルトは、そのまま黙って立ち去ってしまった。
もう少しシュベルトの対応が遅かったのであれば、俺とメルは迷わず魔法を放っているところだった。こんな時の俺とメルの行動は、結構似ているのかも知れない。
とにかく初めて対面したシュベルトは、最悪の印象でなかった。
俺達は、アストライスに礼を言って図書室を出たのだが、彼の脳裏には、さらに危険な奴らとインプットされる事になった。
帰るためにヒナにワイバーンのミハエルを借りた俺とメルは、カイザルの街に向け空高く飛び上がったのだった。




