エピローグ
ザジロでの戦いの数日後。ハーク王国の勝利を決定づけたハークシーの住民たちを中心とした一隊が獣人族に荒らされた故郷へ向け足を進め始めた。
王都ハークグランにて「孤高の山を獣人族から取り戻す」と宣言した国王ハーク・ジー3世も西ハークへ入ることが決まった。
しかし、出発初日に事件が起きる。
国王率いる軍がフセ山脈を上るその道中のことであった。
馬に乗り、意気揚々と山を登る国王の喉元に一筋の閃光が走った。そして、血が空に吹き上がり、ハーク・ジー3世がドサッと地に落ちる。
「国王様が。国王様があああ。」
「あの獣人と思わしき小娘を追えええ。」
「医術者よ早く来い。」
「山狩りはしてなかったのか。」
「していましたが…。」
「くそおお。どこに隠れておった小娘め。」
「絶対に逃がすな。捕まえろ。」
「追え。追ええええ。」
まさに、一瞬の出来事であった。
国王を襲撃した獣人は白いマントをひらめかせ、フセ山脈の森の中へ姿を消した。
その後、王国軍は大規模な山狩りを敢行したが、ついに、その姿を捕えることはできなかったという。
*****
フセ山脈からザジロ盆地に吹き降ろす風は今日も緩やかに草木を揺らしている。
そのザジロ盆地の真ん中を通る大街道には今日も多くの人が行きかっていた。
「竜神参りに出たはいいけど、まだ道中半ばってところか。」
若い男が少し疲れた顔で隣を歩く青年に話かける。
「そうだね。」
青年は相槌をうった後、キョロキョロとあたりを見渡した。
「どうした?」
「いや、僕いつかはこの盆地に来たいと思ってたんだ。100年前に獣人族と戦ったこの場所に。」
キラキラとした青年の目を見て、片方の男は苦笑しながらため息をついた。
「お前は歴史ものが好きだものなあ。」
「だってロマンを感じない?この盆地いっぱいに大砦を築いて獣人族と激突したなんてさあ。」
「まあ、そうだな。お前がいつも言っている三英雄だっけ?」
青年の目が再び輝く。
「そう、三英雄が最後に獣人族と戦った場所もここなんだよ。何度も獣人を倒してきた彼らもこの場所で最後は命尽きるんだ。」
そう熱く語る青年に隣の男はまた苦笑した。
「その話はもう何十回と聞いたよ。」
「それはそうと、お前ちゃんと白い布持ってきてるのか。」
青年は大きく頷いた。
「勿論。花はハークシーで調達すればいいし準備はばっちりだ。」
「しかし、なんで花と白い布を池に浮かべるんだろうな?」
今度は青年がわざとらしく大きなため息をついた。
「それは、孤高の山に住むといわれている竜と虎の神に奉げるためだよ。」
「虎?竜神参りなのに虎の神様もいるのか?」
「なんでも竜虎が住む山らしいからね、孤高の山は。」
青年の言葉に隣の男は「竜虎ねえ」と呟き、空を見上げた。
真っ青の空の真ん中に2つの雲がゆっくりと流れている。
「…先を急ぐか。今日中にはクイまで行きたいしな。」
駆け出した男の背中を青年が慌てて追う。
「どうしたの急に。今から走ったらフセ山脈登れないぞ。」
2つの雲はいつの間にか重なり、1つの大きな雲となって東へゆっくりと流れていった。
終




