お国事情と伯爵家の家業2
久しぶりの更新・・・お待たせいたしました。不快になる表現が一部ございます。ご注意ください。
お父様の暴走が収まった頃(・・・結局、あたしが折れて、今夜はお父様と一緒に寝ることになりました。)、気を取り直すように、ルーカスが新しく淹れ直したお茶で一息吐けば、お父様は「えっと、何の話を何処までしたっけ?・・・・・・あぁ、我が家の役割の話か。」と自問自答した後、あたしの頭を撫でた。
「そう、それでね、イリス。君には幾つかの選択肢があるんだ。」
「・・・選択肢?」
「そう。君も、不本意とは言えシュミットバウアー伯爵家に戻ってきた。・・・私の跡を継げるのは、事実上、イリス、君だけなんだけれど、別の選択肢もある。」
「別の・・・・・・・・・あぁ、わたしが、お父様の仕事を引き継げるだけの器量を持った男と結婚すればいいんですね?」
お父様の言葉を復唱しながら、ふと、脳裏に浮かんだ、貧困街の娼婦の間で流行っていた愛憎満ちあふれた連載小説の内容と、今、自分が置かれている立場が似ていると思い、それを口にすれば、お父様は複雑な表情を浮かべながらも頷いた。
「・・・・・・そう。でも、私は・・・私たちは、君に意に沿わぬ、政略結婚はさせたくはないし、私の跡を継ぐ為の勉強も強制するつもりはない。」
「でも、それでは・・・」
「まぁ、私個人の希望を言えば、イリスに私の跡を継いで貰えたらな、とは思うけれど、それ以上にイリスには心のまま、思うままに、この家で過ごして欲しいんだよ。その中で、私の仕事に興味を持てるようになるかもしれないし、別の何かを見つけ出すのかもしれない。」
つまりはね、君の心次第で将来の選択肢は広がっていくんだよ。と微笑んだお父様に、私は思わず唖然としてしまった。・・・だってそうでしょう?あたしだって、この家に連れ戻された時点で、いろいろと、諦めていたのだ。粗雑な育ち方はしているが、あたしは『伯爵令嬢』。シュミットバウアー伯爵家の繁栄の為の道具にされることも覚悟していたのに、お父様はそれとは真逆の事を言うんだから。
「とは言え、少なからずイリスの意に沿わぬ事案も出てくるだろう。・・・伯爵令嬢としての知識や作法の習得は避けては通れないし、私の仕事の都合上、付き合わなければならなくなる人物も多い。けれど、それ以外は、イリスの心のままにしてくれて構わない。」
15年もの間、何も知らなかったとは言え、本来過ごすべき令嬢としての生活をさせてやれず、過酷な環境に放置してしまった分の・・・償いになるかはわからないが、私たちはね?イリスが生きてこうして戻ってきてくれただけでも充分なんだ。その上にこちらの事情でイリスを縛り付けるようなことはしたくないんだよ。と、破格の処置すら当然だというお父様に、あたしは・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・わかりました。じゃあ・・・一つだけ、我が儘を言ってもいいですか?」
「一つと言わず、イリスの我が儘ならなんでも聞くよ?」
凄く、複雑な心境だ。
貧困街で過ごした今までの日々にも愛着はあるし、ついさっきまで、それが当たり前だと感じていたのに。屋敷に戻って、お父様や使用人たちの優しさや暖かさを知って、なんだろう・・・自分でも不思議なんだけど、あたしの居場所は初めから此処だったのだと、無意識に受け入れている自分に驚く。それでも・・・・・・やっぱりいろいろと切り離せないものがあったけれど、お父様は言った。『あたしの心のままにしていい』と。だから・・・・・・
「シュミットバウアー家の娘としての教育は、ちゃんと受けます。・・・お父様たちが侮られたり、蔑まれたりしないように・・・立派な令嬢になります。だけど・・・時々・・・貧困街にも、顔を出してもいいですか?」
「!!?」
「別れの挨拶もしないまま来ちゃったし・・・あたしも・・・慣れ親しんだ場所で息抜きができたらなって・・・」
勿論、もう二度と貧困街で生活をすることはないし、あたしの現状を知ったあの場所の連中は、今までは同朋として見ていたものが、金蔓として見るようになるだろう。・・・まぁ、あたしから何かを強請ったり、危害を加えようとすればダニエルが許さないだろうけれど。それでも、時々でいい。あの緊張感の中に身を任せたいのだ。
「・・・・・・駄目・・・とは、もう言えないな。・・・約束したからね。」
「!!?」
「だけど、それを許す代わりに条件をつけさせて貰うよ?・・・貧困街に行く時は必ず、ブルーノかサラ、ルーファスの誰かを連れて行くこと。それから、絶対に一人では行動しないこと。・・・約束できるかい?」
苦笑しながらも、その瞳にはあたしが心配だから、何が起こるかわからないから、と訴えていて、あたしも、それじゃ息抜きにならないけど・・・まぁ、仕方ないと苦笑しながら承諾した。
「ブルーノやサラは何となく(強いっていうのは)解るけど、ルーファスも?」
「うん・・・まぁ・・・本来のルーファスの役目は『伯爵令嬢』の護衛だったからね。昔はブルーノと並んでも劣らない美少年だったんだがなぁ・・・」
そう言って、今現在、部屋の片隅でユリアと一緒に嬉々として何かを縫い上げているルーファスへと視線を投げたお父様は「まぁ・・・ルーファスをあぁまで歪めてしまった原因は紛れもなく『あの子』なんだろうけど・・・」と遠い目をした。
「美・・・少年・・・?ルーファスが?」
「あぁ。今も少しだけ面影が残るけど、彼から筋肉を無くせば、それはもう見目麗しい好青年になるだろう。だが、その容姿を『あの子』が気に入ってね。四六時中付き纏われてしまってね。それはもうルーファスにとっては鬱陶しかったことだろう。自分に興味をなくす方法として、元々護衛役立ったから体を鍛えることには抵抗がなかったらしく、筋肉馬鹿になれば、『あの子』は自然と離れるだろうと考えたらしい。まぁ、結果は彼の想像通り。徐々に姿を変えていくルーファスを何とか止めようとした『あの子』に、ルーファスははっきりと『私、女に興味はないの。見目麗しい男になってから出直してらっしゃい!』と・・・トドメの一言を放ってだな・・・・・・」
いやぁ・・・あの時の光景は凄まじかったなぁ・・・思い出したくもなかったと、項垂れたお父様に私も、実際に見ていないながらも簡単に想像できてしまい表情を引きつらせた。・・・いや、非常にルーファスらしいっちゃあらしいのだけど、いきなり急変したお気に入りにそんな態度を取られたら、あたしならしばらショックで寝込むだろう。・・・実際、その子がどうだったかは解らないけれど、お父様の表情から察すると、そこでまた一悶着あったのは間違いがない。(まぁ、知りたくもないし、どうでもいいけれど、それでもルーファスにもそんな可愛らしい時代があったということに驚きだ。)
「出来たっ!!流石、俺!!良い仕事したっ!!!」
不意に、そう高らかに叫んだルーファスに視線を投げると、彼は(あたしから見ると丁度背中しか見えないが、この短時間で何かを縫い上げたらしい彼とユリアは、声色からして凄く嬉しそうだ。)しばらくするとあたしの方へと向き直りドカドカと音を立てて近づいてきた。
「え?な・・・なに!?」
「・・・旦那様、そろそろイリスお嬢様にはお召変え頂きたく。」
「あぁ・・・そうだね。その様子だと渾身の出来みたいだね?」
「勿論です!ほら、この通り!!」
そう不敵な笑みを浮かべながらあたしの目の前にばさりと、彼お手製の作品を広げてみせたルーファスに、お父様は「・・・ほぅ・・・」と感嘆の息を吐き、あたしはただ呆然とそれを眺めた。
「す・・・ごい・・・」
「ユリアのデザインと俺の技術が組み合わされば、他の令嬢にも負けない戦闘服の完成だ!」
「さ、イリスお嬢様。早速、お着替えしましょうね。」
シンプルながらも上品で、しっかりと流行りの型も入れているそのドレスを眺めていると、アンナとエリーに促され、あたしはお父様の拘束から抜け出した。(お父様も、あたしの着替えに期待しているのだろう、さっきまで全然抜け出せもしなかったのに、今はすんなりと、動くことができるんだから。)
「そうだ。折角だから、昼食までに皆でイリスをしっかり磨き上げておくれ。ルーカス、料理長に、昼食の時間を少し遅らせることと、デザートを豪華にするよう伝えてくれるかい?」
「畏まりました、旦那様。」
「お・・・お父様・・・・・・」
状況について行けず、お父様をすがるように見れば、にっこりと微笑まれて・・・・・・
「大丈夫。しっかり綺麗にしておいで。」
あぁ・・・・・・もう、どーにでもなれ!!