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明滅

冬に隠れた君は実に気が利いている

冬の乾燥した空気や寒さは、人をひとりにさせやしない

雲ひとつない明るくて寒い冬の日に、君は星となった

夜空に浮かべばどんなに輝くだろう

大三角形にも負けやしない

僕の唇はあかぎれて、口を開くのも億劫になるけど、塞いでいては君に語りかけることができないから、そのためにリップクリームをぬるし、寝る前には化粧水だってする

あのころ、僕はよくインチキに踊った

君は豊満で、にんまりとよく笑うから、僕は楽しくなって、落としたものをどうしても拾えないフリをした

僕は人の笑い声がたまらなく嫌いで、だけど笑われたくて、僕が踊ると君は実に楽しそうで、だけど声を出さずにただにんまりと笑う君は綺麗だった

そうして、君は仕返しとばかりに、僕を愛してくれた

僕は幸福を怖れ、いぶかしみ、不幸になりたいとさえおもうミュンヒハウゼン症候群にかかっているような男だった

いつからか僕は人の幸福を、笑い声を、愉悦を、憎んだ

その結果、僕は不幸のうちに、同情や憐憫、心配や不安なんかを介して、自分を満ち足りた気分にさせた

プライドだけは高くて、そのくせなにもできやしない、その行き場のない衝動、意欲の権化たるリビドーにおしくるめられ、でもなにもできなくて、引っ込み思案の目立ちたがり屋は、誰よりも明るくて誰よりも暗く、誰よりもやさしく誰よりも臆病で、人のためなら死ねて自分のためには死ねなくて、僕の中に存在するグレーゾーンのない反する二つの感情に弄ばれ、僕は自虐癖がついて幸せを怖れた

カッコつけることを忌み嫌い、カッコ悪さを自慢げに、僕は君に見せて、君はそれをにんまりと見ている

あのころ、確かに、あまねくすべての幸せが、僕らを包んでいた

やることもやらされることも、すべてがつまらなかった僕を、君は世の中にただひとり認めてくてた

僕はそれがうれしくて、君の前では僕すらあまり知らない仮面を脱いだ僕でいられた気がする

段差のないところでつまずいてみたり、てきとうに髪を切ってみたり伸ばしてみたり、情けなく甘えたり、どうしようもない映画をみたり

しりとりをしたときには、僕はなぜだか得意げになって、あまりに終わりの文字を同じ言葉でかえすものだから、君はうーっとうなって、それがとてもかわいらしくて、僕は君が怒り出すギリギリまで繰り返した

僕が喋る言葉を失った時期には、君までなぜだか身ぶり手ぶりでこたえてくれたっけ

僕が生クリームを頬張る横で、君はブラックコーヒーを飲み、「頬につければすくい取ってあげられたのに」と悔しがる

僕は君の頬に触れ、できるだけやさしく抱きしめて、互いの鼓動がリンクするまでそのままでいる

重なりあう鼓動が高まり、また落ち着くまで、いたずらをしてクスクス笑う子供のように、僕らはいつも飽きることなくときめいていた

僕の声が戻ると、君は倒れた

僕は病床に花を飾る

甘いものが嫌いなくせに、君は甘い匂いが好きだった

君がどこかへといってしまう前の日、奇跡的にはっきりと意識があったその幾ばくもない時間の中で、僕は「今日の君はいつもよりうんと綺麗だね」と言った

僕が君とはじめてデートした時に、わざと文語風の口をきいて、興味を惹いてもらおうとした言葉で、その時君は恥ずかしそうににんまりと笑ったけど、この時は涙を流した

君に手向けた花々がお墓の前でひっそりと甘い香りを放っている

坊主の前では、映画のようにロマンチックな雰囲気とはならない

そういえば、君が焼けた骨は、棺桶に入ったちくさんの色とりどりの花々により緑だったりピンクだったりと、淡い色彩だった

僕はそれをみて、また「今日の君もうんと綺麗だ」と言ってみた

君は空の上でどんな顔をしていたのだろう


君に手向けた花束は

やがて幾筋ものレーザー光線のような光の束となり

夜空に駆け出し、天幕を貫き、とめどなく輝きあふれる星となる

星座のよう、僕に語り続ける永遠に変わらぬ座標となって、導かれるように僕は改めて君を愛す

冬になれば輝きを増して、月よりも明確に、闇をズタズタに切りさく

天使がおねしょをしたようなやるせなくそぼ降る冷たい雨の日にだって、輝きはほとばしる

どんなに寒い冬の夜だって、月のない夜だって、これっぽっちも寂しくはない

幸せを怖れていた僕がいま、誰よりも望んだその幸せの光に包まれ、人生がとても居心地の良いものとなった

永遠に変わりのない、変わりようのない、ただひとつの、それはもう法則

相変わらずやることもやらされることも、僕はすべてつまらないけど、どうしようもないヘマをしてボロボロになったときに夜空を見上げると、カッコの悪い僕を見た君がにんまりと楽しんでいてくれているようで、僕もなんだか楽しくなる

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