闇の炎に
「この世界に、舞い降りた?勇者?」
自称勇者は、俺が笑いをこらえながら聞き返したのにむっとして、腕を組んだまま俺を睨み返した。
「嘘じゃない。僕は別の世界から来たんだ。この異世界にね。」
異世界?この世界の事を異世界と呼ぶこの男はいったい何者だ?狂人か、はたまた本当に別の世界から来た何者かなのか。
「別の世界?異世界?なに言ってんだ?お前は」
「と、とにかく、君は僕のこの力が効かないみたいだし、反乱軍はやめたみたいだし、見なかった事にしといてやるからさっさと消えなよ」
偉そうな事を言っているがこの自称勇者、先ほど俺のナイフにビビって失禁したばかりなのである。
「はぁ?なんで俺が消えなきゃなんねぇんだよ?お前なにもんだって言ってんの?返答次第ではタダじゃおかねぇぞ?」
と、ナイフ片手にすごんで見せると、男は哀れなぐらいに顔色を変えて慌てて俺の前で手を振ってナイフを下げるよう懇願した。
「まままま待ってくれ、悪かった。だが本当なんだ。気づいたらこの国にいて、で、魔物が街を襲ってたから魔物に向かってなんか、この力を使ったら魔物があっさり倒せて、その後と山賊団とか、いろいろこれで倒してたら」
「ちょ、ちょっと待てって。わかった、意味がわからんが、さっきも見た所だし、お前さんが何か力を持ってるのはわかった。一体その力ってのはなんなのよ?」
と、聞くと、何故か男は顔を赤らめて俺から視線を逸らした。意味がわからないし、正直その挙動が気持ち悪かった。
「……体臭だ。」
「は?」
「体臭が…キツイんだよ。僕、」
「はぁ?」
「最初にこの世界に降り立った時も、助けてくれた人が途中で悪い人たちに絡まれてて、で、そいつらをどうにかしてやろうと思ったら、いきなりそいつらが苦しみ出して、何かと思ったら、どうやら僕の臭いを感じてたみたいで。しかも強烈なのを。」
「は、はぁ?」
聞いた事がない、体臭がキツイのはわかるが、そのキツイ体臭を特定の相手に嗅がせる、魔法か?
「そう、それで。取り敢えずこの力を使って街を救ったりしてるうちに、帝国の目に止まって、そしたら教会の偉い人みたいなのに『お前はお告げの勇者だ』って言われて、王様に謁見の流れになって、それで勅命を受けてこの」
「まてまて、話がぶっ飛んでる。お前がワキガで、その体臭の何倍ものやつを特定の相手にぶつける力を持ってるのは分かった、で、そのはた迷惑な体臭男が、お告げの勇者?意味がわからんぞ?」
「白百合帝国に破滅が近づく時、強き力を持つ勇者がこの地に降り立つ、かの者はあらゆる敵を打ち倒す妖気を携え、白百合の敵を討ち払わん。
とかなんとかいう預言があるんだってさ、教会に。で、俺がそれに見事当てはまるってわけ。」
なぜか偉そうな顔をしながら(それにしてもブサイクだ、ヒキガエルが喋っているのかと思ったぐらいだ)、自称勇者は続ける。
「で、おうさま、皇帝曰く、反乱軍が国中荒らし回ってるから、チャチャッとやっちゃってよ、との事で。反乱軍を倒したら姫と結婚させてくれるらしい。」
「そりゃあ姫様は災難だったな。」
「なんだとぉっ!」
男はまたも両腕をこちらに突き出し、変なポーズをとった。
「どうでもいいけど、俺にはそれは効かんぞ?おい?」
ナイフを右肩の方に投げつけてやると、動かなけりゃ当たらないものを、ビビり上がって、仰け反った勇者は右肩に浅い切り傷を負う事になった。
「いだっいだだだっ!」
涙を浮かべ、その場に崩れる。
「なんで!?なんで効かないんだ!?」
「鼻が効かないんだよ、ちっともな。」
鼻を指差しながら俺が親切に教えてやると、自称勇者は観念しましたというふうに俺の前に正座した。
「ぼ、僕を殺すの、、、ののか?」
「なんで?なんで俺がお前さんを殺す?」
「僕は、お前を、そこのお仲間も含めて襲ったんだぞ!?結果的に助けた事にはなったけど。」
「おや、案外正直者なんだな。助けたフリすりゃいいのをよ。」
「嘘はつきたくないんだ。嘘は嫌いだ。」
もじもじしながら雪の上に正座したブ男が言ったその言葉が、あまりにもアホらしくて、俺は大声で笑ってしまった。
大声を出して骨折している胸の部分が少し痛んだが、それも気にならないぐらいに思いっきり笑った、そしてひとしきり笑った後、俺は勇者に手を差し伸べた。
「あんた、気に入ったぜ。勇者がどうとかは信じられる話ではないが、あんたといると退屈しなさそうだ。」
男はビクビクしながら俺の手を取り、立ち上がると、脛についた雪を払いながら、
「僕を殺さないのか?どうするつもりなんだ?」
「俺は傭兵だ。で、今しがたクビになった。んでもって雇い主はあの反乱軍だ。暫くはコイツとは顔を合わせたくねぇ。」
気絶した兵士2人の武装を剥ぎ取り、自称勇者にも剣を一本手渡した。
先ほど気づいたが、この勇者、なんと丸腰である。
「け、剣は、、」
重たそうに標準装備のロングソードを振り上げる勇者。
どうやら剣を握ったことはないそうだ。
「マジかよ、丸腰でこんなとこまできたのか?馬は?」
「それが、小隊とはぐれちゃって、というか、多分あんたらの部隊だろ?あれに近くの砦が奇襲を受けてるって聞いて、僕以外みんなそっちいっちゃって、それで僕は馬に逃げられて、」
「おいおい、て待てよ。その小隊ってのはもともと何をしにこんなとこまで」
「いや、なんかスパイ?が反乱軍にいて、そいつ曰くあの砦で近々奇襲が行われるから返り討ちにしろって、それで待ち伏せしようと向かっていたらそれが思いの外早かったというか、なんというか」
なるほど、スパイか。いてもおかしくないとは思っていたが本当にいたとは。
「それで肝心の勇者様を置いてけぼりにして現在小隊は決死の防衛作戦に助っ人参戦か?見ろよ。」
遠目に見てもわかる、砦のあった山の山間部は赤々と燃えている。
「俺の舞台は精鋭が揃ってた、今頃お仲間の皆さん生首だけにされて槍に飾り付けられてるよ。」
「僕がいかなかったから」
弱々しく下を向く自称勇者。
俺は男の肩を叩いて、
「そう気にすんな、行かなくて正解だ、あんなもん。」
すると男はまた悲鳴を上げて転げ回った。
「あ、すまんそっち切った方だったか。」
「おまえっ、やっぱ僕を殺す気なんじゃっ」
「バカ言え、この程度で痛がりすぎなんだよ、見せてみろ………え?」
俺は目を見張った、先ほどナイフに切り裂かれた勇者の皮膚、敗れたモコモコの服の切れ間から見えるその地肌は、地に濡れてこそいるが、切り傷らしき切り傷はもう残っておらず、傷跡のようなうっすらとしたアザが残っているだけだった。
「な、なんだ……これ。」
「なんか知らないけどさ、こっちきてから、やたら体が頑丈になったというか傷がすぐに癒えるっていうか、痛いのは、痛んだけどな!」
そうか、それで頭から馬に蹴られても平気だったのか。
この男、恐ろしく頑丈なのだ。確かに普通の人間ではなさそうだ。
ここで俺は大事なことを忘れていた事に気づいた。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったな。」
「自己紹介?」
「これから旅する仲間なんだぜ?自己紹介ぐらいするだろよ?俺は、ジョン、ジョン・カーターだ。」
俺が手を差し出すと、男は握手を返し、
「僕は、僕の名前はゆ、、、ダークフレイムだ。」
「ダー?ダークなんだって?」
なんだそのアホみたいなネーミングは。
「救世の勇者、ダークフレイムと呼んでくれ」
「で、本名は?」
俺は握っている拳に少し力を込めた、勇者のかぼそい指はピキピキと悲鳴をあげる。
「ひっ!ゆ!ゆうた!ユウタですっ!よろしくおねがいします!」
「ユウタ?ユータ?変な名前だな。まぁ闇の炎さんよりはマシか。よろしく、ユータ。」
「そんな事より、旅の仲間ってどういうことだ?僕はまだ何にも」
「お前さんこのまま帝都に戻るのにどれだけ時間かかると思ってんの?行きはどうやってきたのよ?」
「・・・あんまり、覚えてないな。馬の上にずっと揺られてて、気分が悪くて、でも、確か途中船にも乗ったな。」
「ルベン湾か、アレを横断できるのは帝国軍ぐらいだな。よし、よく聞けユータ。俺らは今、これが白百合帝国全体だとすると、」
と、俺は手にした剣の鞘で大きな円を描いた、そしてその円の、俺の向かいに立ったユータにとっては奥、俺にとっては手前の、端っこの部分に、黒いばつ印を描く。
「ここが今いる白百合山、ここから南に行くとルベンの町っていう超大きな街がある、そしてこの町はルベン湾っていうでっかい湖に面していて、この湖の真向かいに帝都はあるんだ。お前さんらは帝都の港から船でまっすぐルベンまで渡って、馬でここまで北上してきたんだな?」
円の真ん中に小さな円を描き、その北側にルベンの町、南に帝都のばつ印を書き、直線で結ぶ。
「ああ、あれがルベンの町か、確かにすごい、なんというか活気めいた町だった。すごい歓迎されてた」
「ああ、このルベンの水産資源、水資源が白百合帝国の主な産業だからな。水と魚を他国に売ってんのさ。だからもちろんこの湖周辺の町はすべて帝国の息が強くかかってる。反乱軍を討伐してくれる勇者様率いる部隊は歓迎して当たり前だろう。さて、ここでだ。」
「いまここに勇者様だけがひょっこり現れて、見知らぬ男1人連れて帰ってきて、帝都に帰りたいとほざいたところで、果たして返してもらえるだろうか?」
ユータは俺の描いたシンプルすぎる図とにらめっこしている。
「どうすりゃいいんだ?」
「怪しまれないように帝都には自力で帰るのよ、そんで、帝都の正門前まで着いたら、そこで俺とお前は別れる。お前は帝都に帰って皇帝に報告できるし、俺は帝都に腰を落ち着けられる。少なくとも帝都に、鎖で繋がれた状態で帰らなくても済むはずだ。」
「鎖で繋がれるのはお前だけだろう、なんで僕まで繋がれなきゃならない?」
「おまえ、帝国兵の全てがおまえを勇者様だと信じて恐れおののいてくれてるとでも思ってんのか?多分白百合山での惨劇は俺らがルベンに着く頃には斥候が伝えてるはずだ。なんの役にも立たなかった、帝都の送りつけてきた勇者とかいうわけのわからんガキと、怪しい正体不明の男がそんな中に出て行って、また同じような歓迎を受けるとでも思ってんの?」
「それは、、うん、そうだな。」
「わかってくれたな。」
「じゃあ、どうすんのさ。」
「とりあえずルベンを目指す、歩きだからしばらくこの銀世界を歩くことになる。馬はいつの間にか逃げちまったしな、で、おまえはルベンにいる間はマントでもかぶって素性を隠せ、そこで買い物を揃えて、湖をグルーっと周回して帝都まで帰る」
俺は真ん中の小さな円の演習を、北の印から南の印までなぞった。
「それ、どれだけ時間かかるかわかってんの?」
「もちろん知らん。そんな巡礼みたいなことしたことないからな。だが教会が湖畔には何個か立ってるはずだ。ルベン巡礼ってのがあってだな。」
「それは知ってる、ルベン巡礼、確かこのルベン湾を一周ぐるッとする旅をしないと僧侶は教会に努められないんだよな。」
「そゆこと。だから俺らはその旅路をなぞるわけだから、道中行倒れるまえにはいつも付近に教会があるから、寝場所には多分困らねえはずだ。この旅で僧侶のスタミナを思い知ることにはなりたくないが。」
「じゃあ、とにかくそのルートで行こう。それより僕は服を着替えたい。」
「きったねえもんな、その藍色の生地、何っていうんだ?綺麗なのにな。」
「でにむって言うんだ。まぁ僕の世界ではみんな履いてるよ。」
「お洒落な世界なんだな。ホラ、このゲロ吐いてるほう、こいつのならお前さんも癪が合うだろ、うわ、、こいつクソ漏らしてるわ。だめだそれよりひどい。」
「ええーっ。どうしよう。」
俺はもう1人の方をゴソゴソといじった、すると、
「ジョン、後ろ」
というユータの声を聞いた瞬間、後頭部に強い衝撃を受けた、どうやらゲロの方が今ので気を取り戻したらしい。
「ぎぃ!きさまぁっ!」
俺を倒し、ゲロ兵士は剣もないので俺の首を絞めにかかった、が、次の瞬間またも盛大にゲロを撒き散らし、その場に倒れ伏した。
ユータがまた力を使って俺を救ったらしかった。
おかげで俺は盛大にゲロを浴びることになった。
「・・・近くに、温泉が湧いてる岩場がある。いくか?」
「なんでそれを早く言わないんだよ。」
勇者は俺に手を差し伸べた。