第47話 『妹のつばさ』
「おいっ、それは本当なのかヒナっ!」
お馴染みのカイザル商店街でヒナとランチデートをしていた俺は、ヒナの言葉に思わず声をあげた。
ワイバーンのガブリエルが、出産準備の為にしばらく出動出来ないらしい。
「そうなんだよ、お兄ちゃん。だからアレスの塔には、すぐに行けないかも知れないよ。ごめんね」
そう言って前で片目をつむり手を合わせる妹を責める事ができる者がいるだろうか、いや、ないわーっ、そんな人
「何言ってるんだよ、そんなのヒナが謝る事じゃないし、むしろ良い話じゃないか」
アレスの塔には、早く行ってみたい気持ちがないといえば嘘になるがヒナを困らせる訳にはいかない。しかも未だアレスの塔に関しての情報は、伝説レベルの事ぐらいしか入手できていないのだった。
「アレスの塔には、ある程度、準備してから行った方がいいと思ってるんだ。まだわからない事だらけだからね」
ヒナは、頷きながらピンク色のふわふわしたデザートを食べていた。ふわふわした感じが、なんともヒナによく似合う。
「ヒナっ、いま食べているそれってマシュマロか?」
ピンク色ではあるが、ふわふわしていながらも弾力のあるそれは、俺達の世界のマシュマロに非常に良く似ていた。
「えっ、お兄ちゃん、キューネル知らないの」
キューっと鳴く娘なら知っているが、キューネルは、知らない。ふわふわしているところは、同じだけど。
「はい、あ〜ん、食べてみてよっ」
ヒナは、こともあろうか、自分のフォークで刺したキューネルを俺の口元に差し出したのだ。
俺は、感激で胸が潰れそうになりながらも、最大限平静を装った。
「な、なななんだよ、し、ししょうが、な、なないなあ」
言葉になっていなかった……
挙動不審の俺にヒナは、怪訝な顔をして手を引っ込めかけた。
慌てた俺は、フォークに刺したキューネルを捕食した。パクリっ
「えっ、なんだこれ……」
マシュマロをイメージしていた俺は、その味に驚いた。
弾力のある外側に対し、中身は、スフレ状になっているようで舌の上でスッと溶けるような食感だ。後から遅れてやってくるフルーティな香りが、味覚と嗅覚を暴力的なまでに刺激する。
神パティシェの仕事に他ならないのだろう。
「おいっ、ヒナ凄い美味しいな、キューネル」
「でしょ、私コレ、大好きなんだっ!お兄ちゃんっ」
"大好きなんだ、お兄ちゃん"
そうか、生きてて良かった。
お土産に買って帰ろう、キューネル、ありがとうキューネル。
「そう言えば、アレスの塔の事なんだけど、魔王城に文献が、あるかも知れないよ」
思い出したように言ったヒナの言葉に俺は、自分を取り戻した。いまは、キューネルに想いを馳せている場合では、なかったのだ。
「それって、ヒナに探してきてもらう事ができるって事かな」
「私ひとりだと無理だよ。だって体育館ぐらいあるんだよ魔王城の図書室って」
凄いな魔王城っ! それだけあれば本当に見つかるかも知れないな。
ヒナを見ると何か言いたそうにモジモジしている。
なるほど、そうか!
「ヒナっ、トイレなら……」
俺が言い終わらない内にヒナの右ストレートが、ボディに炸裂し体が宙に舞った。まるでスローモーションのように感じたが、実際には俺の体は、一瞬で街路樹に叩き付けられていた。
「ああっ!」
ヒナの声が聞こえて、すぐに俺は抱きかかえられた。
「ご、ごめんね、お兄ちゃん。変な事言うから、つい」
妹は、いったいレベルいくつになったんだろうか。
もう少しこのままでいたい気持ちで一杯だったのだがヒナの言葉でまた俺は、現実に引き戻されることになった。
「お兄ちゃん、一緒に魔王城にきて欲しいんだけど……」
「ええ〜っ!!!」
驚いた俺は、手土産を買おうと決意したのだった。




