お国事情と伯爵家の家業1
残酷表現や不快になるかもしれない表現がございます。ご注意ください。
広い書斎には読書に持って来いなふかふかのソファ。それとセットになっている机には甘いお菓子と美味しい紅茶。お天気の良い昼下がりの贅沢な時間―――――――――――――――
とは行かないのが悲しいかな・・・イリスです。
相変わらずあたしはお父様の膝の上(にしっかり固定されています。)で、ブルーノが用意してくれたお茶とお菓子を堪能しつつ(えぇ、この位置です。皆さんももうお解りいただけていることでしょう。お父様が嬉々としてお菓子をあたしの口に放り込んでいく様を・・・)、メイド達の喜劇を眺めていたわけですが、ふと、お父様が「そういえば・・・」と呟き、あたしを見つめてきた。
「イリスはどの位の事を理解しているのかな?」
「・・・えっと・・・学問的なものですか?」
「そうだねぇ・・・それも大切なんだけど、一番大事なことはレベンスブルクを含む【リヒテンヴェルグ王国】の事かな。」
にっこりと問いかけてくるお父様には非常に申し訳なく思うのだけれど、15年間スラム育ちなあたしに過度な期待はしないで欲しい。
「あー・・・・・っと・・・・・・そうですね・・・・・・ここから王都【レーゲンシュトラール】まで馬車だと約1週間。徒歩だと約20日かかる事と・・・・・・通貨は『リヒト』で紙幣と金・銀・銅の硬貨があることと・・・・・・」
「うんうん。」
「後は・・・現王バルトロメーウス7世には正妃様と8人の側妃様がいらっしゃるけれど、本命の愛妾はどこかの領主の末娘だとかなんとか・・・」
「うんう・・・ん?・・・・・・え、それ、本当??」
「はい。ダニエルのギルドで団員たちが話してたので・・・間違いはないかと・・・・・・」
必死で思い出した情報に、お父様は満足そうに「うんうん。そうだねー」と微笑ましく見ていてくれたのだけれど、現王様の恋愛事情は初耳だったらしく(恋愛事情と言っても、それが人々が求める純愛モノではなくご婦人方が好きそうな悲恋系歌劇も真っ青な醜聞だというのが、ギルド構成員達の見解ではあったけれど。)若干引き気味である。(ですよね。何せ現王陛下は御年63、件の領主の末娘はあたしと同じ年頃か少し上だと聞いている。つまりは親子ほどの年齢差があるわけだ。・・・・・・幼女嗜好を差別するつもりはないけれど、その話を聞いたとき、国のトップがそれっていうのがまずどーよって、ツッコミ入れた気がするなぁ・・・)
「そ・・・そう・・・・・・って・・・パパ?」
「・・・あっ・・・・・・えっと・・・・・・そ・・・育ての父の・・・・・・」
「・・・ふぅん・・・?ダニエル・・・次会ったらシメる・・・。」
「・・・・・・・・(あれ、やっぱ禁句だったかな??)」
『パパ』と言う言葉に反応したお父様は笑顔だけれど纏う空気がドス黒くなって・・・・・・はい、失言でした!!だから、『あーあ、旦那様の前でそれ、言っちゃう?』っていう、残念な娘を見る目はやめなさいよ!!特にルーファス!!(アンタにそんな目で見られんのが一番腹立つわ!)
「・・・はぁ・・・ダニエルが貴族常識を教えてるとは思わないけどさぁ・・・・・・なぁんで余計な噂話与えてるかなぁ、もう・・・・・・」
でも、まさか陛下が幼女嗜好があったとは・・・・・・確かにお妃様方も年齢の割には若くて幼さが残るような感じではあったけれど・・・・・・とりあえず、イリスは王都や王城にはぜぇったいに行かせないから、安心していいよ。・・・え?視察の時は避けられないだろうって??そんなの陛下の予定を把握しておけば充分対応できるよ。それに、王城ではそろそろ王太子殿下に動いて貰おうって話が出てるし・・・・・・あ、でも、あの陛下の血を引いてるんだから殿下方にもそういう嗜好があるのかもね~。イリスはぜぇったい、近づかないようにね~。
にこにこと、不敬罪待ったなしな発言をするお父様だが、幸いにもシュミットバウアー家使用人達はお父様の意見に賛成派のようで(約一名、ポツリと「どうせだったら少女嗜好なんて人形遊びはやめて目眩く漢の世界に目覚めれば・・・いや、目覚めるよう調教するのも有りか・・・」と、それこそ不敬罪も裸足で逃げ出しそうな発言をしてるルーファスがいるのだけど・・・うん・・・なんでウチでメイド(?)なんかしてるんだろう、コイツ・・・)フォルトナー親子に関して言えば、手帳を片手に、公式発表されている王族の視察予定を事細かに割り振って、徹底的にあたしとの接触を妨害しようとしている。(っていうか、あたしもそんな王族方に会う気はさらさら無い。)そもそも、伯爵家令嬢(・・・なんだよね、一応)としての立ち居振る舞いなんて、到底出来る気がしないのだから、今のあたしはシュミットバウアー伯爵家にとっては目の上のたんこぶ・・・役立たずなお荷物同然なのだから。心配しなくても、頼まれたって表舞台になんか出ない。
「・・・・・・まぁ、リヒテンヴェルグ王国の歴史云々は追々でいいだろう。まずはイリスにはシュミットバウアー伯爵家の事を知っておいてもらおうかな。」
気を取り直して、にこっと、再び愛おしそうにあたしを見つめてくるお父様に、そう言えばここに来るまでにルーカスが何か言ってたなぁ、とその会話内容を思い出して、そっと唇を開いた。
「えっと・・・レベンスブルクの領主様を支える・・・右腕の役割を担っている・・・んですよね?」
「・・・知ってたのかい?」
「や・・・馬車の中でルーカスからちょっとだけ・・・教えてもらいました。」
だからその仕事内容までは聞いてません、と、告げれば、お父様は「イリスは記憶力が良いんだねぇ~流石は僕の娘だよ。」と嬉しそうに頭を撫でてくる。・・・うん。なんだろう、この複雑な心境は。(確かに他の貧困街の子供達に比べれば覚えは良かったほうだけど・・・これくらい普通じゃないの?っていうか、貴族の子供達の記憶力がどんなものかもよくわかんないけれど・・・)
「ルーカスはざっくり教えたようだね。まぁ、伯爵の立場は確かにイリスが言ったもので間違いないよ。・・・シュミットバウアー伯爵家はね、レベンスブルク領主である、グリュンタール侯爵が王都で過ごされている間、彼らの代わりに、レベンスブルクを統括する役目を持っているんだよ。」
そもそも領地持ちの貴族は一年の大半は王都で過ごさなければならないんだ。ほかの領地持ちの貴族との繋がりだったり、登城して王家に経営・監査報告しなければならないからね。王都から近い領地ならば日帰りで行き来できるかもしれないけれど、レベンスブルクは王都からは割と離れているからね。必然的に王都で別宅を構えて過ごさなくてはならなくなる。そうなると領地経営が滞ってしまうだろう?それを防ぐための、領地なしの貴族が必要となってくるわけだ。
「元々、歴代のシュミットバウアー伯爵にはあまり強い野心はなくて、貴族同士の派閥争いだとか、そういう面倒事とはなるべく関わりたくない、好きなことを好きな時に好きなだけできたら幸せだと豪語していたらしくて・・・貴族間の面倒事はグリュンタール侯爵家が、仕事関係の面倒事はシュミットバウアー伯爵家が担当するっていう、協力関係っていうか・・・共存関係を築き上げたんだ。まぁ、それからはシュミットバウアー伯爵家と似たような感じの家風を持ったアッヘンバッハ伯爵家が加わって、レベンスブルクは運営されているんだよ。」
何となく解るかい?と、優しい目で問いかけてくるお父様に、こくんと頷いてみせる。
つまりは、お父様・・・シュミットバウアー伯爵とまだ見ぬアッヘンバッハ伯爵が実質、このレーベンスブルクの支配者なのだろう。厄介事だけ領主のグリュンタール侯爵が引き受けて、お父様たちはのびのびと領地運営を行っている・・・のだろう。とりわけレベンスブルクでは、この三家の力が平等に・・・いや、グリュンタール侯爵を筆頭に、シュミットバウアー・アッヘンバッハ両伯爵家が続く形で権力図が構成されているということで・・・・・・・・・なるほど。裏事情を知らない名ばかりの門閥貴族にとってはこの権力図は面白くなかったはずだ。
「・・・・・・そうですか・・・・・・だから、お父様は謂れ無き恨みを買ってしまっていたのですね・・・」
「・・・・・・そこまで気づいたのかい?」
「・・・あたしだって、貴族の常識は知らないかもしれませんが、あの過酷な貧民街で今まで生きていたんです。・・・少ない情報の中で的確な答えを見つけられなければ命の保証はない・・・あの街で・・・・・・」
あたしの言葉に驚き絶句したお父様をみて、思わず苦笑したあたしはそっと目を伏せた。
「それでもあたしはまだダニエルや貧民街の上位陣に守られていた方なんですよ。自分の身を守れるよう、情報戦を制する術を教えてくれたのはアレクサンドラ修道院長さまで、ダニエルは・・・売春だけには徹底的に避けるよう、気遣ってくれていました。」
現在を生き抜くために、貧困街に生きる女はそれこそ幼女から老婆まで、強かに自身の体を武器に変え、男たちから金を巻き上げていた。・・・何時だったか、あたしと仲の良かった年下の女の子が数人の男相手に人気のない路地裏でヤっていたのを偶々目撃してしまった時、あぁ・・・あたしもいつかはあんな風に稼がなきゃいけなくなるんだろうなと、覚悟したものだったが、ダニエルは一向にあたしを売ろうとはしなかった。それが不思議で、その疑問を直接彼にぶつけたとき・・・
『・・・馬鹿か。お前にそんな風に稼いでもらわなくても充分やってけるだけの稼ぎが俺にはあんだよ。ガキが余計な心配すんな。』
って、超痛いデコピンを喰らわされたんだっけなぁ・・・・・・でも、今思えばダニエルのその判断は正しかったのだろう。何せあたしに流れる血は貧困街には在ってはならないほど高貴なものだったのだから。逆に死に物狂いでその純潔を守らなければ、それこそダニエルの身に起こるであろう悲劇は今なら簡単に想像できてしまう。(・・・会ったばかりのあたしにこれ程までにゲロ甘なお父様だ。激昂した姿など今の状況では想像できないが、恐らく、誰もが早く殺してくれと懇願しても尚苦痛を与え続けるのだろう・・・空恐ろしいほどの笑顔を湛えて。)
「だから、貧民街で、ダニエルの負担を早く減らせるように・・・・・・あたしに出来たことはギルドで大人たちに混じって頭をフル回転させながら情報を纏める事だけでした。」
だから、お父様の言葉の裏側に隠されたものだって、ちゃんと読み取れます。と、笑顔を向ければ、何故かお父様含め使用人達がハンカチ片手に目を潤ませていて・・・
「い・・・イリスぅぅぅぅぅ!!!お父様が悪かった!!!別にイリスの事を軽ろんじていたわけじゃあないんだよ!!?でも・・・やっぱり辛い思いをさせてたんだなぁぁぁぁ!!!」
何でもっと早くに迎えに行けなかったかなぁ・・・・・・と泣き出したお父様に、あたしは、とりあえず落ち着いて欲しくて、そっとお父様の頭を撫でれば(撫でやすい位置にあったので・・・)余計に涙を誘ってしまったらしい。・・・・・・解せぬ。
「でも・・・もう大丈夫だから!使えない、脳足りん貴族はもうレベンスブルクには居ないからなぁぁぁぁ!!!」
「・・・・・・そうなんですか。」
「でも、やっぱり心配だから今日はお父様と一緒に寝ようなぁぁぁぁぁ!!!」
「・・・いやいや!!なんでそうなったし!?」
ちょ、誰かお父様の暴走止めろよ!と使用人達に目をやるも、皆口々に「ようございましたね、旦那様・・・」とか言っててはっきり言って使えない。(ブルーノに至っては何故か羨ましそうにお父様を見てるし、逆にルーファスは「お嬢様、俺と変わってくれないかなぁ・・・」なんて言ってやがる。・・・うん。お父様の身が危ないっていうことはよぉぉくわかった。けど、絶対に一緒になんて寝ないんだからね!)