才能と夢
「…うまい…」
「でしょー♡」
俺が今食っているのはパンケーキだ。
うちにベーキングパウダーなんてもんはないから、
あまり膨らんではないがかなりうまい。
「小麦粉と卵と砂糖しかつかってないからぺったんこだけど」
「いや美味しいです。」
甘いものなんて市販のやつしか食ったことなかった。
手作りは…こんなうまいのか…。
「ふふ気に入った?また作ってあげよっか?」
「…俺には贅沢すぎます」
いや
一瞬俺もお願いしようかなとか思ったよ。
でもそれって
俺ん家にあがってもいいって事になるじゃないか。
また床ドンされたら困る。
すっごい困る。
「そーかなー」
「そうですよ。」
「でも、すっごい幸せそうな顔してる。」
まじかよ。
恥ずかし。
「そんなこと…ないですけど…」
そりゃ俺は男だけど甘いもの好きだし
こんなあったかい甘いものはじめて食べたけど
そんな幸せそうな顔してるとか…
ない…よな。
「あっそうだ 今日平日だよね?そーたくん学校じゃないの?」
「…それそのまま貴女に問い返しますよ。」
「あー…」
照れくさそうに顔を背ける。
言いにくい理由なのだろうか。
だったら
少し悪いことしたな…。
「あの…言いにくかったらいいですよ」
「ううん。単純にね」
「…」
「落ちたのよ」
……?落ちた?
あんなにうまくピアノが弾けるのに?
「今ピアノ弾けるのにって思ったでしょ」
「あっはい…ばれました…?」
「そーたくん結構顔にでるもん」
そうだったのか
全く意識してなかった。
顔をついつい撫で回してみる。
ポーカーフェイス…あこがれてたんだけどなぁ…。
「私ね。ピアノコースじゃなくて管弦打楽器コースに行きたかったの」
「管弦打楽器コース…いったいなにを目指していたんですか?」
「ソリスト…かな。」
ソリスト…クラリネット奏者の事だ。
でもこの人絶対ピアノ弾いてる方が似合う。というかピアノと相性がいい。
弾きだされる音。それを包み込むような余韻。
ピアノコースなら受かってたんじゃないか。
それでも…クラリネットにこだわる理由って…
「あっごめんねっつい長居しちゃった」
「あぁ…いえ別に…」
「それじゃ私バイトだからまたねっ」
…勝手に来て荒らして勝手に去る。
暴風雨みたいな人だ。
俺の心に少しだけ違和感を残し去っていった彼女が作った甘くて暖かいパンケーキは
もう冷めておいしくなくなってしまっていた。