第52話 『天才を超えるもの』
魔界一の頭脳を持ち、なおかつ紳士、それがこのアストライスという魔族だった。
そして今、その天才紳士は、死神に首を絞められていた。
「おいいいっ、メルっ、何やってんだよ!」
「タケルっ、もうすぐ堕ちるから……」
俺は、アストライスからメルを無理やり引き剥がした。本を探す為には、アストライスの協力が必要だったからだ。それとしつこいようだけど、タタケルな。
「ちっ、命拾いしたな」
メルは、どっちが魔族だかわからないような捨てゼリフを吐いた。
「あれっ、グライド殿下じゃん、どうしてここにいるの」メルは、不思議な顔をした。
「どうしてって、僕は、ここに住んでいるんだが。むしろ、お前がいる方が不思議だろ」
「えっ、お、お前、魔王軍だったのか、しまった! タケル、あたし達は、まんまと騙されていたよ!」
いや、気付いて無かったのは、お前だけだと思うよ……
「メルっ、グライドは、俺たちには、手を出さない約束をしてるんだ。だから信用してやってくれ。だいたい今迄何だと思ってたんだ」
「ヒナの彼氏かなって……」
やめろーーーっ! 嘘でも言うんじゃねえ!
「メルとやら、お前の事嫌いじゃないぜ」
グライドは、親指を立ててイイねした。
「違うよ、グラくんは、友達だから」
冷静に否定するヒナの言葉にグライドは、膝から崩れ堕ちた。
「でもタケルは、何であたしがもう少しで魔王を倒す所だったのを止めたりしたの」
「明らかに魔王じゃねーだろ! この人」
首を絞められたアストライスは、まだゴホゴホ言って倒れていた。こんな弱い魔王は、いないだろ……
「だ、だってこんな広い部屋をひとりで使っているなんて、魔王に違いないと……」
だいたい1階にある時点で、魔王の部屋じゃないと気付きそうなもんだか……
「ごめんなさい、でした」
俺が、事情を説明するとメルは、素直にアストライスに謝った。
「いや、もう良いですよ。まあ、勘違いと言う事は理解しましたから。全然気にはしてはおりません。しかし貴方の厚顔無恥な行動にはむしろ敬意を評します。愚蒙な立ち振る舞いは、人知を卓越したノーブルな獣畜性すら感じさせますね。さすがの私も冷嘲熱罵を禁じえません」
アストライスは、めちゃくちゃ根に持っていた……
「タケルっ、この人、凄くいいひとだよ」
ポジティブな捉え方は、メルの才能だ。
「あの、アストライスさん、魔王さんに許可を貰ってるんですが、とある本を探してるんですよ」
俺は、魔王から貰ったきらめく金のペンダントをアストライスに見えるように掲げた。
「はっ、そ、それは」
アストライスは、急にひざまずいた。
メルもひざまずいていた……
「魔王さんから許可はもらってますから、問題ないと思いますけども、そのひざまずくのは、どう言う事ですか」
意味もわからずひさまずかれるのは、あまり気持ちの良いものでは無い。
アストライスは、濃い緑色のローブに身を包んでいたが、目深に被っていたフードを取り顔をさらした。
繊細で神経質そうなアストライスの顔立ちに知性がにじみ出ている印象を受ける。
「その金のペンダントは、国賓として迎えられた証なのです。以前、大魔法使いミレシア様が来られた時にも付けておられました」
アストライスの言葉にメルが、反応した。
「わらわの祖母ミレシアが、ここに参った際につけていたものと申すのか」
いったい誰だよ、お前は!
「な、何だと、この娘はあろうことか我が崇拝する、ミレシア様の血縁だと言い張るのか」
アストライスは、神経質な顔をしかめて、メルをにらんだ後、問い掛けるように俺の方を見た。
「残念ながら、こいつの言った事は本当です、しかもミレシアは、メルを可愛がっていますよ」
   
俺の言葉にアストライスは、かなり衝撃を受けたようだ。肩を落としてうずくまった。世の中には、予想を超えた事実が存在する。メルは、そのひとつと言ってもいいすぎでは無いだろう。
なんせツノがあってもおかしく無いのだから……
メルは、アストライスの肩をぽんと叩いた。
「どんまい!」
魔界のエリートの挫折した瞬間であった。
 




