第3話 白い女1
フセ山脈はハークグランとハークシーの中間にあり島の南北を走る山脈である。西街道を西進しハークシーに向かうファイアたち3人は山の頂上付近にある高山都市クイを今日の宿泊地とし山を登り始めた。クイはフセ山脈を越える人々の宿場町として発達した街である。クイまではなだらかな坂道が森の中に続いていた。
「ハークシーに着いてまずは情報収集をするって言われていましたけど、最終的な目標はやはり…その…トルーマン長官の暗殺ですか。」
ファイアがフーガンとミニカに尋ねると、前を歩いていたフーガンが慌てて振り向きファイアの耳元で囁く。
「お前さん馬鹿か。こんな誰が聞いてるか分からねえ場所で仕事の話を大声でするなよ。基本だろ。」
アッと小声をあげるファイアを見てフーガンはため息をつく。
「お前さん、しっかりしてるように見えて意外と抜けてるのな。」
「ファイア、この仕事は誰にも知られてはならないのよ。あなたの家族や兵士の仲間にもね。私たちは消えた存在にならなくちゃいけないの。逆に言えばこの仕事が他人に知られればあなたの命が消えちゃうのよ。」
ミニカがファイアの肩に手をやりながらつぶやくように言う。
「さあ、もう午後だ。クイまで歩く速度あげるぞ。野宿は嫌だからなあ。」
***
3人は黙々と歩き続けていた。すると急に動物の遠吠えが聞こえた。
「狼だ。もし目の前にあらわれても急に動くんじゃねえぞ。」
ファイアは体がこわばるのを感じた。周囲に警戒をしながら慎重に進む。ファイアは街道沿いに広がる森をぐるりと見た。
(……あっ。女の子が狼の群れに囲まれている。)
街道から外れた森の中で白いマントのようなものを着た女が狼の群れに囲まれているのが見えた。その光景を見た瞬間にファイアの体は女のほうへ動いていた。
「おいっ。お前さんどこへ行く。」
「あっちの森の中で女の子が狼に囲まれているのが見えました。」
フーガンは「俺らも行くぞ。」とミニカに視線を向ける。ファイアの後を追って2人も森の中へ入った。
ファイアは走りながら剣を抜いた。
(くそ。草が足に絡まって進みにくい。)
ファイアは草を剣でかき分けながら必死に女の子の方へ走る。その間にも狼の群れはジリジリと女の子を囲んでいた。
「おい、そこの子大丈夫か。」
ファイアが叫ぶと狼の鋭い眼がこちらを見た。その瞬間、女の子を囲んでいた狼のうち3匹がこちらに駆けてくるのが見えた。先頭を走っていたファイアに向かって1匹が飛びかかる。
飛びかかってきた狼をファイアはかろうじてよけた。狼は体を反転させて再びファイアに襲いかかろうとした。
「狼さん。こっちにもいるんだぜ。」
その狼をフーガンが切りつける。ファイアに向かってきた残り2匹の狼はそれを見て距離をとりながら威嚇する。
ファイアは女の子のほうにめがけて再び走り出す。それを追おうとする残り2匹の狼の前にフーガンとミニカが立った。
「この2匹をとっとと片づけないとあの馬鹿がやられるぞ。」
ファイアが再び女の子のほうを向いた時、狼の群れが一斉に女の子に飛びかかるのが見えた。
(駄目だ。間に合わない。)
ファイアが目をつぶろうとした瞬間、目の前に信じられない光景が見えた。
女の子が向かってくる狼の方に走り出し飛んだのである。正確に言えば2メートルほどの跳躍で狼たちをかわした。
(…っ。なんだあれ…。)
さらに狼の1匹が再び女の子に襲いかかろうとすると、女の子は白いマントから左腕を出した。
(包帯が巻かれている…。どうするんだ素手で。また上に飛ぶのか。)
女の子は向かってきた狼に対し左腕を降った。狼の血が飛ぶ。
ファイアはこの光景を見ていることしか出来なかった。信じられないことが起きていたからである。
(女の子の左手の先…獣の爪…。)
女の子の左手の先から狼の血がしたたり落ちる。
(あの跳躍力…、左手の爪…、昔話の中でしか出てこない獣人族そのものではないか。)
ファイアは生きてきた中でこれほど生き物に対して恐怖感を抱いたことは無かった。その恐怖の対象は間違いなく狼の群れではなく、目の前に立つ1人の白いマントを着た女の子に向けられていた。