第151話 『終焉の翼』
シュベルトは、俺がいた辺りにチリほどの欠片も残されていない事に満足して顔を上げる。しかし次の瞬間奴の目は、大きく見開かれる事になった。
何故なら目の前の空中に倒した筈の俺の姿が、あったからだ。
「な、何故お前が!?」
シュベルトの驚きは、もっともだ何せ当の俺自身が一番驚いているのだから。
アリサの召喚獣『ナイトメアナイト』は、なんと俺と融合し白い翼をもたらしたのだ。一瞬でシュベルトの攻撃を掻い潜り急上昇、そして今、奴の眼前に迫っている。すげーぜ、この白い翼っ!!
「タケルーっ」
「タケル!」
「お兄ちゃん!」
「お兄様」
「だーりん!」
そうだ、下にいる仲間達の祈るような声。俺は、今まさに超期待されているに違いない!!
心なしか皆、目に涙まで浮かべている様な……
「タケル、お前の無念、私が受け継いだ」
「タケルーっ、どうしてあたしを残して……」
「お兄ちゃん、どうしてなの……」
「お兄様、どうぞ安らかに」
「うううっ、えぐっ、ああーん」
はっ!?
どういう事?
羽をパタパタしながら宙に浮かぶ俺。
「………………っ、おいいいいっ、死んでねえよ俺! 召されて天使になった訳じゃねえから!!!!」
と言うか、お前は分かってるだろ、アリサっ!
安らかに、ってなんだよ!
「なっ!! 貴様っ、まさか生きているのか!?」
お前もかよっ、シュベルト! それかよ、驚いてたの!
そもそも期待されてると思ったのが間違いだ。こいつら全員の期待なんていらねえ。
俺は、シュベルトを見据えると最後の決着を付けるべく、こう言い放つ。
「我が翼で貴様を永遠の眠りへと誘わん! さあ終焉の業火に身を焦がすがよい」
あれ、ナイトメアナイトとの融合の後遺症で何か変なセリフ出ちゃったよ。『最後の決着を付けようか』って言いたかっただけなんだけど……
まあ、しょうがない、アクが強い召喚獣だからな。
「貴様、ふざけてるのか……」
シュベルトの逆鱗に触れた。だよな、命のやり取りになろうかって時にこの痛い文言だもんな。
シュベルトは、クルリと周り手を体の上で交差した後、眼の上でVサインを作る。一体何をしたいのだろうかと戸惑う俺。
「お前っ、決めポーズも無しにそのセリフは、無いだろう!」
うるせーーーーえわっ!!!!
と言うか、この世界の感覚どうなってんだよ。
そんなこんなで妙なテンションのままシュベルトと空中で対峙する事になったが、これでもようやく奴の土俵に上がっただけで決して優位に立った訳ではない。
狙うべきは、奴の力の源である魔法の笛。それさえ奪えれば無力感出来るとは言えないまでもかなりの弱体化が期待できる。
俺は、全力でシュベルトへと接近して笛を奪い取らんと試みる。ナイトメアナイトの翼は、予想を超えた速さでシュベルトとの距離を詰め……そして追い越した……
ダメだろっ、追い越しちゃ!
予想を超えるその速さは、瞬間移動に近く全く制御出来ねえ。
その追い越した瞬間を背後からシュベルトに魔法弾で狙い撃ちされる。かろうじて攻撃をかわして反転するも、やはり素通りして良い的になるばかり。
もう体当たりしか無いのかよ。
覚悟も決まり、そう考えていると何やらサクサクと音が響いてくる。
「!?」
何だ? 緊張しつつ音の元へと視線を移すとそこにはサクサクとドーナツを頬張るメルの姿が、あった。
一体何処からそんな物を出したのか。
「お前っ、こんな時に何やってんだよ!」
思わずメルに叫ぶ俺。
「心配ないよ、タケ……モグモグ……ル。これは、大事な事なんだよ!」
何が大事なのかさっぱりわからん……
いや、待てよ……そうか、そう言う事か!
「わかったぜ、メルっ!」
これは、シュベルト攻略のヒントに違いなかったのだ。メルは、遠回しにそのヒントを教えてくれたのだ。
「タケルっ、お腹がすいたら戦が出来ないんだよ!」
思ってたのと違う。どうやらアリサが、メルにいらんことわざを吹き込んだだけだった。
しかし、閃いた戦略は、単純だがシュベルトを追い込む為には案外悪くないかもしれない。
俺は、シュベルトの周りを円を描くように素早く回る。そう、ドーナツのように奴を取り囲んで円の中心へと追い詰めるのだ。
剣を納めた俺は、ひたすら高速で回る事に集中して円を狭めていく。先程、斬り合った時に感じていたのだが、シュベルトに剣での攻撃は、ダメージを与えにくいのかもしれない。
なら、いっそ奴から奪った魔力を拳に込めて叩き込んでやる。
「いっけえーーーーっ! タケルっ! もぐもぐ……」
「やっちゃってーーっ! お兄ちゃーーん!」
「たのんだぞ! タケル!」
「お願い! お兄さま!」
「終わらせなさい! あなたの力で!」
皆の声援を受けありったけの魔力を拳に込める。
「無駄だっ!! 愚かな勇者気取りめ!」
シュベルトもまた、タイミングを計り俺への反撃の隙を窺っていた。禍々しい色の魔力が、目の前を覆うように広がって襲いかかる。
「呪われるがいい。ふはははははっ」
恐らくこの瞬間、シュベルトは勝利を確信したに違いない。だが俺は、知っていた。俺に掛けられた魔法、その効果を……
「大丈夫だょっ!」
ヒナの声が、俺の耳に届く。
最愛の妹が、自らの命を顧みず俺に託した魔法『カオス・リフレクト』いかなる物資攻撃も魔法攻撃も無効にし一度だけ術者へと跳ね返す、魔王だけに与えられた特別な力。ヒナは、それを自分にではなく俺に掛けていた、そのせいで一度は命を落とすことになったのだ。
「ああ、分かってる!」
防御もせず拳に力を込めた俺の姿にシュベルトは、どんなにか驚いた事だろう。焦る様子で呪いとおぼしき魔法を放つ。
だが、それは当然の如く俺に触れる事は無かった。返された闇魔法は、逆にシュベルトを襲いその身を焦がす。
「ぐわああああっ、な、なぜだっ!」
自らの呪術魔法に侵されながらもシュベルトは、ある結論に思い当たった。
「ま、まさか、いや、これはカオス・リフレクト……。だが人間如きが、この魔法を使えるはずがない」
プライドの塊である彼は、理解が追いつかず事実を認める事が出来ないまま体を硬直させる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおーーっ!!」
俺のありったけのカミナリ魔法を込めた拳が、隙だらけのシュベルトの胴を貫く。地面へと叩きつけられたシュベルトは、床へと深く体をめり込ませる。
「ご、がはっ……!」
血を吐いたシュベルトの目からは、光が失われていく。その様子は、苦しかったこの戦いの終わりを意味していた。
「シュベルト、お前の負けだっ!!」
「ば、馬鹿な……この……私が、あり……えぬ……」
叩き込んだ雷の魔法のダメージのせいで身動きすら出来ぬシュベルトは、かろうじて口を動かすのが精一杯の様子だった。
全ての元凶であるこの男は、配下に命じ魔王の娘であるメルの母を殺し、多くの人間を殺め、更にはエルフの森を襲うという大罪を犯した。
振り上げた剣でシュベルトの心臓を切り裂けばこの戦いは、終わるんだろう。そしてそれは今は俺の役目なんだと思う。メルの手を汚すことはない。
覚悟を決めて剣に力を込め振り下ろそうとしたこの瞬間だった。
「わ……たしは、掴めなかった……んだな」
それは、シュベルトの口元から聞こえる、独り言のようにか細い声だった。手を止めた俺は、その言葉を拾うように耳を傾ける。
「勇者よ、くだらぬ話を……聞いて……くれるか?」
自らの呪い魔法を受けたシュベルトは、息も絶え絶えになりながら言葉を繋ぐ。ここに来て命乞いだろうか?
だが敢えて聞く必要もない罪人の言葉だが最後に掛けてやる温情くらいは残っていた。
「ああ、俺が、聞いてやる」
「そうか、すまぬな……」
そう言うとシュベルトは、遠い目をしてゆっくりと話を始めた……