人以外
突然決壊したのだ! 崩れた! 破れた!
溜まっていた精神の膿は死! 死! 死!
生きているのがバカらしく、死んでしまうのもバカらしい。それでは一体どうすればいいというのだ! ここにわが身は進退窮まる。時に15の暁だ! 生まれた頃から膿んでいた! 崩れた! 破れた!
しかし、それは生まれてこのかたはじめての、私が、そらあの人にも、目に見えて理解せしめし感情の発露だ! 青春のモデルだ! 言葉なく、ああ言葉なく! 誰にもなにも知られぬよう、誰にもなにも教えぬよう、いつだってそう生きてきた! しゃべってくれなきゃわからない? そう言う奴はしゃべったところで理解しようとしないではないか! 私はいつだって異常はないのだ! お医者さまだってそう言っているだろう!
より内に、より芯に、死よ! 能わざる、ああ能わざる! 生きることも死ぬことも、生死はおいおい盲亀の浮木。生まれてこのかた真に楽しかったことなどあっただろうか。いや無い! 無い! 無いのだ! 辛いことすら、無い!
人の感情を忌み嫌う。その様内心ダカツのごとく! どうして泣いたり笑ったりで喜べるのか理解できない。
気に入っているわけでもない、だけども席に着くなりコーヒーの運ばれてくる喫茶店にはいれば、どこもおもしろくない話で笑いあう人々のグループ。絶望する! 世界が崩壊する! ガキの戯言と言うなかれ、事実は事実、絶望だ! 内容ではなくその人と言葉を交わすのが良いのだと、私だってそう解することはできる。だけどもなんともアンポンタン。それらの隣でひっそりとまた堂々と、分裂病者がイヤホンをしてラジオを聴きながらひとりしゃべっているぞ! 拝みながらもしゃべっているぞ! そっちの方が実に愉快! しゃべる言葉の知性すらまさる! これじゃどちらが狂人だ! 大海は狂人のよだれでうまっているのだ!
怯えて怯えて死んでゆく。私はきっとそうだろう。怯えて怯えて、誰よりも! できうるかぎり抗って、死んでゆくのだ!
希死とは長年来の友人だ。あいつの好みもわかっているよ。怯えた私にそっくりだ! ゴムの破れたセックスで、中座をせよというのか君は! 微に入り細を穿つその仕留めには、崩壊なくして完成をみず!
友は言う「もういい加減待ちくたびれたよ」
私は応える「同感だ」
手は震え、膝に力なく、足首には骨が余り、腰は立たず、股関節は錆びついて、肩はきしみ、首は頭の重さに耐えかねる! もやのかかるこの頭のなんと重いこと!
頭痛に悩まされ、鼻炎が続き、動悸も続き、めまいふらつき立ち眩み、喉は砂糖を受けつけず、胃は燃え、尿は臭い! 眠れず、動けず、不意に倒れる! しかしこれ異常なし! 健康の証だ! 不浄の健康法!
感情! 感情! カタログギフトだ! 好きなものをえらんで満足すればいいのさ! 過去も真似も、先も髄も、莞爾かたくなに!
愛するものはただひとつ、それは吹けば飛ぶようなひとひらの「おかしみ」
真っ白なショートケーキのいちごの上に鼻血が垂れてしまうような、分別のつかないおかしみを、胸に、墓に、もってゆきたい。
激怒し感情のほしいがままにその身をゆだねている貫禄ある男が、怒声の最中にゲップをしてしまい、続く言葉をしぼめるような、他愛のないおかしみを、私は、怯えながら、死の瞬間に願ってみたい。さらぬだに恥じ入る人間時代。悲嘆なき人以外のものになりたい。ただ刻々と時が流れ。動物のように、人形のように。
もうなにも、専心することはないのです。ひとつとて触れるものもないのです。変異に身をまかせ、1分後のことすらよくわからないのですよ。1分前のことなんてなおさらだ! 金属の糸でバターやチーズを切り分けるように、どうやら私の意識はとても柔らかくふやけ、ねばっているからかろうじてくっついているようなものです。腐っているのでしょうね! そうですとも!
寝入りに怯え、寝起きざまに怯える。
あんまり腰が痛くておっくうだから、いっそ切りはなしてしまえとおもって。ええ、私は包丁を砥ごうとおもったんですがね。なんせうちの牛刀をあらためて見てみると、先が丸いの丸っこくないのってまあ、なんせ丸い。こりゃ大仕事になるとおもって、一声あげて気合いを入れたらその拍子に腰がもっとひどくなった。そうして私の腰はいまも私にくっついちまってるんですよ! ええ! まいっちまいますよ先生! 愛する人に裏切られるのは慣れてますがね、どうもこの腰の痛みってやつにはイライラさせられますよ。なあにこれもどうせ異常はないんだ。本日雲ひとつない青空に、太陽もない。私は何度か死にましたが、あれはいいものですよ。あっちゅう間に時間が過ぎてくれるんですからね! 覚悟もなく、あっちゅう間に!
懸垂! 懸垂! 10回、20回、30回。ぶらさがって懸垂! そんなことをしていると、急にいまおりたら床板が外れて奈落の底に落ちていく気がしてきましてね。おりられなくなってほとほと弱ったことがありました。とうに腕は限界を迎え、手のひらは潰れてしまいそうでした。それでもおりられなくって、でも、助けも呼べなくて。ああ、こうして私はマヌケに死ぬんだと、真剣に思いましたよ。結局、ゆるやかに落ちたのですがね。なんせ伸ばせば足がつきましたから。私は呼吸も忘れて慟哭し、結局、失神したらしい。気がついた時には横倒れになっていましたからね。なんともまあこんなにも情けない話がありえるのかというものですが、ありえてしまったのだから始末がわるい。情けない話ですよ。それでも私が死にゆく理由にはぴったりだとはおもいませんか? バカはバカらしくバカらしげに死んで世の人々から嘲けられるべきです。町はひとつの生き物に感じられます。町の人々が笑いあっていたりする姿をみると、町の内腑に消化され溶けあっているのだなあとおもいますよ。私はまいにちの挨拶すら苦痛になっていくものですから、そもそも挨拶の効果継続時間が短すぎるのですよ! おはようなんて週に1回ぐらいでいいではないですか。昨日もおはようと言ったのにまた今朝もなんて、これは記憶力に問題がある!
まいにちまいにち同じ顔をしてちがった1日のフリをすることに、私はつきあいきれないのです。馬糞のしみた泥濘で顔をそそぐようなまいにちに、その変貌に、私は堪えられないのです! そうです! 私は変なおじさんです! 断言してやりましたとも! 変なものになってしまおうと、酒をのみ、飲食店で誰彼かまわず話しかけ、まあそれなりに笑いあったりしたものですよ。私だって人々の歓びのもとを知ろうと努力を試みた! しかし、何度かやっては決まって気がついたら救急車ですよ。これはいけません。変なおじさんは心配されたら終わりだからです。
ギャグを何個も考えなくてはいけないのですが、今日1日で思いついたギャグが、
「そうそう、イチローが世界記録だってね!」
「え!? 宗総一郎が!?」
「宗総一郎ってだれだよ! そいつがなんの世界記録だせんだよ!」
「マラソン?」
「マラソンっておまえ、そいつ宗兄弟のなんなんだよそいつは!」
です。終わりです私はもう。はっきりわかりますね。私は終わりです。宗兄弟の双子ラジオ! とかなんとかあったらたぶん私はヘビーリスナーになります。おはようございまーす! 茂でーす、猛でーす、ふたり合わせて総一郎でーす。やっぱりね、双子で名前に序列をつけちゃことだからね、これはもうふたりあわせて総一郎ってことでおたがい納得しました。それでは早速ですがお聴きください、CMです。CM16時間続く。はい、CMお聴きくだすってありがとうございます。え!? もう時間!? いやあ、人気番組ってのもこまっちまいますね! それではお時間となりました、また明日の朝、同じ時間にお会いしましょう! 番組MCは、茂と、猛、ふたりあわせて総一郎でしたー。番組終了後、宇宙の彼方から放たれた波動砲がスタジオに直撃、太陽系もろとも爆散。しかし、宇宙に飛び散った塵が、やがてひとつの雲となり、いくつもの星々が再誕し、そうして生まれた第2の地球で双子のラジオはまた始まるのであった。茂でーす、猛でーす、ふたりあわせてコシノジュンコでーす。はい。えー、銀河がかわると文明はこうもかわるのかって変異を遂げた我々とスタジオですけども、そうですね雰囲気かわりましたねえ、はいそれでは今日もお聴きください、CMです。CM、自転の関係で本来の地球時間にして600年続く。以後くり返し。
私が人以外のもの言わぬなにかになりたいと願う理由はこれこのとおり!