一戦目
残り時間:十二時間
紫がかった曇天から、雷鳴が降り注いでいた。
鬱蒼と茂る樹木。一体の怪物が北村貴志を見下ろしていた。
迅雷の光を反射して魔獣のように妖しく光る両目。体長は中木の天辺に届いている。隆起している逞しい筋肉を、何かの罰のように棘だらけのベルトがきつく締め付けている。コイツは闇戦士デビルウォーリアーだ。
恐怖のあまり、言葉が出なかった。ごくりと生唾を飲み込み、蚊の音のような声を絞り出した。
「……ここは、何処だ?」
正直な疑問だった。
「ここは呪紋の森です。マスター」
闇戦士デビルウォーリアーは平然と言った。
ごつごつとした見た目とは裏腹に、紳士的な喋り方だった。言葉の合間に聞こえる、野獣の唸り声のような音を除いて。
「君は闇戦士デビルウォーリアーでいいのか?」
魔獣は頷いた。
「左様です。マスター」
一拍間を置いて、貴志は言った。
「何故、俺はここにいる?」
魔獣はすまなさそうに小声で言った。
「……分かりません」
茫然として、鬱陶しい空を見上げた。稲光が射すように光った後、轟音を立てて散った。
残り時間:一時間
貴志は闇戦士デビルウォーリアーと呪紋の森を散策していた。
何時間も歩き回ったが、切れることなく木々が続いていた。何の木かは分からない。たぶんここは地球の何処かではないので、図鑑で血眼になって探しても、どんな木なのか発見することは敵わないだろう。
闇戦士デビルウォーリアーと話したことを反復するように言った。
「後一時間で戦争とやらが始まるんだな? そして俺達はそれに絶対に参加しなければならない」
魔獣は頷いた。
「戦いが終わる度に、十二時間間を置いて、戦いは始まります。貴方が勝利するまで、戦いは終わりません」
魔獣は元気づけるように言った。
「心配ありません。私が全身全霊をかけて、お守り致します」
貴志は溜息をついた。
「……後、攻撃力ってやつは一体なんなんだ? 意味が分からない」
「何度も申しますように、攻撃力は相手の駒を獲れるかどうかの指標です」
「じゃあ、君の攻撃力は幾つなんだ?」
「それは知りません」
「はあ?」
魔獣はキョロキョロ辺りを見回した。
「そろそろ始まりますね。まあ、やってみれば自ずと分かることです。百聞は一見にしかず、です!」
POWER GAME START
貴志と闇戦士デビルウォーリアーは荒野に立っていた。辺りに残丘のように鉄のドームが点在していた。
闇戦士デビルウォーリアーは西の方角、はるか遠くに視線を向けている。
「何か、来るのか?」
「ええ。おそらくあれは――」
砂塵を巻き上げながら、接近して来る物体があった。
貴志は目を細めた。視界に入ったのは、光鬼の鎧に身を纏った騎士だった。
闇戦士デビルウォーリアーはおぶるように身を屈めた。
「乗って下さい!」
「は?」
貴志は唇を尖らせた。さっきからこの不条理な状況に不満たらたらだった。
「一体、今、何が起こっている? 早く説明しろ!」
魔獣は立ち上がった。体長が五メートルをはるかに超えているだけあって、大人に見下ろされている赤ん坊のような気分になった。
身を竦めながら、貴志は精一杯虚勢を張った。
「な、何だよ。俺に暴力を振るおうっていうのか?」
闇戦士デビルウォーリアーは巨大な手で貴志を鷲掴みにした。
「う、うわ――!」
握り潰される。そう思った時、魔獣は貴志を抱えて、騎士がやって来る方向とは逆の方向に、自動車より速い速度で地を駆けていた。
「な、何が起きて――」
手足をばたつかせる貴志を、魔獣はぎょろりと一瞥した。
「奴の名前は神速のブロッカーです。私の足では逃げきれません」
鉄のドームの入口に、貴志を降ろした。
「ドームの中に身を潜めていてください。私がここを食い止めます!」
入口には扉が無かった。縁に手を掛けて、後ろを振り向いた。
闇戦士デビルウォーリアーは神速のブロッカーの元に、四足歩行で疾駆していた。
貴志は朽ち果てた鉄の階段を登った。
硝子の無い穴のような窓から、下を見下ろした。
魔獣の絶叫が、宙に響き渡った。
身が凍る思いだった。さっきまで話していた闇戦士デビルウォーリアーは、巨大な槍に身体を貫かれ、単なる肉塊と化していた。
神速のブロッカーの三六十度回転する機械の眼が、貴志の視線を貫いた。
目が合った。殺される――。
荒い息を吐きながら、無限に続くような螺旋階段を上った。
日頃の運動不足が祟ったのか、脇腹が異常に痛い。
階下から、壊れた玩具のような声が聞こえた。
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
総毛立つ思いだった。
神速のブロッカーの超ヘビー級の体重が余命僅かもない鉄の階段を踏みしめ、軋みを上げている。
とうとう屋上に辿り着いた。辺りを一望することが出来る。どこまでもどこまでも荒野が続き、鉄のドームが点々と散らばっていた。
貴志は突然咳き込んだ。階段へ続く入口に目やると、まだ神速のブロッカーは現れていない。
なぜ、咳き込んだのだろうか?
屋上の縁に、異様に長い毛むくじゃらの指がかかっているのが見えた。
なんだあれは――。
姿を現したのは、機械仕掛けの巨大な猿だった。機械の顔をぼうぼうの黒い長毛が覆っている。鼻の穴から、黄色がかった毒霧を噴き出している。
死を目の前にして、貴志はようやく気付いた。
あの奇声は神速のブロッカーのものではない。この奇妙な猿の声だったのだ。
ソロモンの悪猿は空高く飛び上った。
貴志は悪猿に背を向け、階段に駆けだした。
まるでスローモーションのようだった。悪夢のように階段の入口からは、神速のブロッカーが顔を出した。斜め上方向に首を回すと、ソロモンの悪猿の鋼鉄の両拳が、貴志の頭を捉え、貧弱な首をへし折った。
そして視界は暗転する――。
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