余勢と拮抗
少女は、齢15にして生き疲れていた。
家では両親の仲がふつうじゃないし、父親のことが嫌いだし、母親の助けにならない自分も嫌いだし、学校に行けば周りに気をつかわなきゃいけないし、どうでもいい話に適当に相づちをうたなきゃならないし、やりたくもない部活に出なきゃならないし。
いつしか、朝、電車に乗るのがひどく億劫になった。なんとか学校に行くと、おべんちゃらを言って、それなりに楽しく過ごしていなきゃ変わってる子だと思われるし、それなりに自分も楽しんでいるはずだった。けど、どうにも電車に乗るのがイヤだ。乗っている時間なんて十数分だし、始発に乗るから座れるのに、イヤでイヤでたまらなくなった。特に何かあったわけではないのだけれど。
夜になると、寝るまでの時間が苦痛になった。たわいのない、実にたわいのない過去の失敗や後悔が頭に浮かんで、頑固な油汚れみたく頭の中にこびりついて、消えない。ちっちゃい頃にケンカになって泣かされただとか、テストでの凡ミスや、教師の質問にうまく答えられなかったこと、好きだった男の子が私のことを陰でブサイクと言っていたこと、喫茶店でうまく店員さんに声をかけられなかったこと、死んだ仔猫のこと、父親のこと、家族のこと、無力な自分、存在価値のない自分、私が消えることにより周囲に与える悲しみは、私が生きていることにより周囲に与える嘆きよりもずっと少ないにちがいない。イヤだ! イヤだ! イヤだ! 死にたくない! 消えたくない! でも消えてなくなればこんな思いに悩まされることもない。それがみんなが幸せになる選択。消えてなくなれば、でも消えてなくなってしまえばそれは消えてなくなればいいと思う自分が永遠に消えてしまうことであるし、永遠に二度と思考のない時間とは一体、自分が死ぬとは、一体。でもやっぱり死にたい死にたくはないけどそれがやっぱり得策だ。みんな悲しむのだろうか、でもその悲しみより私が消えることによる利益の方が大きいにちがいない。
そんな明滅する思考の袋小路をさまよう夜を過ごしていては、とてもじゃないがしっかりとまた満足な睡眠時間をとることはできない。となれば畢竟、朝に起きるのが苦痛になるし、やっと起きても電車に乗るのはもっと苦痛だ。電車に乗らないで通学するには早起きしないといけない。それならもっと早く寝ないといけない。それはムリなことだった。
そんな朝から一日が始まれば、ひねもす毎日楽しいわけがない。体がダルいし、やることなすこと裏目に出ている気がするし、なにもしていないのに疲れてしまって、家を出たあとはとにかくつぶさに時計の針を追って時間がきたら家に帰ることで精いっぱいで、何もやる気がしない。その家も、家族がいればとにかく気をつかわなきゃならないし、ひとりになればイヤなことばかり考えてしまうしで、まるきり休む暇がない。
少女は自然の成り行きで、不登校になった。秋のことだった。
はじめは、母親に頭痛を訴えて、休んだ。事実、少女は重い偏頭痛持ちでそれを理由に学校を休むことはままあった。しかし、このときは仮病だった。
本人は、二、三日学校を休むぐらいの気持ちだった。そのあいだどうしていたかといえば、市販薬の痛み止めを飲んで、一日中ベッドの上で過ごした。昼のあいだは、何も考えずに過ごせて、すこし休めた。が、夕暮れの、いわゆる逢魔が時には言い知れぬ恐怖に襲われた。通りから老婆たちの話し声などが聞こえてくると、老婆の声が、その話す内容までは聴き取れていないにもかかわらず、やけにくっきりと耳に届きエコーがかかっているように少年を包みこんで、昔読んだ怪談話の死神を思いだした少女は心の中で何度も助けて! と叫んで、布団にくるまった。それほどの恐怖だった。
夜は、相変わらずの調子だった。眠れないからラジオを聴きだした。
何日か過ぎても少女から、頭痛、はとれなかった。さすがにいぶしみはじめた親が、娘を病院に連れていった。娘はまだ頭痛を訴えていた。
頭の検査でなんら異常は見られなかった。痛くないからあたりまえだと少女は思った。
担当した医師は淡々と異常がないこととこれからも続くのであればより精密に再検査する旨を告げたが、明らかに、少女を仮病と断じていた。脳神経外科の医者から見れば少女は単なる不登校児で、仕事の邪魔者以外の何者でもない。仮病は事実だったが、偏頭痛持ちであることは確かだったし、言わなかったが大きな問題を抱えてはいる、それでも異常がないこととなによりその医者の呆れたように自身を見下す目に、少女は落胆した。どうせ検査をしても異常はないとわかっていたのに、その矛盾を感じることなく、思いのほか落胆した。このあと少女が医者に頼ることはなくなった。異常のある自分に自信がもてなくなったからだ。
さらに数日が経ち、ようやく、両親は学校に行きたくないのか? と問うてきた。少女は、実はそんなことよりもっと不確かな不安があるのだけど、そうだと答えた。
周囲は、少女に不登校の理由を問うた。
しかし、彼女はうーんと言うきり答えなかった。答えられなかった。本人にも、なぜ学校に行かないのかよくわからない。確かに末期には学校は退屈だったが、別にいじめられてるわけじゃないし、成績も悪くないし、ハタから見れば楽しく過ごしていたし、自身も楽しんでいたはずだし。学校に行きたくない、という行動に付随する理由を強いてあげれば朝起きられないし、電車に乗るのが苦痛だということだけれど、そんな小さな理由なんて恥ずかしくて言えるわけがない。ましてや、生きる意味がわからない、とにかく強烈に死にたいし、それがすごく怖い、などとは。
そのことは誰にも言わなかった。そもそも、友達自体はいるけど、胸襟を開いて語りあうほどの友達なんかいないし、そんな存在がいてほしいと思ったこともないけれど、親に心配されたくもないし、大人には「そんな甘いことを言って、社会に出ればそれよりつらいことなんてたくさんあるんだ!」と思われるにちがいないということを知っていた。
親や先生たちは、困惑するより他にない。本人にすら不登校の原因がよくわからないのだから、それはしようがないことだが、教師には職務をはたさなければならない。それには不登校の理由が必要だ。
少女はなんだかよくわからない質問に対して、よくわからないままの本音を閉ざしなんとなく雰囲気が悪くならないような回答をしているうちに、「勉強なんかしても意味がない」といったよくありげな理由で不登校をしているということになった。もちろん彼女にそんな考えなんか毛ほどもなかったが、そういうことになった。
ちょうど学校にスクールカウンセラーが配置されはじめた時期のことで、訪問した担任がカウンセリングを受けてみるかと言ったこともあったけど、少女はやんわり拒否して、担任も二度とそれを勧めることはなかった。当時はスクールカウンセラーなんてそんなものだった。
何人かの教師が家にやってきた。あんまり縁のない教師もきた。部活の顧問の来訪だけは強く拒否した。単に怖かったのと、会わす顔がなかった。少女はとにかくぼーっとして面会した。在宅仕事の両親が隣にいるので、うかつなことは言えなかった。彼女は手のかかるかわいい問題児ではなかったが、教師連中から疎まれていたわけでもなく、どちらかといえば快活な学校生活をおくっていたので、教師たちはなんの前触れもなく起こった少女の異変に本当に当惑していたことだろう。
「おう、どうした?」
「俺はお前をうらやましくおもうよ。毎日、休みで。それもいいなってさ」
「そんな時期もあるよ」
「原付の免許を取れよ。 行動範囲が広がるぞ」
「ビデオを借りてきたんだ。観ておいてくれよ」
「これ、みんなからの寄せ書き」
家庭科の単位が迫っていたこととやさしさの圧力に折れて、少女は一度学校に行ってみた。行ってみたというよりは、昼前に家に来て一緒に出前を食べた友達に連れてかれた。家庭科の教師は少女を無視して授業をした。その教師が何を思っていたかはわからないが、それで少女も安心して寝たフリをした。その日は二時間歩いて帰った。それ以降に少女が何かかわることはなかった。
とりあえず、少女は休学ということになった。
休学中にも、一度学校に行った。修了式に出てみないかと担任に言われたからだ。
その頃少女は、なぜだか髪を金とピンクにしていた。
厳しい校風のごきげんような私立学校だったから、おそらく金とピンクでまだらに染めた髪で終業式に出たのは後にも先にも彼女ひとりだっただろう。
その修了式も、とうぜん目立って、居心地の悪くなった少女は途中で式を抜け出し、会場そばの階段を上り、やることもないので体育館の屋上でタバコを吸った。少女は断じて不良ではなかったが、好きになった作家が吸っていることと体に悪いからという理由でタバコを吸っていた。若い女の吸うにはオヤジ臭く、臭いのキツい重いタバコだった。
火つけの煙を吐くと、少女を探しにきた、まったく話をしたことのない強面の教師に見つかったが、その教師は、「おお、腹ァ痛くなったのか?」と無神経なことをいって、流れるようなしぐさで少女からタバコを失敬し、一緒になって吸った。しばらくして他の教師がふたりを見つけると、
「いけねえ」
といって、タバコをもみ消し、ニコニコしながらそいつは去っていった。
その後、一年の休学ののち、少女は退学届けをだした。退学届けに署名したのは、学校近くのラーメン屋で、元担任は、かための杯じゃあるまいし、どんなつもりかよくわからないが、乾杯のあとビールをコップ一杯飲ませた。
それから少女は、相変わらずだった。
親の仕事を手伝ったりいろいろバイトや仕事もしたけど、長く続くことはなかった。その中には親や親戚のコネを使ったものもあって、辞めるたびに少女は周囲の信頼を失った。そして何かを長く続けられなくなるたびに、少女は自分に絶望してしまった。
なんとなくネットで高卒認定試験の過去問を見て、それが簡単に解けるものだから調子にのって試験を受けにいって合格したことはあったが、大学に行く強い気持ちもないし、少女はお金を持ってない。なぜだか金を親に頼ろうとはおもわなかった。貧乏ではなかったのだが。
少女は、付け焼き刃だがプロ仕込みの、得意の料理で母の役に立とうとしたこともある。しかしあるとき酔っぱらった父親に「どうしておれがお前の面倒をみなきゃいけないんだとつくづく思う」としみじみ言われて、それがあまりに字面よりも深く負の感情のこもったセリフだったから、ただでさえ父親のそばにいることに緊張するのに、緊張に体が持たなかった少女はみるみる血の気を失って、台所に立つと立ちくらんで失神してしたたか頭を床に打ちつけて、救急車で運ばれたりした。
「こいつはすぐ逃げるからダメだ」「こいつは弱いからダメだ」少女の父は昔気質の持ち主で、外面にあたるとそんなことばかり周りに言って、それは謙遜の表現だとわかってはいるけど、抗えなかった。
少女の生活は、部屋にひきこもったり、ときには明るくふるまっていたりの繰り返しだった。そんなひきこもりのある時期、少女は酔っぱらった父の友人に殺されかけた。
彼は「そんなしょうもない生活をしているなら、おれがいま殺してやるよ」とのたまいながら、少女の聖域たる部屋の戸を開け、酔眼らしいすわった目でベッドに横たわる少女の首をぐいっと絞めた。
すこし抵抗した少女に男は、今度は枕を少女の顔に押しつけ、少女の喉に膝をあてがい、全体重をかけてきた。父親は部屋の外で、その光景を情けなく見ていた。
少女は、実は、唐突かつすこし珍奇なことだが、アマチュアレスリングを嗜んでいた。部活とはそれだ。
少女は首を絞められてる最中も、枕を押し当てられ、膝で首を潰されようとしているときも、ふしぎときわめて冷静だった。このまま殺されるのもありかと思ったりもしたが、息ができなけりゃ苦しくはなる。男の本気の首絞めも枕あても膝押しも、組技のいろはのある少女にとっては遊びのようなものだった。枕で視界はふさがれていたが、この事態にあり驚くほどの冷静さで感覚が研ぎ澄まされていた少女には、相手のポジションが手に取るようにわかった。首にかかる圧力をすこしだけずらし、気道を確保すると、あとはなんら苦しくはない。しばらく余裕をもって死んだフリをしてみたり、これじゃあ死ねないなあどうしよう、いっそこいつを殺して捕まってしまおうか、でもそうしたら迷惑がかかるなあ、とさえ考える余裕があった。少女はたいして強い選手ではなかったが、こんなに落ちついて試合をしていればもっと勝てたんだろうなあ、とその間に悟りさえした。
あまりにもしつこく男が殺そうとしてくるので、さすがにイライラしてきた少女が上半身をむくりと無造作に起き上がらせると、男の行為はおわった。
それから少女は父をはじめて憐れんで、もう二度と、父の目を見ることはなくなった。そして、ひきこもり期の無期限延長を決定づけた。
二十歳になった少女は、もう少女という年齢ではなくなっているが、ひたすらにとじこもった。いくつか周囲から説得を受けたが、どれも「そんなことは私が一番わかってる! そんなこと百万回だって考えてきたんだ!」との範疇で、逆効果だった。彼女は軟弱で、だからやさしかった。それは、彼女の生活から金の消費を極力避けることにもあらわれた。私なんかが金を所望することがあってはならないとあたまから決めつけて、己に課した。部屋の電気はつけず、体を洗うときはさっとすます。食事の量も減らし、一日に一回だ。メイク道具なんて、ポーチにはいりっぱなしで、埃をかぶったっきりだ。少女はやさしい人間だった。何よりも他者に。自身のことなど、後回しで。いや、後回しもなにも、自身のことを考える術がなかった。
彼女は誰よりも、人の感情に敏感になっていた。他人の悲しみも喜びも怒りも、過敏に反応し、また反応できてしまって、やろうと思えばこの能力を使って人を自在に操れるように思うことさえあった。しかし他人がどんなことに喜び、どんなことに不満を持って気分を害しているか、それが手に取るようにわかることは、彼女にとって苦痛だった。なぜなら、たとえ相手が無言であろうとも、相手の感情に即した行動を、彼女は義務付けられたかのようにしなくてはならなかったからだ。
耳が、目が、鼻が、あらゆる情報を少女にもたらした。ウブ毛の感覚すらも冴えわたっていることに気がついた少女は、まるでクモみたいだ、とおもった。ハエトリグモに遠くから手を振ればビクリとするような、少女は自分以外にある世界とそんな関係しか結べなくなっていた。
あまりに影法師のような生活をおくって、またヘタクソな殺し屋の暴挙により修復不可能に陥った家族関係のなか、それでも娘は愛されていたらしい。少女はバカではなかったし、時間はたっぷりあったから、自分がウツ病やそのほかさまざまな精神病や障害の疑いがあることを調べていた。生まれついてからの自身の記憶を辿れば先天的な疾患を抱えているのではと絶望し、単なる後天的な精神の未熟さによる弱さの発露だとおもって絶望したりした。ただ、自発的に医者にかかることはしなかったし、できなかった。
少女は、ただ、自身への理解が欲しかった。誰にも、声を発することなく、明確に助けを求めず、また、助けを拒否しているにもかかわらず、周囲の理解が欲しかった。それは自身の悪行を、病のせいにしてしまいたかったのかもしれない。ただ、人生とは往々にして、誤解されて生き、誤解されたまま死ぬもので、他者にとってその人の性質を理解しようとすることなんて服の上からかゆいところを掻くようなもんで、どだい孫の手にも劣る。誰が理解できようか。布団にくるまって、怠惰にあけくれ、ずっと休んでいるこの娘が、実は、頭が働いている間中常に人や自分、揺れうごくあらゆる物事に怯え、やりたくもない害悪な自問自答をくり返し、眠ったら眠ったで悪夢に苛まされ、真に安らいでいるときなどないことを。そして、自分が日常を怠惰に過ごして休んでいることへの自覚があるばかりに、疲れてしまうことを。そんなのただの甘えじゃないか、そんなことはよくわかる。だからせめてと、少女はあらゆる要求をしない。そんな資格はないことを、ちゃんと理解している。
少女はひとたび外にでて仕事をすれば、働き者だった。極端な娘で、ひとたび働くと、今度は休むことを知らない。朝から晩まで、ほとんど休むことなく従事する、某居酒屋チェーン創業者からすれば理想的な労働力だ。だが、元来の厭世離人。不眠。頼りない少女の心と体がそんな日常に耐えられるはずもなく、ある日突如として、魔法がとけたように逐電する。辞めるきっかけは些細なことで、嫌いな上司にカラオケに誘われて断りきれなくなっきたであるとかそんなことで、表面上は仲良く、自己犠牲をいとわず上からの信頼厚く面倒見の良い彼女にそんな思惑があるとは、誰にもわからないだろう。
少女の父親は、幼い少女が兄にからかわれて泣いているときに「泣いてんじゃねえ、家に居場所がねえのはおれだ!」、とむちゃくちゃなことを怒鳴りつける人物だった。機嫌のいいときだけ子供をかわいがるタイプの男で、在宅仕事をしているサガか、基本的に終始機嫌は悪いし、怒っている。ことさら機嫌が悪いと物にあたるし人にあたるしで、これは幼子にとってたまったものじゃない。少女がなにかで楽しんでたり嬉しいことがあっても怒鳴りつけられた思い出があるし、泣いててもそうで、とにかくいつもなにかに気に食わずイライラしている父親という役割の絶対的権力者が常に家にいる環境というのは、魂が牢獄に放り込まれているようなものだ。少女のやることにいちいちにがにがしげに文句を言うような父親のもと生きていくにはそうする魂を閉じこめるしかない。ヒトが人間性を構築する大事な時期に、その芯たる魂を隔離し、育たざるをえなかった。皮膚の上にある表層だけを水彩絵の具で必要に応じて塗ってきたのだ。薄っぺらい仮面の自己が、成育過程に幽閉されていた魂からくる本能的衝動の発露たる思春期とぶつかればどうなるか、アイデンティティの崩壊としかいえない。自己を見つめて、また自己と対話するときに、成長してこなかった少女の自己は泣きわめくことしか言葉を持たない赤子なのだ。泣く赤子の涙は、外側から見える少女の魂を洗い流そうとし、それに抵抗する少女はまた塗りなおし、だけども赤子の本能は強烈でひっきりなく、結果疲れてしまう。
それでも少女は愛されていた。父親にすら、母親にすら。
少女は、お小遣いを、拒否をしながらもしぶしぶ、あずかることとなった。少額の、大金。その金でもって外に出れば、なにかかわることもあるだろうとの親心に、少女はいたたまれなくなった。
少女は、そのとおり、出かけた。彼女は元来やさしいから。小径を歩いた。歩き疲れてくたびれると、喫茶店に入ってなにか甘いものを飲んでは、本を読み、もの思いなぞにふけっては、はかなげに時を過ごしていた。その様実に老後そのものだった。生き疲れた少女には、それが似合っていた。
使いきれなかったお金をためて、たまには映画館に行った。そこで僕ははじめて君をみたのだから、不思議なものですね。
少女の着る古めかしい衣服や毛玉だらけのニット帽、すり切れた靴。青っ白い肌、目の下のクマ、黒く輝くボサボサ髪、信じられないぐらいの無臭。それらが合わさると、君はまるで吹けば散ってしまうような、煙のような存在となって、暗い暗い、どこまでも暗い世界の住人のそれだ。白日の下、光を浴びたらどうなるのか僕は心配になったものだった。君は、それでも、とてもうつくしかったから、どこか残念に思っていたものだよ。
半年ほど、僕らは映画館と、そのあとのカフェで、週に一、二度、互いを認識していた。僕は、僕の方がそのリズムの先達だったから、僕のテリトリーを侵すんじゃない、と、そんな意識の仕方をしていたよ。
君がカチカチカチカチと寂しげに火のつかないライターを弄んでいるとき、ライターを貸した僕と、はじめて話をして、そのあとずっと、たくさん、とんとんと一段抜かしで階段を駆け上がるように、休みなく、たくさん話をした。
僕も、君と似たようなものだったから、親近感がわいたよ。他人に対しそんな気持ちになったのははじめてだった。といっても僕の場合は君よりうんと楽で、市販薬を大量に飲んで緑色のゲロを吐いたり、輪ゴムを首に重ねてそのまま寝たらふつうに起きただとか、そんな経験はなかったけど。
なかよくなって、睦まじく、膜のはった視界に銀メッキを施したように、加減なく、飽きることなく、話して、うたって、踊って、互いまぶたを噛んでみたりした。君はとても、信じられないほど自己犠牲的だったから、いつでもステージに上がったエンターテイナーみたく、周りを楽しませようとする。すれ違うだけの道行く人にまで、君は。
君は、僕をよく、君の家に連れて行った。親御さんにはたいへんもてなされた。僕みたいなもんにそうするってことは、君がそれだけ大切にされていたからだ。君と君の家族との会話は、記憶にない。けど、きっと君の心は。
思えばあれは、親孝行だった。最後の親孝行だった。君は最後まで、人のために、自己の終着点である死すらそうで、自分のためには死ねなくて。最後まで、逃げながら、戦った。しんがりで、いつも目の前に死を見つめ、遠ざけながらも、近づいていく。
悲しむことがあるか! 僕らは順番待ちの列に並び、待ってる間、途方もなく心を燃やしていたじゃないか! 白日の下、照りつける太陽があり、肌を焦がし、帽子に残る汗のにおいを嗅ぎあったりしたじゃないか!
「おや、誰か僕の腕に美人がひっついてると思ったら君だったか」
「こんな娘を美人だなんて、あなたは変わってる」
「なに、好きな奴の美醜ぐらいは僕が決める。僕はダメな奴だけど、恋をしたならそのぐらいの資格はあるってもんさ。君はきれいだ。僕のなかでは誰よりも。それでいいじゃないか」
「それは、あんまり嬉しくはないね。間接的にけなされてるよねそれ」
「うまくいかないもんだね」
「うまくいかないものよね」
ハッピーエンドだ! これこそが!




