春のイタズラ
―桜の咲く季節
窓の外は淡いピンクの花びらが舞っている
優しい陽の光に照らされ桜の花が踊っているようだ。
華やかで暖かい春。
そのせいか
道行く人の表情もいつもより少し違って見える。
新生活に思いを寄せる者。
新学期にわくわくする者。
涙を拭く者。
重役っぽいサラリーマンの顔も穏やかだ。
そんな春の桜の中
俺はひとり毛布を被って外を覗いていた。
このボロアパートはボロアパートのくせに駅に近い
そのせいで毎日いろんな人が行き交う。
その表情を見るのが俺の唯一の趣味
こんなこと友達にバレたら大変だ。
…そんなものいないけど。
それにしても
今日はあたたかそうだ。
俺は引きこもりだが、今日みたいな暖かそうな日は外に出たくなる。
なんか文句ありそうな顔はしないでくれ。
人だかりがなくなったら外にでてみるか…。
そんなことを考えつつ郵便受けをチェックする。
生活費と書かれた封筒
開けると中には5万円。
実家から送られてくるものだ。
銀行に振り込んでくれよ…。
いつか取られるぞ。これ。
そんなこと思いつつ
家賃の2万5千だけ封筒に残しサイフに入れる。
2万5千じゃゲームも買えねぇよ…
まぁ家賃と食費出してくれるだけありがたいけど。
俺だってゲームしたい年頃だ。
もう少し多くてもいいのに…
いかんいかん。
欲に負けてはいかん。
まだ道の人だかりは消えない。
朝飯でも作ろう。
昨日炊いておいた米に生卵と醤油。
ついでに鰹節をパラパラっとすれば立派な料理の完成。
艶のある黄身に穴を開けて
香ばしい液体を流し込む。
ひらひらと動き出す鰹節をよそに
ぐるぐるっと無慈悲にかき混ぜる。
口に入れれば
香しいモノが鼻をくすぐり
優しい卵の味がふわりと広がる。
…日本人でよかった。
ものの数分で平らげため息を吐く。
やはり卵かけご飯はうまい。
反論は認めない。
だれが考えたのだろう。
全く素晴らしい考えだ。
ガタン……
不意に電車の通る音が聞こえた。
結構駅から離れてるはずなのにたまに聞こえるのだ。
気づけば午前10時
3時間も卵かけご飯の事を考えてしまった。
バカか俺は。
さて。
散歩にでも行くか。
ドアを開けると春風が頬を撫でる。
優しく暖かい。
春は好きだ。
とりあえずコンビニでもいくか。
春限定スイーツみたいの食いたい。
女子っぽいかな。
男がスイーツ食べちゃ行けないなんて理由ないよな。
買っちゃおう。
「いらっしゃいませー」
無機質な声に出迎えられ
テキトーに店内を物色していく。
『限定!春の絶品スイーツ祭り!』
ありきたりな販売文句だ。
だが誘われる。不思議。
桜のティラミス
桜のミルクティー
桜ゼリー
…春といえば桜ってか。
それ以外に思いつかないのかね。
まぁいいけれど。
そんなこんなで1000円衝動買いをし
アパートに戻った俺。
アパートの前にでっかいトラックが止まっている。
なんだあれ。
引越センターのプリントがされた2tトラック
このボロアパートに新しい人が増えるってことか。
俺しか住んでなかったから気楽だったのに。
舌打ち混じりに自分の部屋。201号室に戻る。
別に挨拶さへしてあとは関わんなければいいよな。
ピアノが気軽に弾けなくなるのは嫌だなぁ…。
とか考えながら
鍵のかけていないドアノブを捻る。
そこには
畳の六畳一間にそぐわない大きなアップライトピアノと
敷きっぱなしの布団が待っている…はずだった。
「!」
大きなアップライトピアノ
しきっぱなしの布団。
いつもの201号室に
見覚えのない少女が追加されていた。