第50話 『黒い妖精さん』
魔王は、いわゆるモンスターみたいな外見ではなく人間に近い姿だった。冷たく無表情な青白い顔に爬虫類を思わせるような目をしている。ヒナの言っていたようなおじいちゃんのイメージでは無く、端正な顔立ちをしている。なんと言うか、ちょい悪オヤジの怖い版みたいな感じだろうか。
滲み出るような怖さは、金色に光る鋭い目にあるのだと思う。今は、陽光に照らされた顔が更に青白さを際立たせ、頭に生えた艶やかな黒い二本の角を鈍く光らせていた。
「ヒナやそなたの下僕とやらは、そちらの貧相な少年か」
魔王は、俺を威嚇するように睨みつけたあとヒナに問いかけた。
白々しいぞ魔王の奴、俺がヒナの兄だと門の管理から情報が届いているはずなのに……
「いえ、それは違いますよ。ここにいるのは、わたしの大切なお兄ちゃんです!」
ヒナは、こめかみをぴくぴくさせながら答えた。ヒナは、怒っていたのだ。
俺はもう"大切なお兄ちゃん"という妹の言葉ですべての罪人を恩赦にしていい程の安らかな気持ちなのだが……
「なんだと!」
ヒナの言葉に激しく反応する魔王。
そのまま、右手を手刀の形にして前に差し出す。くっ、魔王を怒らせちまったか!
ヒナを守らないと!
「め、めんご、めんご、こうだったなヒナの国の謝り方は」
おいっ、魔王に何を教えてんだ、ヒナ!
「ちょっぴり舌を出せば完璧です。魔王さま」
そんなレクチャーいらないだろ!
しかし門の係のクマは、ちゃんと情報を伝えてなかったみたいだな。
ま、まあヒナが無事だったからいいけど。
魔王は、少し、いや、かなり表情を和らげたのだがベースが、怖いのでニッコリしないで欲しい。頭から飲み込まれそうだ。
「ヒナのお兄ちゃんとやら、名前は、なんと言う」
「はい、タ、タケルです」
いきなり聞かれて少しビビった俺。
「タタケルか、なかなか良い名だな」
ちがう! でも訂正する気はない!
「魔王さま、実は折り入って話があるんですが……」
と魔王に切り出した俺は、側近の魔族を見廻した。今は4人の魔族が護衛についている、ワニぽいのと牛っぽいのとライオンにイルカみたいな奴らだ。フクロウのベルナルドを含めて5人の魔族がこの部屋にいた。
魔王の護衛をする奴らなら相当の実力者だろう、皆立派な角を生やしていた。
俺の気持ちを察した魔王は、側近をすべて下がらせるよう命令をした。
「ドルフィーナ、皆を下がらせよ」
なんだか妖精のような名前の魔族だな。絶対イルカの人だと思うけど……
「ですが、魔王様それでは……」
イルカの言葉を待っていた俺は、背後からの声に驚いた。そして振り向いた俺の目は、そこに釘付けになった。
アゲハ蝶のような漆黒の羽根をまとった半裸の美しい女性が、立っていたのだ。
"お姉さんタイプ"
俺が、ガン見しているとヒナがジト目で睨んでいるのに気付いた。
「あ、あぶないっ、ウッカリ魅了の魔力にやられるところだったぜ」
俺は、かいてもいない汗をぬぐった。
「ふふふっ、タタケルさん、私に魅了の魔力は無いんですよ、ですがそんなに見られると少し照れますね」
ドルフィーナは、少し頬を赤らめた。
どおーーーーーーーん!
突然衝撃が走り俺の体が吹き飛ばされた。
だ、誰だっ! 二度目のヒナだった。
壁に激突し薄れゆく意識の中で深く反省する俺だった。
目を覚ますと誰かの膝枕だった。ヒナだろうか? 薄っすら目を開けるとドルフィーナの顔が近くにあった。
「やっと、目を覚ましたようですね」
「な、ななな、な、何でこんな」
慌てて飛び起きた俺にヒナが、しょんぼりした様子で語りかけた。
「ごめんなさい、お兄ちゃん、ドルちゃんが自分のせいだからって、起きるまで待ってるって……」
そう、俺の名はタタケル、魔族に膝枕されし者、そして魔王をたおす勇者にならんとする者なり。
「ヒナ、大丈夫だよ、結構頑丈になったみたいだよ俺。あとドルフィーナさん、ふかふかをありがとうございます」
俺は、ヒナとドルフィーナに心配を掛けたようだ。
そう言えば、魔王は、どこに……
気絶した魔王が、ヒナに膝枕をして貰っていた。
「ど、どう言うことなんだ、ヒナ! 一体誰が」
「お兄ちゃんが、ドルちゃんに介抱されている時、急に魔王様が倒れてしまって仕方なくわたしが」
どうやら、側近達は誰もいないようだ。
なるほど、怪しいな、気絶している魔王は、どうにも安らかな顔をしている。
やらかしたな、魔王の奴!
「ま、魔王様っ、大丈夫ですか」
俺は、力強く魔王の体を揺さぶった。
「おっおおっ、タタケルか、どうやら貧血を起こしたようだ」
どこの世界に貧血を起こす魔王がいるんだよ!
「顔色が悪いので心配しましたよ、魔王様」
それ、もともとだよ、ヒナ!
魔王は、起き上がると俺にさっきの話の内容を尋ねた。妙にテラテラしている様子だ。
ドルフィーナが出て行く様子が無かったので魔王への話は、当たり障りのないものに切り替えた。こじれては、ヒナが大変だ。
「はい、魔王城の見学と図書室での閲覧を許可して貰えますか?」
「いいよ」あっさりOKが出た。
魔王は、魔法で金色のペンダントを取り出して俺に渡した。
「これを付けていれば、ひとりでも食べられることは、ないと思うから……」
食べられる可能性あるの! しかも随分自信なさげなんで超心配なんですけど。
金色のペンダントを付けた俺は、魔王に礼を言ってヒナとともに図書室に向かうのだった。なぜ魔王に呼びつけられたのか謎のままに……




