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第121話 『ほっとけないや』

「はい、ホサマンネン様」


メイド姿のニャルロッテは、相変わらずホサマンネンさんの世話を焼いている。今も大盛りの朝食をテーブルまで運んできていた。これでも元魔王候補生だったのだが、すっかり角が取れてしまったようだ。


「いやあ、ニャルロッテの運んで来てくれた食事は、格別にうまいな! 思わず皿まで食べてしまいそうになる」


ホサマンネンさんなら、本当に食べかねない。


「えへへっ、そうですか。でも皿のカケラが喉に刺さりますので気を付けて下さいね」


「いや、それは困るな、わっはっはっ」


「大丈夫ですよ、あたしが火ばさみで取ってあげますから、うふふふ」


と、そんなやりとり


ウゼーーーーツ!


「タ、タケルっ、き、切っていいかな」


気持ちは分かるが切っちゃダメだよ、リンカさん! 耳のいいリンカは、興奮して今にも剣を抜きそうな勢いで立ち上がった。


ふと、目線を移した先にボーレーンの姿もあったが他の兵士と離れて食事をしていた。

過去に彼が犯した罪は多くの同胞への陰湿なまでの体罰であったがその為に再起不能になった兵士も少なくなかった。

その頃の事を知る兵士もいるのだろう、彼に近づく者はいなかった。


「弱い事が罪なのだ」とは当時の彼の言い分なのだが剣武の才に恵まれ過ぎた彼はその長く伸びた鼻を兄であるザナックスにへし折られるまで己の考えを揺るがすことは無かった。


妙にしょんぼりとしているボーレーンの様子は、気にならないと言えば嘘になる。ほっとけない性分なんだよな、まったく。


ボーレーンの方へ向かうと後ろからメルも付いて来た。メルの行動の意味をいちいち考えるのは無駄でしかない。


「前に座っていいかな、ボーレーン」


「なんだ、隊長か……今はひとりになりたいんだが、何か用か?」


ボーレーンの声は現れた時とはまるで違う弱々しいものだった。ホサマンネンさんとの一件で心を折られてしまったのだろうか?


「気にするなよ、ボッチレーン!」


「ボッチじゃねえっつ!!」


メルは、あははと笑いボーレーンにいいねした。


「ちゃんと大きな声が出るじゃん! あたしは、アンタが泣き出しそうに見えたよ」


それは、メルなりの励ましだった。魔族に肉親を奪われた境遇は、無意識にそんな行動を取らせたのかもしれない。

案外いい奴なんだよなメルは。


「正直、泣きたいくらいの気持ちなのはほんとうだ。大切なものを奪われた、その事実はどんなに気持ちを切り替えても変えられない。情け無い騎士だと思われるのも仕方がないと思っているよ……」


ボーレーンの心に刻まれた傷は、ひび割れ、修復出来ない部分としてずっと残っているのだろう。

それはメルにとっても同様でずっと埋まらない隙間を抱えているに違いない。


肉親を魔王軍に奪われた者同士……


「ボーレーン、やりきれない気持ちは、わかるけど折れたままじゃダメだと思うんだ。乗り越えて元通りになる気持ちを忘れないことが大事じゃないかな」


「そうだろうか? いや、やはり無理だな……」


ボーレーンは、懐から大切そうに小さな木箱を取り出した。


「見てくれるか?」


ボーレーンの視線に俺とメルが静かに頷くと彼はゆっくりと木箱の蓋を開けた。


中には周囲の光を浴びて反射させるキラキラとした……キラキラと……


おいいーーーーーーっ!!

これさっきのフォークじゃん!!!!

泣くほど大事かよ!


そこには、ホサマンネンさんと対決した時にねじ曲がったフォークが大切そうに仕舞われていた。


「ミスリル製だ!」


聞いてねえーよ! そんな事!

俺とメルの優しさを返して欲しい!


「もうエルフの森で直してもらえなくなってしまった。魔族も罪な事をするもんだ……」


気に掛かるようなボーレーンの一言。魔族が関わっているようだが……


「エルフの森で何かあったのか!?」


「なんだ、隊長は、知らないのか。エルフの森が魔族の襲撃にあったことを!」


ボーレーンのいたバルセイムの街中の方が、商人達の情報が入りやすいのだろう。数日前にエルフの街は、魔族の襲撃を受け占拠されたらしいのだ。


魔力の高いエルフが揃っているあの街がそう簡単に陥落するとは思えなかったが、ボーレーンが冗談を言っている様子も感じられない。


「襲撃だって!! どうして魔王が!?」


「いや、聞いた話だと真魔王を名乗る奴の仕業らしい。今は、危なくて近寄れないらしいが行商人は逃げる事には長けている。そいつらの持って帰った細切れの情報を繋ぎ合わせてるんだろうからどこまで正確かはわからんがな」


「真魔王だって! そいつの名前は!?」


「いや、ああ確か、スベルトだかなんだか……」


そんな雪道で、すっ転びそうな名前じゃない。


「シュベルトじゃなかったか?」


「おお、それ、そいつだよ!!」


魔王に反旗をひるがえした魔族シュベルトは、拠点となる街を欲していた。それは知っている。だがわざわざエルフの街を襲ったのは自らの力を知らしめる為であるのかもしれない。まったく、つくづく嫌な野郎だ。


「なあ、ボーレーン。魔族との決闘には志願するんだろ?」


「ああ、そのつもりだ。どうやらそれが復帰の条件らしいからな」


ボーレーンは、少し表情を曇らせた。多分、魔族との戦闘が命のやり取りになる恐れがあるとわかっているのだろう。


最終メンバーは、志願した兵士から選ばれる。ボーレーンの力量なら充分に戦力として期待出来るのだ。だが人間性はどうだろうか? ボーレーンは、人の心を大切に思うだろうか? 国を守る事を自身の顕示欲と勘違いしていないだろうか? そんな人間を代表として選んで良いのだろうか?


ボーレーンは、そんな俺の心情を知るはずもなく、先程のフォークを大切に箱に戻している。


「そんなに大切な物なのかい?」


ボーレーンは、きまりが悪そうな顔をしてボソリと答えた。


「兄が買ってくれた物だからな……」


そうだ、高圧的な態度で俺達の前に現れたボーレーン、彼は、バルセイム城で受け入れられない状況をわかっていたのだ。それでも敢えて戻って来たのは、兄への強い想いなのだろう。

この男は、決して腐り切ってはいなかったのだった。











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